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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境

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186話「旅路の途中でふと振り返る」


 翌日、集落に繋がる小川の堰が開かなくなってしまったというので、俺たちが枯れ枝や小石を取り除いて修理した。アラクネの糸を撚って、紐を作り滑車を新しくして簡単に開くようにしてやると、感謝された。


「ありがとうございます。誰も修理してくれませんでしたが、これで、どうにか畑ができそうです」


 冬の間に山はいろんなものを運んでしまう。

 集落の先にあった目印の積み石が崩れ、中から石像が出てきていた。土着信仰の女神像だというが、この女神が姿を現すと山で異変があるのだとか。


「呪いか?」

「解呪ならできますよ。でも、お布施が……」

 僧侶のバネッサは、辺境の町でひもじい思いをしていたのでお布施の大事さも知っている。


「お布施は私が払いますから、是非解呪をしてください。アラクネ商会の名前を彫った石も積んでおきましょう」


 アラクネさんがお金を渡し、バネッサが女神像に解呪を施していた。さらに積み石を乗せて女神像を隠し、アラクネ商会の名前と解呪の日付を書いておいた。


「辺境に行く人たちは、ここで初めてアラクネ商会を知るかもしれないね」

「辺境から出る人はここにもアラクネ商会が来たと思うだろうね」


 どちらにせよ宣伝になるなら、何でもいい。

 特にこの世界はSNSやラジオなどのような大衆参加型のメディアがない。常に現地密着型で商売を広げていくしかないのだから。


「宣伝屋みたいなものってないのかな?」

 俺は山道を歩きながら、聞いてみた。


「そんなものはないでしょ? 宣伝だけで食べられるなんて……、前の世界ではあったの?」

「あったんだよ。メディアが発達していたから、瓦版みたいなものがたくさんあったんだ」

「へぇ。瓦版ってなんですか?」

 僧侶の間では瓦版すら知らないらしい。


「町であった事件やなんかを報せてくれる紙さ。強盗や放火なんかが多いから気を付けましょうっていう意味もある」

「ああ、なるほど」

「山賊とか魔物とかが出たら、報せが来るみたいなことですか? 随分、野蛮な世界に住んでいたんですね」

「ん~、まぁ、そうだね。情報局もどんどん町にとっての危険な物や重要なことに優劣をつけて、もっと掲示板に貼り出してもいいと思うんだけどね」

「ああ、それは帰ったらやろう。教会の二階だけで知っていてもしょうがないものね」

「あと、天気の予報ができる人がいれば、やっておくといいよ。皆、洗濯しているでしょ? 魔物でいないかな?」

「雨降る時はなんとなくわかるっていう婆さんはいるよね?」

「一応、教会の神父さんもそれくらいならわかるって言ってましたよ」

 セシリアはそう言って、空の雲を見上げていた。

「やれよ! いや、あの神父さん、もっと働いた方がいいと思うけどな」

「本人もやろうとはしているみたいなんですけどね。なんだか勇気がないらしいです」

「そうか。誰か背中を押してやれればいいんだけど、もういいおっさんだからな。自分から恥をかきに行くしかないだろうに。そういう聖書の一説みたいなものはないの?」

「わかりません。ただ意外とプライドは高いんですよ。王都の教会でも結構優秀だったみたいで」

「大変だな。過去の自分に縛られると」


 頑張ってほしいとは思うが、待っているだけでは人生は動かない。


「コタローは何でもやるよね?」

「死にそうなことはやらないけどね」

「いや、結構死にそうになってるだろ?」

「一応リスクは取っていて、結果的にリスクのど真ん中にいる時はある。でも、それは最大限自分の中で気を付けた結果だから仕方がないって感じがする。やらない後悔よりやって後悔した方が、まだまし……」


 金で買える経験は結構やってきたつもりだが、当事者でないと楽しめないことが多いことに気づく。デイトレーダー、投資家として多くの企業を調べ、株主総会に行き、お店に行ったり、周辺の環境を調べたりしたこともあったが、実際に企業を動かすのはそこで働く従業員たちだ。夢を追いかけ、ビジョンを見せるのが社長の仕事だ。


 生まれ変わったら自分で起業したいと思っていたが、異世界とは思わなかった。

 前の世界の俺が、今の俺を見たら羨ましがるだろうか。


「……大丈夫?」

「いや、前世の俺が今の俺を見てどう思うかわからないけど、面白いなと思って。会社って、お金出したり、時間を預けて参加するのも面白いけど、当事者として動かしている方が考えていることが形になるし、行こうと思えばエルフの領地まで行けるって楽しいよね」

「そりゃあ、そうでしょ。この世界にずっといても、人間の国をこうして商人として旅ができるなんて思いもよらなかったんだから」

「1年前は本当に考えられなかったことだよな。人間なんて遠い国の野蛮な者たちってイメージだったけどさ」

「ええ!? ロサリオさんでも、そう思ってたんですか!?」

「人間からすれば、魔物に遭ったら食べられると思ってましたよ!」

 僧侶の二人も、イメージは変わってしまったという。


「意識なんて勘違いの連続だから、エルフたちも気づいてくれるといいんだけどね」


 そんなとりとめのない話をしながら、山道を進む。

 会話がなくなっても進み続け、僧侶のどちらかが疲れてきたら休む。泉に足を浸けて、アラクネさんにマッサージをしてもらうと、たちまち足の痛みは消えていく。


「わぁ、すごい! どうして?」

 俺が何度も味わった癒しを僧侶たちも堪能している。


「筋線維の炎症なら、元に戻すのはそんなに難しくないのよ。でも、二人とも女性だから、コタローよりも筋肉が細いのよ。人間の身体って本当によくできてるよね」

 研究者としてのアラクネさんが出てしまって、僧侶二人は若干引いていた。


「アラクネさんは元々人間とか成長について研究していた魔物だからね」

「魔物の中でもかなり優秀なんだよ。中央の学校で知らない魔物はいないくらい」

「そんな優秀な方だったんですか?」

「過去の話は止して。今は辺境のアラクネ商会の社員ってだけ」

「辺境情報局の局長でしょ?」

「代理ね。アラクネ商会も社長代理。だいたい仮でやっているだけなんだから」


 アラクネさんは責任が面倒になってきたのだろうか。


「旅に出ると肩書から解放されるから楽でしょ?」

「そう言われると、そうかもね。でも、人間の国だから気を付けないと……」


 そう言いながらもアラクネさんは、どこか嬉しそうだった。


「面白い? 人間の国?」

「本当に魔物が全然いないのね」

「それは俺も思った」


 途中山賊は出てきたもののほとんど魔物に出会うことなく、山を越え、草原を進み続けた。

 まだまだエルフの領地までは遠いそうだ。


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