191話「バッファーとデバッファーのコンビ」
遅く起きた俺たちを、僧侶二人は食堂で待っていた。
「おはよう。たくさん食べた?」
食堂には僧侶が起きてきたら、たくさん食べさせてあげてくれと前金は払ってある。レベルが上がった時の空腹はよくわかっているつもりだ。
「おはようございます。頂きました。でも、いいんですか!?」
弁当も食べているのに、さらに食べる。レベルが上がるとはそういうことだ。
「いいよ。レベル上げは、新しい身体を作ることなんだから、足りなかったら、どんどん食べて。前金でかなり払ってるから」
「わかりました。では、おかわりお願いします!」
二人とも生姜焼き定食とワニ肉唐揚げサンドを3回ほどおかわりしているが、全然足りていなかったようだ。厨房の料理人も瘦せ型の僧侶二人がたくさん食べる姿を見て、丸い目をさらに丸くして驚いていた。
「二人とも好き嫌いはないの?」
「え? ないですよ。なんでも食べますよ」
「味が付いているものなら何でも構いません。できれば、マッシュポテトは食べたくないってくらいです。教会で食べ過ぎたので」
こちらの世界でも教会ではマッシュポテトを食べるのか。肉食も昆虫食も問題ないらしい。
「小魚の揚げものがあれば、それも食べよう。あとはミルクね」
「飲み物もいいんですか!?」
「お酒じゃなければいいよ」
「ありがとうございます!」
二人とも木製のジョッキでミルクを頼んでいた。
「どうしてこんなにお腹がすくんでしょうか? こんな経験初めてです。食べても食べても、お腹が減るんです」
「本当にレベルが上がったら、徐々に身体を慣らしていく必要があるんだけど、一気に上がると身体が追い付いていかないんだと思う。筋肉痛が治る時みたいに、全身で超回復が起こるんだよ。だからエネルギーが必要なんだ」
「な、なるほど」
あまりわかっていないかもしれない。
「おはよう。お、食べてるな」
ロサリオが起きてきた。
「一時的に太るかもしれないけれど、また上がれば自分の正常な身体になっていくはずだから、気にせずお腹がすいているうちは食べた方がいいからね。あと代謝がよくなって頭が痒くなったり、垢が出るかもしれない。宿でお湯を貰ってさっぱりするといいよ。ちゃんとその分は夜の間に稼いだから」
「至れり尽くせりじゃないですか」
「その分、後で働いてもらうよ。スキルも自分たちの好きなものを取っていいけど、俺たちの経験上、五感とか魔力とかに関係するスキルを取った方がレベルにはいいみたいなんだ」
「わかりました」
「おはよう。たくさん食べるのね。私も食べよう」
アラクネさんもやってきた。アラクネの糸がいつもより出たらしく、糸玉も補充できたようだ。魔物は自分で生産できてしまうところがズルい。
「成長している実感があると楽しいよね?」
「はい……。なんか身体が思った通りに動かしやすいというか……」
「明らかに筋肉の密度も変わってるんですよ。固くなっているというか……」
「その状態で魔物と戦うと、また感覚が変わってくるから、昼寝をした後に、近くにあるウッドエルフの遺跡ってところに行ってみよう」
「また、寝るんですか?」
「セシリアたちは寝た方がいい。俺たちで準備しておくから」
「ちゃんと消化した方が感覚は掴めるはずだから」
「食べて寝る生活……。罰が当たりませんか?」
「本来、レベルが上がったらそういうものだからいいんだよ」
俺たちはたくさん食べて、僧侶二人を寝かせた。
「遺跡はアルラウネが多いみたいだから炎系の道具があれば買っておいて」
「了解。水袋や保存食もいる?」
「奈落の遺跡だったら必要かもしれない。アラクネさん、装備はいいの?」
「ああ、槍を買っておこうかな。お金はあるわよね?」
「ある。いいのを買っても大丈夫だよ」
「いや、どうせ使っているうちに折れちゃうから、穂先と鉈を買おうかしら」
アラクネは天井や樹上からの一撃で、敵を倒すので体重が乗りやすく、武器の消耗も激しいのだとか。鉈があれば、大森林では困らないだろう。
「じゃあ、俺はバッファーに徹してもいいってこと?」
ロサリオはにこやかに言っていた。音楽を奏でて、俺たちの能力を底上げしてくれるという。
「確かに主力がアラクネさんになるから、俺たちは後方支援に回ろうか。本来は砂袋で目つぶしをしていたんだから、俺もデバッファーに回ろうかな」
「ちょっと!」
「俺たちでお膳立てはするから、アラクネさんはトドメをお願い」
「本来の役割を思い出したよ。僧侶もいるし回復役も問題ないし、いいんじゃないか」
「本当に私が主力なの!? じゃあ、ちゃんとした武器を買って」
「わかった」
装備と消耗品を揃え、お弁当を買ったところで、僧侶たちが起きてきたようだ。
日が暮れないうちに、町から出て北へと向かう。今日は遺跡で野営のつもりなので、宿は引き払った。
何もなければ、そのまま別の町へ回る予定だ。
「情報通りだね」
遺跡付近には野生のアルラウネが巣を作り、集団で大蛇に襲い掛かっていた。
「笛の音だけ聞いていて」
ロサリオの笛の音が身体中に響き、全身の魔力量が飛躍的に上がった気がする。
「なにこれ……?」
「よし、行こうか」
俺もクイネさんの札を投げナイフに括り付け、アルラウネの集団に投げていく。
トトトト……。
すべて命中。スキルを使うと、外すことはない。
大蛇も含めて、アルラウネたちの動きが止まった。氷漬けのまじないは、効果が絶大だ。
ボフウッ!
アラクネさんが、槍の穂先から炎を出して、アルラウネたちの身体を切断。ちょっといい武器を揃えすぎたかな。
「あの……」
「何が起こってるんですか?」
僧侶二人は呆気にとられたように、立ち尽くしている中、俺たちは自分の武器の効果を確かめていた。
「悪くないね」
「魔法と違って魔力消費もないのに、使い回しが効くって、まじないは異常だね」
「ちょっと、この槍、浄化呪具って言ってたけど、辺境から取り寄せたの? 威力がおかしいわ!」
「まぁ、しょうがないよ。町にはいい槍がなかったから、裏路地でスライムに持ってきてもらったんだ」
遺跡には大蛇の形をした石造りの入り口があり、中はダンジョンのように通路が続いているようだ。
「ここら辺は地面が渇いていますね」
「本当だ。水没していない。ここを今日の拠点にしよう」
タープを張り、周辺のアルラウネを一掃。
そのまま遺跡探索に向かった。