185話「エルフへの旅路」
異世界から来た俺と、魔物のロサリオ、アラクネさんで人間の国を旅するのは危険だと思ったのか、商人ギルドが「エルフではなくてもいいから誰か人間の国に精通している者を同行させた方がいい」とアドバイスをくれた。
「基本的にアドバイスは聞くタイプだからな。誰かいる?」
「タナハシさんは?」
「情報局と商人ギルドで仕事。その上、道場まで通ってるのよ」
「元冒険者たちはゆっくりしておいてもらいたいしなぁ」
「セシリアさんは? 幻術のさ。僧侶の中にもエルフがいたよね」
「呪具屋でバイトしているんじゃなかった?」
僧侶のセシリアと解呪しかできないエルフのバネッサは、だいぶ迷っているようだった。
「すごくチャンスだと思うんですけど、もしかしたら教会を辞めることになるかもしれなくて……」
「教義で旅をしては行けなかったら、そもそも辺境まで来れていないんじゃないの?」
「そういうことではなくて特定の団体への奉仕活動は、商売や政治活動の邪魔になるという決まりがありまして……」
「ああ、そういうことか」
「辺境の町にも獣人の奴隷が来たじゃない? その前に領主が奴隷にはしないでくれって言ってたから、どこも奴隷扱いはしていないけれど。その獣人たちもエルフの領地で内戦に巻き込まれるかもしれない。貧困の救済でもあるはずよ。それに辺境の品物が無料で買い取られてしまっている現状だと行商人もうかうか商売してられないでしょ?」
アラクネさんが理路整然と社会性を訴えていた。
「それをちょっと神父様に言ってきます!」
「ちょっと待っていてください。置いて行かないでくださいね」
二人のシスターたちは急いで教会へ走って行ってしまった。
「俺ってそんなに置いて行くイメージがあんのかな?」
「私を置いて行くからです」
アラクネさんに言われると何も言い返せなくなってしまう。
俺たちは雑貨屋を覗いて、旅に持っていくものの準備をして待っていた。
おそらく野営がメインになっていくから、タープや寝袋は新しく買ってもらった。
「会社の経費からいいの?」
「売上を考えれば、一番稼いでいる部門に資金を注力するのが普通でしょ。だとしたら、コタローとロサリオは利益率が高いからね。そういうもんでしょ?」
「ロサリオ、俺たちは旅の間も稼がないといけないらしいぞ」
「適当に依頼を請けよう。人間の国なんて楽しみだ。アラクネさんもそうでしょ?」
「そうね。人間と魔物の違いって姿かたちだけじゃなくて、魔力の運用方法もそうだし、一番は道具の使い方よね」
「魔物よりも器用に使ってる?」
「そうね。素材にもこだわるでしょ? あとは細工も施すし、そういう技術は魔物からするとスキルでどうにかしてしまおうとするから人間特有なんじゃない?」
「言われてみるとそうなのかな。魔物は効果を考えて、自分の身体も作り替えられるところがすごいけどね。身体を作り替えると言えば、人化の魔法はどう?」
「こうすればよくない?」
アラクネさんは二対の足を残し、他の足を畳んで畳んで腹部と一緒にリュックに詰め込んでいた。
「元冒険者の魔女たちが器用で、出し入れしやすいように作ってくれたのよ。山道とか人がいないところでは足を出して、他の場所ではちゃんと人化の魔法を練習しながら行けば、どうにかなりそうでしょ?」
「どうにかはするんだけどね」
正直なところ、辺境では人間と魔物の共同生活が始まっているのだから、人間の国でも普通に魔物が生活していく未来を作っていかないといけないだろう。
ロサリオもアラクネさんも好戦的ではないから大丈夫だ。幸い、リオは中央の政治に巻き込まれて、軍の中でもかなり偉い人になれそうなのだとか。折り鶴だけは送っておいたので、ちゃんと会話は成り立つ。
『いざとなったら俺を召喚しろ』
「検討はするよ」
『ここから逃がしてくれ。頼む』
最後は情けない声を出していた。
中央も大変そうだという話をロサリオと話していたら、シスターたちが準備を終えてやってきた。
「もう行けそう?」
「はい。行けます! ちゃんと説明してきましたから」
「仕事の割り振りもちゃんとやってきました。大丈夫だと思います。あとは、私はエルフの追放者でもあるので、領地内のことは多少わかるんですけど、入る時は……」
「こっそり入ろう」
「ありがとうございます!」
辺境に来ている僧侶たちは、皆何かしらやらかしてきた人ばかりだ。故郷では使えない者とレッテルを張られた人たちだ。辺境ではただの働き者たちなので、胸を張って里帰りしてほしい。
もし俺たちで停戦を維持できたら、帰りは大手を振って帰ってこられるかもしれない。
食料もちゃんと買ったので、とっとと出発する。クイネさんたちが見送りに来てくれたが、皆仕事中だ。
「実験も忘れるんじゃないよ!」
「はーい!」
馬車だとすぐに魔物はバレてしまうので、基本的には徒歩で向かう。
「かなり西の方なので、数日かかりますよ」
「大丈夫。山道も慣れているから、街道を離れてもいいからね」
「わかりました」
案内のバネッサはアラクネさんたちのために山道を選んでくれた。
初日から山の中で猪に遭遇。セシリアが幻術を使っている間に、アラクネさんが糸の罠にかけて身動きを取れなくして狩っていた。
「いやぁ、魔物の方がいると狩りも一瞬ですね」
「このくらいなら誰でもできるのだけれど、山賊みたいに武器を持っている人間は難しいかもしれないわ」
アラクネさんが謙遜していたが、さすがに無理があると思う。レベルも40近くあり、ウブメを大量に倒していたことを忘れてはいけない。
俺とロサリオで解体して、骨や内臓は地中に埋めておいた。
「アラクネさん、なるべく二人に狩りをさせようね。戦闘は少なそうだから」
「確かに……。考えてなかったわ」
「あんまり魔物も出なそうだけど、たぶん出たらすぐわかると思う」
「そうね。それにしても景色がきれい……」
アラクネさんが言うように、小川には雪解け水が流れ、小さな花が咲き乱れる春の初め。気温も寒すぎず、持ってきたコートは早々にリュックの底に詰め込んでしまった。
「暑いですね」
昼過ぎに山の峰まで行くと、高山植物の白い花が山肌一面に咲いていた。
「こんなところがあったなんてね」
「何人かすれ違ったけど結構、行商人もいるね」
「たぶん辺境の町へ行くんだと思います。いい噂しか聞かないし、獣人の方も多かったですから」
通り過ぎる行商人は獣人ばかりだった気がする。領地から逃げ出しているのか。
峰を越え、再び森の中へ入っていく。山を下っていくと集落があり、獣人の行商人たちが集落の広場にテントを張っていた。
「ここって野営できるんですか?」
すでに日が落ち始めているので、ここで野営できると助かる。
「ああ、ここは行商人たちの中継地点になってるんだ。辺境の町から帰るところかい? どんなところだった?」
犬顔の行商人は、辺境の町へ向かう途中のようだ。
「いえ、辺境の町から来たんです。言葉を喋れる魔物に慣れておいた方がいいですよ」
ロサリオが自分の足を見せながら、にっこり笑っていた。
「兄ちゃん、サテュロスか!」
「ええ。もしよければ旅の夜長に、音楽はいかがです?」
ロサリオは弦楽器を取り出して、その場で奏で始めた。集落の人たちも外に出てきて、聞き入っている。
共同で使っている焚火で夕飯を作り、この日は木の下にタープを張って、寝床を作っていた。行商人たちに辺境の町の様子を語って聞かせ、夜が更けていった。




