190話「英雄にも下地は必要」
「西には行かないのか?」
「西は最後でいいだろう。実力を見せてからの方が話は通じるかもしれない」
「なるほどね」
「野生の魔物を討伐しながらエルフの産業を調べるってことでしょ?」
相変わらず、アラクネさんは勘がいい。
「その通り。はっきり言えば、こんな木製の道が街道になるくらいエルフの交易路は脆弱だってことでしょ。こんな泥濘じゃ馬車すら使えないわけだからね。そんなところに野生種の魔物が出れば通行止めになってしまう。これでは交易どころじゃなくて、領地として弱体化するのは当然だ。まずはそれを解消するために、俺たちで野生の魔物を討伐していこう」
「そんなんで私を英雄にできるんですか?」
バネッサはまだ自分を英雄視できていないようだ。
「大丈夫。これはまだ序の口だから。時間はかかるよ」
そう言ってもまだ疑わしい目で見て来た。セシリアはそんな様子を見て笑っている。旅の間に仲良くなったのかもしれない。
「旅の疲れが出る頃だから、アラクネさん、二人にマッサージを教えてあげてね」
「了解。二人とも休息については結構理解があるから楽だと思う」
一番近くの町へ行き、再び冒険者ギルドで魔物が発生していないか調べる。
「道を中心に探していいんだろ?」
「そういうこと」
「私たちは本当に幻術と罠でいいんですか?」
僧侶たちは戦力になっているのか不安なようだ。
「できることをやってスキル発生を狙っていって。召喚術が欲しければ教えるから」
スコップなども買い足し、現場にある棘や毒の採取依頼も受けていく。
「依頼って複数請けていいんですね」
「五人もいるからね」
皆、ソロの冒険者として登録すれば、五件は依頼を請けられる。あとは職員が気づく前に、依頼を達成するだけ。
「靴下だけは絶対に変えるように。水虫は大敵です」
「足が痒くなる呪いであれば、解呪できますよ」
「え!? すごいな。バネッサ。もしもの時は頼むよ」
「全然、他の冒険者とは恰好が違うね」
アラクネさんは周囲を見回していた。
「でも、それがいい。依頼さえ達成できればいいんでしょ?」
「そう。恰好で仕事はしてないから」
午前中には、周辺の魔物を討伐。ヤシガニの魔物や毒トカゲの魔物が多かった。強い魔物ではないため、幻術は効きにくいかと思ったが、セシリアがちゃんと視覚を狙って黒い霧を発生させていたため、討伐は簡単だった。できるだけトドメはバネッサにやってもらう。
「スキルがすでに発生しているんですけど……」
「五感を伸ばすようなスキルを取った方がレベルは上がりやすいからね。戦闘系のスキルは、レベルが上がれば似たようなことはできるから十分考えてスキルは取っておいた方がいいよ」
「じゃあ、別に特別なスキルは取らなくていいんですね?」
「うん。自分の今後を考えて取得した方がいいよ。強制はしない」
「自分の得意なことを伸ばしてもいいんですよね?」
「もちろん」
バネッサは解呪を伸ばし浄化スキルを取っていたし、セシリアは幻術と一緒に幻惑魔術を伸ばしていた。それぞれ、違うらしい。
「独自の道を究めていくのが正しいよ」
国や社会は時代とともに変わっていく。個人はその中で他人と比べることなく自分の幸せを追求していけばいい。自由主義とはそういうことだ。
夕方ごろには鑑定が出て、報酬を受け取り、再び道を辿って次の町へ。昼寝をしたので、僧侶二人のレベルが上がっていた。しかもバネッサが浄化スキルを取っていたので風呂も必要なく、ただ弁当を大量に買っておくだけでいい。
「歩きながらだと消化に悪いけど、それどころじゃなく腹が減っているだろ?」
「はい……。一気に上がって力が溢れてくるような感覚なんですけど」
「レベルが上がるとそうなるんだよな。俺たちも経験したから、そんなに悪いことじゃないよ」
ロサリオが教えていた。なるべくたんぱく質とカルシウムを取るようにアドバイスをしていた。
「食料で報酬のほとんどを使ってしまったんじゃないですか?」
「いいのよ。どちらにせよアラクネ商会の経費にするから。それにしてもようやく野生種が出てきてよかったわ」
「厄介な魔物を辿っていけないかな。もしかしたら『奈落の遺跡』を見つけられるんじゃない?」
「またコタローは変なことを考えるね。冒険者ギルドで調べてみましょう」
「ここら辺まで来ると古いウッドエルフの遺跡があるはずなんですよ」
バネッサが、教えてくれた。
観光と実益も兼ねて探索できるといい。
次の町に辿り着いたのは夜中だった。夜行性の魔物もいるので、出来るだけ討伐しておきたい。
「体力お化けですか?」
宿を取って、周辺の探索に行くというと僧侶たちが驚いていた。
「いや、移動しか使ってないようなものだから、体力を使ってないんだ。レベルが上がったんだし、寝ていていいよ。俺たちはただ好奇心の赴くままに行動しているだけだから」
「では、すみませんけど私たちは寝ます」
「おつかれさん」
俺たちは外に出て、町の外に繰り出していく。
「アラクネさんは見えてる?」
「大丈夫。月が出ているうちは見えているけど、隠れちゃうと厳しいかも」
「もし、俺たちの姿が見えなくなったら、ランプ使っていいからね」
「俺たちは暗視スキルを取ってるから昼と変わらないんだ」
「わかったわ」
アラクネさんは、ぬかるんだ地面には下りず、木の上を器用に移動している。俺たちはなるべく音を出しながら、走り抜けた。反応する野生の魔物だけを狩っていけば、それなりに毛皮も手に入る。
マタンゴと呼ばれるキノコの魔物や黒イタチの魔物、大きなサソリの魔物なんかが出てきた。素材はスライムに飲み込ませて、辺境へ送ってしまう。
代わりに空き瓶や小さい樽がスライムと共に送られてきた。
「ツボッカ、量的にはどうだ? まだいけそう?」
折り鶴で連絡を取る。
『全然、まだまだ倉庫には入りますよ。毛皮は時間がかかるけど、大丈夫そうです。ゴーレムも職人さんもフル稼働ですけど』
「毒は狩りの時とかに使えると思う」
『ええ、スライムたちがかなり興味津々ですよ。あと、もっと召喚してくれって言ってます』
「まだ、『奈落の遺跡』は見つけてないから、見つかったらどんどん召喚するから今は力を溜めておいてくれ」
『コタローさんから連絡が来てから、スライムたちが壁を走り回ってます。出番はまだだってよ。あ、そう言えばエキドナさんが温泉を広げるって言ってます』
「はい。頼みます。経費は使っていいからね。こっちも使っているから」
『わかりました』
真夜中の探索は朝方まで続いた。結局、ウッドエルフの遺跡は町の北側にあり、アルラウネの巣になっていることがわかった。
冒険者ギルドで討伐した魔物の魔石を買い取ってもらい、俺たちも昼頃まで寝た。




