181話「トータルで稼げればいい」
人間を買う行為と人間を雇用することはまるで違う。それが誰であれ、どんな能力を持っていようと、どんな見た目であろうと、前世で民主主義を掲げ人権を尊重していた国の者として、人間を買うことには抵抗感がある。
ターウを買った時は、すぐに奴隷ではなく倉庫の従業員として雇用するために買った。
今回もまた、従業員として買うのだが、辺境での生活を何も理解していないまま自由の身にするのはかわいそうだ。
「希望して辺境まで来たというわけではないんだよね?」
「……」
奴隷たちは答えないというか、目で訴えてくる
「ああ、喋っていい。頼む。応えてくれ」
「当り前です。このような魔物と一緒に住むなど聞いていません」
女性の奴隷が答えてくれた。奴隷商でも男女差はそれほどなかったようだ。奴隷商としては、娼館に売ろうとしたのかもしれないが、辺境の町には娼館はない。感染症の対策もあるだろうが、そもそも街づくりを優先して余裕はない。
「だろうね。見ての通り、人間と魔物に差別はない。広場を見ていればわかる通り、同じものを食べているだろ? もちろん、ここにいる魔物は人間を食べない。コミュニケーションも問題なく取れる。物質系の魔物の中には喋れない者たちもいるが、独自の言語があるだけで意思がないわけではない。奇妙に見えるかもしれないが、これが普通なんだ。できるだけ早めに慣れてほしい」
「獣系の魔物に関しては、我々獣人もそれほど拒否感はないのですが……、アラクネやラミアなどの魔物に関しては、捕食されるのではないかという気持ちが拭い去れないでいます。すぐに慣れることはできないかもしれません」
「もちろん、全員が全員、人格的に優れているわけではないし、いい者でもない。それは人間も同じだろう。距離感は徐々に近づけていけばいい。それよりも、仕事をしないと食事がないので、そのつもりでね」
「は? ……はい」
「当たり前か。初めは共同になるけど寝床は用意してあるし、服もちゃんとした洗濯したものをなるべく着るようにしてほしい。汚れていると病気や呪いにかかりやすくなるからだ。あと、温泉があるので掃除も仕事として覚えてほしい。温泉は入り放題だ。仕事もあるけれど、別に仕事を見つけて自立できるようなら、自由だ。基本的に自分たちで考えて、自分たちで行動すること。識字率が低いと聞いた。計算はできる者とできない者がいるらしいとも聞いている。これは一生使えるスキルなので、早めに覚えよう。単語だけでも覚えないと騙される可能性があるから」
「あの……、待遇がよすぎませんか?」
布一枚しか着ていない奴隷たちは戸惑っている。
「自分が奴隷のいないところから来たというのもあるけれど、リスクとリターンを考えてもアラクネ商会の仕事を覚えた方がいいとは思う」
「俺たちは荷運びをするわけじゃないんですか?」
「荷運びという概念そのものを変えようとしている」
「ええ? 何を言っているのか俺にはまだよく……」
「わからなくていい。別に俺もすごいことをやってやろうとはしていない。どうしてこの世界には魔法があるのに、今考えている商売がないのかがわからないだけだ。そこにできるだけ最速で、皆は奴隷から解放されて商人になってくれと願っている。じゃ、そこに飯を買ってきてあるから、食べて」
奴隷たちが食事をしている間に、個別でゴルゴンおばばに能力を見てもらい、なるべくスキルが発生していない獣人を五人買うことにした。兎、ネズミ、狐、アナグマ、カメレオンの獣人だ。
アナグマもカメレオンも女性の獣人で呪われているのだとか。あとで解呪の僧侶に呪いを解いてもらおう。
「他の奴隷は買われないんですか?」
「商人ギルドが買うと思います。これゴルゴンおばばの見立てた能力表です。スキル習得のお役に立てれば」
そう言って、奴隷商にメモを渡し、俺たちは五人連れて外に出た。
「相変わらず、あんたたちは妙なことばかりしているね。それで儲かってるんだからわけがわからないよ」
ゴルゴンおばばに人数分の報酬を渡すと、酒場に消えていった。今は倉庫の近くに住んでいるが、酒に付き合う者が少ない。時々、町に来て、同世代の人間たちと話すのもいいだろう。温泉に来ている老人たちは皆、闘技会に出るような人も多いので深い時間までは付き合ってくれない。人間の飲み仲間ができるといいんだけど。
五人揃って、自分たちに合う古着を選んでもらい、試着室で着替えてもらった。
「いや、いいんですか?」
兎男のセキネが聞いてきた。
「うん、奴隷扱いはしないからな。なるべく一般の辺境に慣れてくれ。あんまり奴隷はいないだろ?」
「そう言われると確かに……」
アナグマ女のモトクマは背が高く、周囲を見回していた。
「建築現場でも荷運び役は、職業になっているから、意外と奴隷は少ないんだ。魔物に関してはほとんどいないんじゃないかな」
「犯罪奴隷が多いのよ。街中まで来るような奴隷はいないと思うわ」
アラクネさんが魔物の常識を教えていた。ついでに呪具屋で副業中の僧侶に獣人二人の解呪を頼む。
「これでいいと思います。あとは気持ち次第だから、あまり暗くならないようにしてください」
「本当に呪いが治ったんですか?」
「ええ。種族の特性でいろいろと聞こえてしまうかもしれませんが、気になさらずコタローさんの話をよく聞いて、仕事をしていってください。私たち僧侶も、それで今はまともな食事ができていますから」
僧侶を助けておいてよかった。
食料を買い込み、そのまま倉庫へと向かう。革を鞣している泥人形たちは食事はほとんどとらずに土を摂っているが、職人たちは普通に食事をする。ターウも一緒に食べるようになり、今は、温泉に入りに来る老人たちに作ってもらい、入浴料を無料にしている。幻術使いの僧侶のセシリアも最近では、ランチは教会に戻らず倉庫で皆と一緒に食べているようだ。
儲からないと言えば、儲からないが、温泉の管理をしているエキドナたちには十分に給料は渡してあるので、文句は出ない。倉庫や温泉、呪具レンタルなどのトータルで稼げばいい。
エキドナのパーティーメンバーのリザードマンやラミアはそれがよくわからないらしく、「稼いでいないのに、お金を貰っていいのか?」などと言っていた。
「いや稼いでいないわけじゃなくて、現物支給なだけだよ。あと、教官を頼みたいんだけどいいかな?」
「もちろん。風呂掃除ばかりしていて、俺たちも体が鈍っている」
「温泉に来るお婆ちゃんとお爺ちゃんたちの身体の姿勢がどんどん良くなっていくんだけど、倉庫で訓練しているんでしょ? もしかして『奈落の遺跡』に入ってるの?」
「俺たちはね。元冒険者たちは勉強会みたいなことをしているよ。暇なときには参加して」
「わかった。たぶん、すぐ行くと思う」
倉庫で、奴隷を買ったというと、その元冒険者の老人たちが集まってきた。
「おおっ、獣人奴隷か」
「これまた貧弱そうなのを買ってきたね」
「社員にするつもりかい?」
「そうです。全員、使役スキルと召喚術を覚えてもらいます」
「いよいよだね。だから、あんまりスキルを持っていなそうな奴隷を買ってきたのか……」
「あの……、能力が必要ない仕事をさせるわけじゃなかったんですか?」
狐男のグリモリが聞いてきた。
「能力が高い者ほど、それに足元をすくわれることが多いからね。変な癖がない方が覚える時は楽だろ。むしろ、俺は能力主義だよ」
そう言って、5人を奥にあるベッドが並ぶ部屋に連れていった。衝立で区切っているが、プライベートな空間はあまりない。
「これで、悪いけどな」
「いえ! ベッドにシーツまであるなんてありがたいですよ」
「働きますから、なるべく長い目で見てください」
「お願いします」
「こっちも長い目で見てくれよ。そんなにすぐに稼げるようにはならないから」
5人ともツボッカから、自分の名前を書けるように教えてもらっていた。