192話「遺跡の価値はおいくら?」
遺跡の入口近くにある石材が崩れ、不審者を中に侵入させないようにしていた。
「よいしょ」
「ここに嵌めればいいな」
俺とロサリオで石材を持ち上げ、元あった場所に無理やりはめ込む。残った石材は外に放り投げて、通路を確保。罠がないか確認して、ランプで奥を照らした。
すぐに人の骨がいくつか見つかった。
「閉じ込められた冒険者の死体がある」
「バネッサ、呪われていたら解呪してあげて。浄化できるならしてあげた方がいいかも」
「わかりました」
悔恨の念はそれだけで呪いに繋がる。ここで見つけたのも何かの縁だ。ちゃんと解呪して、外に埋めておこう。
ちゃんとバネッサが冒険者の霊を昇天させていたので、持っていた銀貨などは報酬として受け取っておく。
「罰当たらない?」
「逆じゃない? お金を回さない方が罰が当たるんじゃない?」
「黄泉の国への渡し賃だけ、置いておけばいいはずですよ」
死者に対する考え方はそれぞれだが、挑戦した者への敬う心は同じだ。
とにかくスコップは役に立った。
「ね? 何かと必要でしょ? 落とし穴を掘ったりもするし」
「投げナイフとスコップって、コタローは冒険者っぽくないわね」
「でも、結果を残しているから俺たちは何も言えないんだ。湖のヌシですら、スコップで倒していたからなぁ。戦闘が起こる前から勝負は終わってるんだ」
ロサリオはよくわかっている。
「倒し方がわかれば、後はタイミングの問題でしょ?」
「意味が分からないですけど……」
「まぁ、行ってみればわかる。ほら、魔力を吸う蝙蝠の群れがいるようだから、セシリアが幻術で混乱させてくれれば、棒を振ってても倒せるよ」
そう言って俺はスコップを構えた。
「幻惑魔法を試してみてもいいですか?」
「もちろん。新しいスキルはどんどん実践で使って」
セシリアが幻惑魔法で蝙蝠の群れを混乱させ、ほとんど地面に落としてしまった。俺たちはとどめを刺すだけ。
「二人とも、ちゃんと冒険の役に立っていてすごいな。俺たちなんか迷いに迷って死にかけたりしていたから」
「自分の特性をよく理解しているんだよ。俺たちはレベルって何ってところからだったからさ。今でもあんまりわかってないけど……。あ、討伐部位は耳か牙だから、取っておいてね」
「二人とも、作業が速いわ」
慣れというのは怖いもので、俺たちは雑談しながら、蝙蝠を解体していた。
「奥にも魔物がいるようなんだけど……」
「どこにも通路がないですよ」
部屋は一つだけなのに、気配は強い。魔力探知でも俺とロサリオが確認している。
「どこかに隠しドアのレバーがあるかもしれないから、床とか叩いて音が変わるところがないか調べてみてくれない?」
アラクネさんは天井を探していた。蜘蛛の足は便利だ。
「ここだけ壁が凹んでる。これだろう」
ロサリオがあっさり隠しレバーを見つけて、思い切り引っ張っていた。
ガコンッ。
奥の壁の一部が開き、通路が伸びている。
「あ、蝙蝠熊がいるね。当たりじゃないか」
「やった!」
喜んでいるのは俺だけだった。
「え? 『奈落の遺跡』ってことかしら?」
「たぶんね」
「また冬だぜ。どうする?」
「急所はわかってるから速度を上げてくれればやっておくけど。アラクネさんも炎の浄化呪具ならやりやすいと思うよ」
「天井に張り付いているなら、私も行けると思うわ」
「じゃあ、俺たちは後方支援で、アラクネ商会の二人に任せよう。セシリアは幻術の用意を。バネッサは糸玉を準備しておいて」
「了解です」
「当たりますかね?」
「大丈夫。その辺に投げておけば、コタローが投げてよこすから」
「はぁ……」
ロサリオが全員に速度上昇の効果がある曲を聞かせた。体温が若干上昇して、身体が羽毛のように軽くなった気がする。
俺たちは壁と天井を走りながら、前方に閃光玉を投げた。
ピカッ!
一瞬、部屋が光に包まれ、天井に張り付いていた蝙蝠熊たちが驚いて落下。俺たちはその隙に、蝙蝠熊たちの延髄を切っていく。
スパパパン……。
アラクネさんは炎が出る槍を上手く使って、焼き切っていた。
「戦闘系のスキルが発生しているんだけど、取らなくていいのよね?」
「うん。むしろ取らない方がいいと思うよ。スキルがなくてもできるでしょ?」
「確かに」
グォオ……!
生き残った蝙蝠熊の心臓に向け投げナイフを投げた。
グシュッ!
深々と刺さったナイフを魔力の紐で引き寄せれば、血が噴き出し蝙蝠熊は仰向けに倒れた。
氷カメレオンや氷の息を吐くカラスなど、辺境でも見た魔物もいる。北方の魔物を召喚しているのだろう。倒し方はわかっているので、問題なく討伐して、お金になる部位や魔石を回収していった。
「そろそろバレるんじゃないか?」
「一旦、帰るか? 明日になったら、また増えているかもしれないから」
「ああ、なるほど僧侶たちのレベル上げか」
魔物の死体は召喚罠がある場所にまとめて置いて、討伐部位と魔石を持って、遺跡から出た。レバーを元に戻して、隠しドアを塞いでおく。
「いやぁ、早くも『奈落の遺跡』が見つかってよかった。ここを拠点にしよう。町に空き家があれば、アラクネ商会の支部として借りてもいいかもしれないよ」
「あ、そういうこと? 遺跡自体は買えないわよね?」
「さすがに無理だと思います。領主か国の文化財に指定されると思います」
「でも、管理はされてなかったわけでしょ? アルラウネの巣だったんだから」
「ああ、確かにそうですね」
「売地になっていたら、買おう。ここに倉庫を作ればいいんだから。エルフのリクルートも考えないと」
「エルフを雇うんですか?」
バネッサが不安そうだ。
「何か問題があるのかい?」
「私みたいなはぐれ者じゃないと、プライドが高いので大変かもしれませんよ」
「ん~、仕事さえしてくれればお金は十分にあげられると思うんだけどな。俺たちが辺境に帰っても報告だけくれればいいだけだし。バネッサ、僧侶を辞める気はない?」
「ええ? そんなことできるんですか?」
「副業はできているから、逆に僧侶を副業にはできないかなと思って」
「できそうですね。え? でも、ちょっと待ってくださいよ」
「もちろん、すぐに結論は出さなくていいし、実際『奈落の遺跡』を維持できなくなったら意味ないからね」
町に戻って、冒険者ギルドで討伐部位や魔石を買い取ってもらう。鑑定してもらっている間に、不動産屋で空き家や売地を調べてみると、そもそも遺跡周辺は価値のない土地として売地でもなく開発しないと値が付かないと言われてしまった。
「エルフの宗教的に重要な場所というわけでもないんですか?」
「ないね。ウッドエルフも、もういないし権利を主張する者もいないよ。何か建てるなら自由に建てていいと思うよ」
「倉庫にしたいんですけど、構いませんか?」
「ああ、なるほど。だとしたら、もし領主にバレても、そんなに税を取られないはずだよ」
不動産業者のエルフは、まだあの遺跡が『奈落の遺跡』とは思っていない。小さい部屋があるだけだと思っているのだろう。
見えているものが違うと、ビジネスチャンスは転がっているように見える。
商人ギルドに確認を取って、アラクネ商会の支部を作れるかどうか聞くと、受付嬢のエルフに不思議な顔をされた。
「そりゃできますけど、倉庫業ですか?」
「荷物を預かって、必要な時に出すだけの業務です」
「なるほど。確かに行商人が周辺を回る時の拠点にするにはいいかもしれませんね。商人ギルドでも預かってますけど、倉庫だけですか。価格はどんな感じなんですか? 日にちで変わるとか大きさで変わるのですかね?」
「そうです。預かる日にちと大きさで決まります。もちろん、呪いがかかってたりすると影響が出てしまうので、解呪はさせてもらいますよ」
「スペースは遺跡を改造するんですか?」
「遺跡はなるべく残しておきたいので、大事なものだけ遺跡の中に置いて保存して、周辺に倉庫を建設して、道も町まで繋げられるといいかなと思うんですけど」
「そんなことをしてくれるなら、商人ギルドとしてもありがたいですけど、そちらにメリットはあるんですか? 建設費用を回収するのにも、10年単位でかかるのでは?」
遺跡で魔物を倒していれば、それなりに費用は回収できるし、維持コストも問題ないはずだ。管理を誰に任せるかだけが問題だ。
「別の仕事でも稼いでいますから。それよりも、人が重要なんですよね」
「ああ、盗まれると困りますよね……」
「もし元冒険者とかでいいエルフの方がいらっしゃったら聞いてみてもらえませんか?」
「わかりました。賢者は多いんですよ。まぁ、偏屈なエルフたちなんですけど。興味を持つかもしれないんで、倉庫番募集の張り紙をしていいですよ」
「ありがとうございます」
俺は商人ギルドの掲示板に張り紙をして、食料の買い出しへ向かった。