187話「人間の田舎町」
山を越えて、草原地帯へと入っていく。
草原に入ると一本道なので、隠れる場所などないように思うが、両脇には背の高い草が生えている。もちろん枯れているが茅のようなので、もしかしたら古い家には使われていないかセシリアたちに聞いてみた。
「土壁に混ぜたり、屋根に使ったりしない?」
「ああ、それは獣人のかなり古い文化ならありますが、今は残っていないんじゃないかと思いますよ」
「エルフもありません。弱い建材だと魔物に破られてしまいますから」
前の世界の常識が通用するわけではない。そんなことは百も承知だが、ここまで魔物を見ていないからか、人間の国では殊更魔物を怖がっているように見えてしまう。
「そんなに魔物はいないように見えるんだけどな。あ、ほら、あそこで馬車が倒れているように見えるだろ? あれは組み立て式の事故現場だろう。全部バラしても馬車の荷台が組み立てられないから。つまり、野盗が近くにいるっていうことなんだけど……」
見上げれば、すぐ頭上を小さなアオカケスが飛んでいた。
ロサリオがアラクネの糸玉を投げて捕まえた。
「こういう鳥を使役して様子を見ているんだな。魔物も人間も大してやることは変わらないな」
「ただ、人間の方が器用だよ。こんな組み立て式の事故現場なんて、いちいち魔物は作らないもの」
「セシリア、あれを吹いてくれる?」
「わかりました」
セシリアは足音の笛を吹いた。
草原に伸びる木製の道に足音が鳴り響く。
「やいやい! よくも俺様の使い魔を……!?」
茅をかき分けて、馬車の付近に野盗らしき男たちが飛び出してきた。
俺たちはその様子を遠くから、アラクネの糸玉を振りかぶって見ている。
「あっ!!」
気づいたときにはもう遅い。
俺たちは野盗たちにアラクネの糸を投げつけていた。
ガサッ。
遠くの草むらが動いた。
耳の長いシルエットが見えたと思った時にはロサリオが飛んでいた。
ズガッ!
「ギャッ!」
遠くの草むらでエルフの青年がロサリオによって組み伏せられていた。
「どこから攻撃を!?」
「魔物か!?」
野盗たちが混乱している。
「その通り。こんな壊れた馬車の偽物を作る技術があるなら、建築で活かせばいいじゃない? わざわざ野盗をしないと生きられないの?」
アラクネさんの疑問は至極まっとうだった。
「あんた、本当に魔物なのか?」
「足見る?」
アラクネさんは蜘蛛の足を野盗たちに見せて震え上がらせていた。
「そんな……、俺たち食われるのか?」
「栄養失調の野盗なんて美味しくないでしょ? 装備もボロボロでよく野盗なんてやっているわね」
「講習会ばっかりで全部取られちまった。あんたら魔物はどこに行っちまったんだ? 俺たちはせっかく冒険者になれたっていうのにさっぱり魔物に遭えない」
「遭えたと思ったらこれだ……」
「俺たちは辺境から来たんだ」
「人魔協定があるから野性の魔物以外は殺せませんよ!」
セシリアとバネッサがアラクネさんを守るように野盗たちを睨みつけた。
「ああ、そうか。もう辺境は、魔物と暮らしているのか」
「おーい、すまん! どうにかこのサテュロスを退かせてくれないか?」
「ああ、悪い悪い。痛かったかい? でも、仲間を見捨てて逃げようとしちゃだめだ。失うのは信用だけじゃない。この先商売ができなくなるぞ」
「商売があったら、こんなことしてないよ」
ロサリオは組み伏せていたエルフを立ち上がらせた。泥濘が多いので、エルフは泥だらけだ。
「冒険者でも稼げないし、かと言って、他の業種に行けば厄介者扱い。最後に一回だけ野盗をやって商人から大金をせしめて田舎に帰ろうと思ってたんだけどな」
「嘘だな。罠が手慣れている。お前、野盗請負人だろう?」
ロサリオが普通にエルフの嘘を見抜いていた。
「え!?」
「聞こえているのにわからないふりは止せ。おい! 野党のくせにコンサルタントを頼むんじゃない! もう少し腕っぷしを上げておくんだったな」
とりあえず、先にある町で衛兵に預けることにした。ちゃんと組み立て式の事故現場も解体して持って行く。
「本当に、どうしてこの知恵を他で使わない?」
「森の管理者たちに見つかれば殺される。エルフの土地じゃ、まともな兵器も作れないんだよ。鉄も決められたものしか使えない。一度作ってみたかったんだ。こういうものを……」
「それは本当だろう」
「なんで、さっきは嘘だって見抜いて、こっちは疑わない?」
「心音が安定している。サテュロスの前で嘘を言いたかったら、血流くらい操れるようになれ」
「そりゃ無理だ」
草原の先にある大きな街で、野盗たちを引き渡す。
「魔物!?」
衛兵もアラクネさんとロサリオに驚いている。
すぐにそれぞれの冒険者カードやアラクネ商会の登録証などを見せて、辺境から来たことを証明した。
「いや、失礼した。人魔協定は結ばれている。人間の町を楽しんでいってくれ。人肉よりは美味しいものが揃っているはずだから」
町の冒険者ギルドで記録を残し、闘技会を見てから、食事をする。ちゃんと交際費として経費で落とす。
「案外、騒ぎにはならないな」
「いや、十分なっているんだと思うぞ」
窓の外を見ると、人だかりができていた。
「まったく、食べもしないのに来るんじゃないってんだ! 悪いね。騒がせちまって。田舎町で、普通に話せる魔物を見るのは初めてなんだよ。許してやって。口に合うかはわからないけれど、うちの料理人たちが一生懸命作ってるから食べていって」
冒険者ギルドに併設されている食堂の女将さんに言われ、俺たちはしっかりステーキセットを食べた。
「美味しいわ。ソースが格別に美味しい。パンにも合う。山椒だけじゃない。バターに、胡椒……。胡椒が安いのかしら?」
結局、アラクネさんはステーキソースのレシピを聞いて、その分も支払っていた。料理人たちも何が入っているのかすべて当てていくアラクネさんに驚き、せっかくならと割合を教えてくれたのだ。
「辺境にもドワーフの鍛冶屋さんはあるのだけれど、あれほど薄い鍋は見たことがないわ。わぁ、見てよ。町の中に運河が流れている。商人が働きやすいね。辺境の町もこうなればいいんだけど……」
田舎町でも辺境の町の二倍はある。
「大きくても格差はあるみたいだな」
橋の向こうには、貴族が乗る馬車が走っていた。
ロサリオには貴族街にある教会の音楽が聞こえるのかもしれない。
「でも、往来は激しいよ」
行商人も別に、差別されることなく貴族街への橋を渡っている。
「新鮮な食材は毎日、貴族街を回ってからこっちの庶民街に卸されてくるんですよ」
「珍しい品なんかも向こうを経由してからだと思います。ほら、船着き場は向こうにありますから」
セシリアとバネッサが指さして教えてくれた。
「二人は教会に挨拶は行かなくていいの?」
「行ったところで意味はありません。こちらのことは知りませんし迷惑がかかるだけです」
「いつか向こうから呼ばれるようになるといいな」
「何をすれば、そうなるのかもわかりませんけどね」
俺たちは田舎町をぐるりと一周して観光してから、町を出た。