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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境
183/226

183話「七階層は実験場」


 前世での折り鶴は長寿や平和を願う意味が込められたが、今世でも遠くの者に届けというまじないが込められている。


「つまり、声だな」

「会話ができるのか?」

 ロサリオは不思議そうに折り鶴を見つめていた。一応紙はまじないがかけられ、燃えないように魔法陣まで施されている。


「やってみよう。ああ、クイネさん、クイネさん、聞こえますでしょうか。こちらコタロー、応答願います」

『……、わぁ! 聞こえているよ。腹から声が出てるね』


 折り鶴の腹部分が膨らんだり縮んだりして、声が出ている。


「これ、結構簡単に破けそうですね」

『いや、そんなに簡単に破けない紙ではあるから、しばらくは使えると思う。劣化しないように、もう少し魔法陣を追加してもいいかもしれないね』

「ああ、それならいいですね」

『いいよ。これ。異世界のまじないもかかっているなら、なおのことこれを使えるようにした方がいいんじゃないかい?』

 折り鶴を作っている最中に、クイネさんも驚いていた。そもそも折り紙みたいな細かい作業を職人でもないのにやる男が、魔物の世界にはいないらしい。

 子どもの頃の遊びほど、文化圏が違うと面白がってくれるものだ。


「今、教会ですよね?」

『そうだよ。『奈落の遺跡』の何階層にいるんだい?』

「七階層です」

『七!? 随分、潜ったね。魔物は多いかい?』

「多いですよ。なあ?」

 俺はロサリオに聞いてみた。

「多いは多いんですけどね。それぞれ戦術があるってだけで、俺たちで対応しきれないわけでもないです。ただ、毒蛇とか触手とか、毒を使いこなす魔物が多くて、素材になるかわかりません」

『おおっ。ロサリオの声も、はっきり聞こえるね』

『素材はいいから、ちゃんと帰ってくるようにね。それから、マーラさんとイザヤク君が来て獣人たちにいろいろ教えているんだけど、いいのよね?』

 魔法と剣術を覚えてもらっている最中だが、二人には基礎的な生活を教えるようにも言ってある。所謂、文化的で健康的な最低限度の生活を送ってもらわないと、奴隷意識から抜け出せない。


「いいよ。できるだけ、獣人たちは奴隷の様には扱わないでね。辺境の文化も健康も教えてあげて」

『わかった。夕方くらいには帰ってくるのよね?』

「はい。夕方くらいには帰れるから、ランチは食べておいてください」

『了解……。皆、何にする?』


 俺は折り鶴の羽を閉じて、遠隔会話を終わらせた。


「コタロー、後半アラクネさんに敬語になってたぞ」

「うん。優秀だからさ。たぶん、なるべく早くレベルを上げて、取りたいスキルもあるんだろうけど、こっちの実験もしないといけないからさ」

「やることが多いんだよ」

「やらないといけないリストを作ってみたんだけど、多すぎてさ。優先順位を付けていかないと春までに終わらないよ」

「スライムの実験も一緒にやってしまおうか。この階層なら、まだスライムも死なないだろ?」

「そうだな。とりあえず、毒スライムだけでも呼び出すか」


 ポータルのペン軸を握りしめ、毒スライムを召喚した。


「おつかれ。今、七階層なんだけど、毒を持つ魔物が多そうなんだ。それでどんな毒かもわかってないんだけど、体内で保管できるか? 魔石は吸収していいから」


 ピーッ。


 青い毒スライムは了解したと喉笛を鳴らしていた。


「じゃあ、やっていくか。魔物たちが集まっているところに罠があるってことだろ?」

「罠を解除して倒していくか。それとも」

「煙玉と足音の笛は使ってみようぜ」

「そうだな」


 タッタッタッタ……。


 足音が遠くまで鳴り響く。


 ズガンッ!


 格子戸が天井から落ちてきて、部屋の中に無数の矢が飛んでいた。部屋には毒蛇が落ちてきたが、俺たちは通路の遠くから見ているだけ。天井からぶら下がっている触手や骸骨剣士も出てきたが、結局、矢に貫かれて勝手に倒れていく。


「自分たちで罠にかかってたら世話ないな。上に油壷があるけど、入ったら落ちてきそうだな。どうする?」

「あれは、スライムに取ってもらおう。青、出来るか?」

 青いので青と名付けていた。

 ピーとひと鳴きして、格子戸の隙間から部屋の中に入り込み、天井から落ちてくる油壺を受け止めていた。その間に、毒蛇や矢に貫かれていたが、全く効いていない。


「当り前だけど、スライムの防御力はエグイな。あれ、たぶん毒蛇の毒を取り込んでるぞ」

「いや、毒蛇の肺まで粘液を突っ込んでる……。あいつら、解体した魔物の形を覚えているからな。どこが急所なのかも理解していると思う。よし、もう窒息しているから放してやれ。魔石を取り出してやるよ」


 俺はペッと吐き出された毒蛇をナイフで解体し、魔石をスライムの口に放り込んだ。罠の矢も尽きたようなので、格子戸を持ち上げて部屋に入る。床には罠のスイッチがたくさんあった。


 ガルルルル……。


 振り向くと、黒豹が俺たちの匂いを追って、こちらに近づいてきているのがわかった。尻尾には蛇の頭になっていて炎を吐き出している。毒スライムはぶるぶると震えていた。


「あれは対応できそうにないか」

「じゃあ、ちょっとここで待ってろ。煙玉は使うか?」

「もちろん、使おう」


 俺たちは煙玉を投げてから、左右の通路にそれぞれ分かれた。


 ガウッ!


 感覚器官をスキルで底上げして、魔物の位置を把握。クロヒョウ以外にも毒霧を吐き出すトカゲや炎を吐き出す百合の花なんかも咲いていることがわかった。


 俺は黒豹の横の通路まで来て、ロサリオの合図を待つだけ。部屋はすでに煙で充満している。視覚では戦えない。

 音が頼りになるが……。


 タッタッタッタ……。


 ロサリオが足音笛を使い始めた。


 タッタッタッタ……。


 俺も使う。


 ボフッ!


 黒豹の尻尾が炎を吐き出す。

 足音以外の音を出したことで、俺たちは黒豹の正しい位置がわかった。


 ヒューッ。


 風切り音が鳴ると同時に、俺はナイフを投げていた。


 ズズン。


 煙玉の効果が消え、徐々に部屋に充満していた煙が収束していく。元の黒い玉に戻った。

 後には、頭のない黒豹と投げナイフが上顎と下顎に刺さった頭だけが残っていた。血が盛大に吹き上げそうなものだが、切り口には氷魔法の札が貼られ、凍らされている。


「芸が細かいね」

「いや、これだけの毛皮だからさ。あんまり血で汚したくないだろ?」

 ロサリオはいつでも気が利いている。

 スライムたちを呼び出して散らかった植物の葉や魔物の死体を処理。焼却できるものは焼却していった。


 黒豹の胴体と頭部を持って帰ると、元冒険者のジジババが褒めてくれた。


「こりゃ、大物獲りだったな」

「これくらいの魔物は普通にいるのが『奈落の遺跡』です」

「また、持ってきたのか!? きれいに毛皮を剥ぐのに苦労するぞ」

 元皮職人の爺さんも、喜んでいる。


「今回は呪具を見つけられなかった。また、探索するよ。スライムたちも仕事をしたから、御褒美を上げておいてくれ」

「わかりました!」

 ツボッカは大きな黒豹の死体を見ながら、筆を舐めていた。いくらになるのか計算しているのだろう。

「僧侶のセシリアにもお礼を! 足音の笛も煙玉もかなり使える」

「はい!」


 探索者よりも倉庫業で食べていかないとな。

 今は商売の方が難しい。


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