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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境

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180/226

180話「元奴隷商の証言」


 商人ギルドの応接間に通され、狼の獣人・テライに会った。


「よろしくお願いします。元奴隷商のテライです。アラクネ商会さんの噂はかねがね聞いております。早速ですけど、そちらの倉庫では人間の国とも交易はされているんですか?」

「ほとんど魔物の国としか商売はしておりませんが、自分が異世界から来たということもあって人間の国に馴染みがなく、何も知らない魔物の国の方が居心地がよかったからです。特に人間の国と商売をしないという取り決めをしてはいません」

「なるほど。では少しばかりですが、獣人の奴隷に関して人間の国での扱いについて説明させていただきます」

「お願いします」


 どうやらタナハシさんは俺たちが、興味本位で奴隷を買わないように教えるために商人ギルドまで連れてきてくれたらしい。同じ辺境の商人同士、騙されないようにしているのか。それとも単純に、俺たちが奴隷を買うと困ることがあるのか。


「今の人間の国では奴隷に対して、主人は衣食住を与える決まりになっています。また、労働時間に対する休憩時間も取らせるよう厳格に決めている地方もあるのですが、獣人の領地ではまるっきり逆で、奴隷になった者は皆家畜扱いです。三日、食事も与えられないなんて当たり前に起こっていて、未だに古い体制のままなんです」

 アラクネさんがメモを取り始めた。


「だからこそ、獣人の奴隷は他の領地に言っても従順で働き者が多いんです」

「上下関係にも厳しいと聞きましたが……?」

 アラクネさんが先ほど聞いた話を振った。

「ええ、その通りです。商業の発展によって食料事情も格段に良くなって、老人がなかなか死ななくなったというのも大きいんですけど、小売店が発展していても他の業種は発展せず、しかも古い会社はどんどん大きくなり、体制自体をなかなか変えられないでいるんです。ただ、今の領主は奴隷制そのものの廃止をしようとしています」

「奴隷がいるから会社は大きくなっていて既得権益を握り続けたいが、領主からすれば奴隷制に頼った商売をしている限り、多様な商売の発展が見込めないということですか?」

「その通りです。よくわかりますね」

 商売の流れ、サプライチェーンを考えれば、予想は付くことだ。


「はっきり言えば、製造業はまるっきり遅れています。辺境でも見る魔道具や呪具なんて、どう扱っていいかすらわからない。大きな農地では家畜も使っていますが、田舎に行くとほとんど奴隷が道具も使わずに畑仕事をしている始末です。しかも袖の下と横領ばかりで、教育をしてはいるもののどうにもこうにも新しい商売を立ち上げてもすぐに潰されてしまう。今、領地の外にいる奴隷商はまだましな方なんです」

「領地の外にいる分、まだ別の商売をするチャンスがあるからですか?」

 アラクネさんも眉をひそめて聞いていた。

「その通りです。でも、売る物がない。だから、同胞の労働力を売るしかなくなっているんです」

「では、買ってすぐに奴隷から解放すればいいってことですかね?」

「そうできればいいんですけど、辺境の町の仕事を理解できるかどうか、ちゃんと見てからの方がいいと思います。本当に才能がない者もいますから」

「それはわかりませんよ。まだスキルが発生していないだけかもしれませんから。ゴルゴンおばばに見てもらうのがいいでしょう」

 アラクネさんは、優秀な学生だっただけに才能の可能性はちゃんと信じているようだ。


「商人ギルドさんはどうするつもりなんですか?」

「数人買って、商人としての教育を積ませるつもりです。もちろん荷運び役もさせますが。アラクネ商会さんはどうされるんですか?」

 俺たちにテライの話を聞かせたということは、商人ギルドとしては俺たちを先遣隊として行かせたいのだろう。


「獣人の領地に行って、古い会社を潰して来いって話でしょ?」

「さすがにそこまでは……」

「俺たちみたいな外部の小さい会社に喧嘩を売らせて、大きな商人ギルドが仲裁に入って買収しようとしているんです。タナハシさんにその気がなくても、商人ギルドの上層部はそのつもりでしょう。それが商売の戦略です。それは別にやろうと思えばやれるんですけどね」

「何かコタローの中で止めているの?」

「ん~、単純に老人たちが用意した仕事をそのまま請けるのが面白くないというのはある。それでも俺はやると思うんだけど……、レジェンドとレガシーの違いかな」

「……どう違うんです?」

 タナハシさんはじっと俺を見て言った。


「領主レオパルダスは、内戦を引き起こした大商人たちと戦い、奴隷を開放していくことでレジェンドにもなれたはずなんだ。でも、そこで戦わずに周辺の領地にお願いしに行った。要するに、獣人を奴隷にしない手立てはないのか、古い会社を納得のいく形で潰せないのか、システムを変える案を求めている。おそらく、獣人の領地が欲しいのはレジェンドではなくレガシー。未来への価値を創造してくれと言っていたと俺は思うんです」

「アラクネ商会さんは、名を残したくはないということですか?」

「名前を売るわけじゃありませんから。確認しますけど、教育はしているんですよね?」

「まぁ、最低限の算学と読み書きくらいですけど」

「あとは個人の力量次第だけど、上が閊えていると……。自由と紐づけか……」

「決まった?」

 アラクネさんが俺を見た。


「うん」

「じゃあ、我々アラクネ商会も数人獣人奴隷を買わせていただきます。ただし、まだ寮がないので、少々お待ちくださいね」

「わかりました」


 俺とアラクネさんは商人ギルドを出て、一日に一人当たりが使う金額を考えながら、ゴルゴンおばばのもとへと向かった。


「今の資産でも五人は雇えるわ。一年教育に使っても問題はないよ」

「古い家を買い取って寮にした方が安く済むんじゃない?」

「それはそうだね。長屋に空きが出たら聞いてみる。あと道場裏の冒険者の住宅も聞いてみようか」

「そうだね。差し当たってテイムスキル、使役スキルを持つ人材の確保とレベル上げ、スライムの補充だね」

「じゃあ、本当に召喚物流を始めるのね」

「こういうのはインパクトが大事だから、獣人の領地のど真ん中に支店を作った方がいいと思う」

「お金かかるわよ」

「内部留保を吐き出そう。奴隷が独り立ちするのが、目的だからね」

「了解。頼むわ。社長」

 


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