182話「特訓、修行、実験」
獣人奴隷たちが、マーラから防御魔法を、イザヤクから剣術を習っていた。温泉に来る老人たちは早朝から起きているので、汗を流す前に汗をかくのが日課となっている。マーラもイザヤクも道場生なので、自然と教えてくれているようだ。
「すまん。後で、授業料は請求して」
マーラに小声で言っておいた。
「いや、コタローさんからお金はもらえないですよ」
「いやいや、ちゃんと貰った方がいい。そういうものの積み重ねが商売になり、信用にもつながるからさ」
ツボッカとターウにも言っておいた。
「倉庫内の荷運びと、馬車からの荷下ろしは教えてあげてくれ。あと、獣の狩りもできるくらいまでは強くなってほしいんだ。どっちにしろスライムを使役しないといけないからさ」
「了解です」
「なるほどー、そういうことですかぁ。支店作るんですね」
「おっ、ターウはわかってるんだ」
「違うんですか?」
「いや、その通り。ターウも魔族の国に支店持つ?」
「え? ん~、面倒ですけど……、召喚術はちょっと知りたい……」
「じゃあ、とりあえず、後で召喚術の座学をやるから一緒に聞いておいてくれ。レベルが上がったらスキルが発生するかもしれないし」
「わかりました」
「ターウは何になるんだ?」
ツボッカが聞いていた。本人は仕事は楽しそうだが、将来に迷っているらしい。
「ツボッカみたいに、机の上でずっと仕事をしているのは無理だから、身体を動かせる仕事がいいとは思うんですよね。で、スライムたちとも仲良くなってしまったし、使役スキルも(小)は取ってますし……」
「じゃあ、召喚術を覚えて、アラクネ商会の支店を持つ流れができてるな。それはまだ踏ん切りがつかない?」
「そうですね。たぶん、私じゃなくても支店は成り立つと思いますし。だったら、スライム農場みたいなものを作って準備をしておいた方がいいんじゃないかって……。ダメですか?」
「ダメじゃないぞ。ただ、ターウは変なことを考えるんだな。思考が深いから広げられるんだろうけど……。スライム農場を、ちょっと調べてみてくれ。そんなことができるのかどうかわからないけど」
「いいんですか?」
「いいよ。使役スキルも、どんどん上げていっていいからな。ツボッカもスキルは自分に都合よく取っていけよ。会社のためとかじゃなくて、自分のためでいいからな」
「わかりました」
俺もスキルではかなり迷ったので、社員たちにもちゃんと迷ってもらおう。悩んだ分だけ、身になるだろうから。
朝の訓練が終わったら、倉庫で皆で朝食を食べ、情報局に行くアラクネさんを見送ってから、『奈落の遺跡』へと向かう話をロサリオと打ち合わせ。
「まだ、毛皮もできていないのに、いいのか?」
ロサリオは未だに倉庫前で、作業をしている泥人形たちを見ていた。
「魔物を狩るかどうかは後にしても、この間遠隔魔法を使う奴がいただろ? 『奈落の遺跡』にも縄張りみたいな領域を管理している者たちがいるかもしれない。内側から倉庫を襲われたらたまったもんじゃないだろ?」
「確かに、それはそうだな。獣人の教育かと思ってたんだけど……」
「それも帰ってきたらやってくれ。俺も準備だけしてやらないと」
獣人奴隷たちのためにナイフや薬草などを用意して、元冒険者の爺様と婆様や朝風呂に入ってきた青鬼族のセイキさんたちに預ける。
「猪一頭狩ってこれたら、今晩は焼肉だから。無理はせずに、先生たちの言うことを聞くようにね。あと、山から逃げない方が楽だぞ」
諸注意を言っておいた。
「それは全員わかってます」
上下社会がしっかりしている獣人たちは従順だ。
「じゃあ、お願いします」
「はい~。とりあえず山を登るぞー。足腰鍛えてないと、動けないからな」
俺とロサリオは獣人奴隷たちを見送った。
「この倉庫は先生がたくさんいるよな?」
「その強みを生かさないと。あ、俺たちの先生が来たぞ」
幻術使いの僧侶・セシリアが倉庫に出勤してきた。前と比べて血色が明らかによくなっている。
「今日もよろしくお願いします」
「はい……。いいんですか? 本当に、あんなにお金を頂いて」
「だいぶ、俺たちは幻術への理解が深まっていますから」
レベルが高いのでスキルも発生しにくく、まだ幻術スキルは取得できていないが、『奈落の遺跡』に潜っている間に、レベルも上がるだろう。
さすがに遺跡の探索は5階層以降になり、危険になってきたので連れていけないが、しっかり幻術の術理を教えてもらい、スライムたちにも一緒に覚えてもらう。案外、俺たちよりスライムの方が覚えは早いかもしれない。
「これ、作ってきたんですけど、煙玉と足音の笛です」
黒い煙が出る煙玉と、遠くまで足音のような音が聞こえる笛をくれた。幻術の術理を使った物で、夜なべをして作ってくれたらしい。
「「ありがとうございます」」
ロサリオが足音の笛を吹くと、何者かが近くを通り過ぎたような音が聞こえてきた。
「すげぇ」
「これ、すごいわ」
煙玉も一度使って終わるわけではなく、使い終わったら煙を集められるので汎用性が高い。
「え!? 煙を集められる!?」
「これ、ちょっと冒険者ギルドに卸した方がいいと思いますよ」
「そうですかね?」
「素材さえあれば、作れるんですか?」
「そうですね」
「じゃあ、商品開発した方がいいですね。たぶん教会と仲が悪いから、取引されていなかったんじゃないですか」
「そうかもしれません」
とりあえず、素材と予算を聞いて、ツボッカに報告しておく。
「予算はほぼいらないんですか?」
「今、教会はお金がないので、ゴミになるようなものから集めて作ったんで……。シスターたちも協力してくれました」
俺もツボッカも、互いを見た。ゴミ集めは利権がないのか確認を取らないといけないが、金の成る木が落ちているようなものだった。
一旦、セシリアは獣人たちと共に戦い方や狩りの訓練をしてもらうことにして、幻術の道具や弁当を持って『奈落の遺跡』へ向かう。
昼になるとアラクネさんたちやブラウニーたちもやってきて、ランチになって遺跡に潜るタイミングを失う。
「急ぐぞ」
「了解」
俺たちは『奈落の遺跡』へ続く階段を下りていった。目的は探索とスライム召喚の実験だ。
6階層までは走り抜け、7階層から慎重に探索。ロサリオとのコンビなので、ほとんど会話も要らない。何をやろうとしているのか、こっちもわかるし、向こうも理解してくれる。一通り、すべての部屋を回り、下へ続く階段を見つけるまで、潜伏しながら走り回っていた。
上の階層とは違い、室温もそれほど低くないし、天井に張り付いている触手の魔物や毒蛇、黒い豹などがいる。部屋の隅の方は霜の痕があったり、蝙蝠熊が捕食されたりしているので、先日まで冬だったが、逃げていったとも考えられる。
「環境ごと変える奴らがいるのかな」
「召喚術で魔物を呼び出せれば、それも可能なのかもな。自分たちの都合のいいように環境を変えるのは人間も魔物も同じだろ?」
「確かにそうだけど……」
「その環境制圧が速いし、撤退も速いんだろう」
「地上とはまるでスピード感が違うな。とりあえず、実験していくか」
「よし」
実験することが増えていっている。
俺は、鞄から折り鶴を取り出した。
「それはなんだ?」
「クイネさんのまじないがかかった鳥さ」
説明していない実験に、ロサリオは笑っていた。