195話「市場調査と倉庫業」
『奈落の遺跡』で僧侶とタバサのレベル上げを三日ほどした後、俺は町の市場をずっと観察していた。どこもそうだが、需要と供給で価格が決まってくる。
蛇皮やアルラウネの枝、毛皮なんかは加工前にもかかわらず、いい値段で取引されていたようだが、俺たちが冒険者ギルドに卸したため、価格が安定しているらしい。
「物の値段って市場への供給量で決まるんだよね。だから、倉庫業は足りない時に供給して、足りている時に補充していくのが、ずっと四季に関係なく安定していくと思う」
「じゃあ、本当は市場に行って価格を見て、誰かが独占しないようにするのも倉庫としては大事だってことね?」
「そういうこと」
アラクネさんには、何度か説明しているつもりでも、なかなかこういう話はしてこなかった。
「人気の商品を集めて供給を絞ることもあるのか?」
ロサリオが聞いてきた。
「価格を上げたいときはね。でも、そういうことをして価格を上げる業者って信用できなくないか?」
「確かに……」
「だから、俺たちのアラクネ商会は、市場で溢れて価格が暴落している商品をなるべく安く買い取って、出来るだけ保存しておいて、市場に足りない時に出した方がいいんじゃないかと思ってるんだ。もちろん、その商品を扱っている商人たちも考えているから、そっちを優先するんだけどね」
「なるほど、底値で買うのが基本ね」
「そういうこと。どうしたって一年の間で価格の変動はあるでしょ。で、食品だったら、不作の時もあれば、豊作の時もあるからさ。なるべく保存の利く形にしていくのもいい」
「漬物とかジャムとかよね」
「そうそう。金物はずっと保存もできるからさ」
「改めて、変な商売をやってるんだな」
「そうだよ。あ、タバサの旅の準備が終わったみたいだ」
僧侶たちにタバサの寝袋などの旅の必需品を一緒に買いに行ってもらっていた。もちろん、タバサも旅は慣れているはずだが、俺たちは野営が多い。
「こんなに買ってもらっていいのか?」
「もちろん、必要経費だ。準備はいいか?」
「大丈夫です」
「よし、じゃあ、一旦遺跡を閉めよう。バネッサ、一応呪いの罠とかできる?」
「出来なくはないですよ。解呪の逆をやればいいはずなので。やりますか?」
「お願いするよ。ロサリオ、岩とかでも封鎖しておこう。あとは周辺の小屋づくりを頼んでおいて、北へ向かおう」
「ああ、なるほど、そういうことか! これ以上、遺跡で魔物を討伐しても、市場価格が下がるだけってことね?」
アラクネさんが気づいたらしい。
「俺たちがずっとこの町にいるなら、別にいいんだけどね。そうじゃないし、他の商売をしている人たちにも影響するなら、稼いだら次の町へ行こう」
「案外考えているんだな」
「稼ぎ過ぎると目を付けられるだろ? 特に俺たちは辺境出身で、魔物への偏見もまだあるみたいだからさ。タバサにいろいろ教えてもらいながら旅を続けよう。西のリヴァイアサンレースは最後に見に行くとして北も見に行こうよ」
「でも、アラクネ商会の支店はここなのよね?」
「そうだね。『奈落の遺跡』があるところの方が、新人教育とかも楽だし、単純にスペースを増やせるでしょ?」
「遺跡の部屋を使うんですか?」
「だからレベルが必要だったんだ……」
僧侶の二人もようやくアラクネ商会の商売を理解してくれたようだ。タバサはまだ理解していないようで、いつまで雇ってくれるのか気にしていた。
「タバサは長期的に雇うから心配しなくていいぞ。ただ、仕事は覚えてくれ。戦闘力は、あくまでも仕事の一部だから」
「なるほど……、なるほど……。具体的に何をすればいいんだ?」
「物の管理とか市場調査なんかが主な仕事になる。計算もできるだろ?」
「できなくはない程度だけどな」
エルフの領地に来て驚いたのは、ほとんどのエルフが算額と文字の読み書きができることだ。伊達に長生きしているわけじゃない。当たり前のことのように思うが、辺境でも結構間違う人や魔物はいた。
エルフを積極的に雇うのはありなんだけど、プライドが高いのが大変だ。名声や権威が好きな者ほど、袖の下や裏金に走ってしまうのはどこの世界でも同じだろうか。
タバサも冒険者としてのランクを上げたがっていた。
「仕事が少なくなるよ。掲示板見ればわかると思うけど、あんまり高ランクの依頼ってないだろ? 高ランクの冒険者も少ないけど、少なからずいる。ということは、高ランクの依頼は競争が激しいから、ほとんど秘密の指名依頼になっていくだろ? 結局、仕事量に対する評価は得られないんじゃないか?」
「そうなのか……。どうすれば、冒険者として評価が上がる?」
「依頼をたくさん請けて、一生懸命やればいいんだよ。そうすればいろんな知り合いもできるし、評価も上がっていくんじゃない?」
「そうか。地道にやっていくしかないんだな」
「地味でわかりやすい冒険者の方が信用できるだろ? 派手で何をやっているかわからない冒険者と一緒に依頼なんか請けたくない」
「そう言われるとそうかもしれない」
「それじゃあ、地道に馬車も使わずに北部へ行こう」
「馬車はないよ。船が時々出ているだけで。それも大きな川まで行かないとない」
タバサが教えてくれた。
「とりあえず、一番近くの大きな町へ行こう」
「東門から出るといい」
「詳しいな」
「よく弓矢の練習をしていたから」
タバサの案内で、東門から出て行商人たちと一緒に町へと向かう。魔物もほとんど出ないし、山賊は捕まえてしまった。商人たちも今がチャンスと、荷運びの獣人たちと共に移動していた。
「やっぱり獣人奴隷は多いのか?」
「最近は特に多くなった。西部のエルフたちがあやしい動きをしているという噂もあるからさ。傭兵代わりの奴隷としても売りに出しているんだ」
「なるほどね」
倉庫番をしてくれるといいんだけどな。
旅の目的は停戦維持でもあるので、どれくらい動けるのかも見ておいた方がいいだろうか。
暇つぶしに作った蛇肉の燻製を齧りながら、北東へと進んだ。ついでに荷を運んでいる獣人たちにもおすそ分け。
「ん。食うか?」
熊のように大きな獣人と並んで歩きながら、こっそり燻製を渡す。
「いいのか?」
「隠れて食えよ」
エルフの主人も大きなリュックを背負っているので、後ろは見えないだろう。
「この先の町で闘技会とかないかな?」
「俺たちはわからん。ただ、主人は俺たちを出そうとしているみたいだから、どこかにはあるんだろ」
「そうか」
「連れている魔物を出すのか?」
「いいや。うちの魔物たちを出したら、闘技会の会場ごと壊しちまうからな。これ、仲間にも上げてくれ」
俺はあるだけ蛇肉の燻製を獣人に渡しておいた。