179話「難民の準備、期待と落胆」
白豹の獣人であるネーショニア領主・レオパルダスは、白い顔をさらに白くさせて辺境の町に入ってきた。お供は従士5人だけ。
「この辺境にも獣人の難民がやってくるかもしれません。すべてこの領主・レオパルダスの責任でございます。ただ、どうか、獣人を奴隷にはさせないでいただきたい。大したスキルはないかもしれません。仕事を覚えないような獣人もいるかと思います。ですが、どうかお願いします。奴隷にだけはさせないでください」
従士含め領主自ら頭を下げていた。
まだ来ていない難民のために頭を下げるなんてよくできた領主だ。
「立派な領主なのに、何があったんですかね?」
野次馬の後方で見ていた俺は商人ギルドの職員に聞いてみた。
「獣人は上下関係に厳しいから、歪みが生まれたんでしょう」
「食料事情がよくなって、なかなか上の世代が死ななくなったとか?」
「ああ、それもあるでしょう。そうなると、格差をつけにくくなって学校を卒業した獣人たちは皆奴隷扱いだったんじゃないですか」
「ああ、そういうことってあるのね」
アラクネさんも納得していた。
「領主が見ての通りだとすると、労働条件を是正したのかな。それで、反乱がおきたとか?」
クイネさんが予想を言っていた。
「結局のところ、獣人の領地では何を生産しているんだろう?」
「毛皮とか家畜のはずだよ。あ、あと魔物の使役も結構盛んじゃなかったかな」
アラクネさんは町の人たちと交流しているからか情報通だ。
「でも、ほとんどが荷運びをしているよね。御者も獣人が多いし、魔物とも早く仲良くなっていたんじゃないか?」
「そう言われるとそうかもしれない。見た目が近いというのもあると思うけれど、親しみやすいのかもしれないわ」
アラクネの二人は、よく人間たちを見ている。
「それだけに獣人の人権は軽んじられてしまうのかもしれないのか……。ちなみに実際、他の地域では獣人の奴隷が多いんですか?」
商人ギルドの職員に聞いてみた。
「多いですよ。力があって顔だちもいいし、上下関係が厳しいから雇用主からすれば雇いたい人種なんですよね。奴隷まで地位を下げられれば、反旗を翻すこともないと考えるのが普通です」
「じゃあ、上に逆らわないし裏切らないってことですか?」
「裏切ると、単純に同胞からも冷たい目で見られるんだと思いますよ。だから、古い体制のままの方が仕事はある。領地から出た方がいろんなスキルも取得できるんですけどね」
領主のレオパルダスは、辺境の町を出て、再び周辺の領地へと断りを入れに行くという。辺境は領主がいないから、町の人全員で聞いていた。
「奴隷にしないとはいえ、仕事しないと金も稼げないからな。町で養うってわけにもいかないんだろ?」
「役所で用意できる仕事だって限りがあります。土木工事等がありますから人数は欲しいんですけど……」
「スキルもないのに、机に向かっている仕事をしたいって言うと思うよ」
辺境の住民である獣人が言った。
「結局のところ、一緒に暮らしていればわかる通り、建築関係の荷運びや配達業務をやっている自分たちからすると、獣人にもいろいろいますから、皆さん気を付けてくださいね。同胞ですけど、出来もしないことを出来ると言っちゃうような者もいるので、もしかしたら、もう仕事を用意してくれる人や魔物の方がいるかもしれませんけど、個人を見てもらえると助かります」
いろんな獣人たちが声を上げ始めた。
「人見のためにちょっとゴルゴンおばばを連れてきた方がいいんじゃないか?」
「ああ、その方がいいかもしれませんね」
自分の得意分野くらいはわかった方がいいだろう。果たしてそれに従うかどうか。好きな仕事と得意な仕事は違う。
ただ、もし獣人の領地で職業選択の自由がないのであれば、好きな仕事を一度やってみるのもいいだろう。
「ちなみに獣人の領地では職業は自分で決められるの?」
「ああ、一応少ない選択肢の中から選びますね。冒険者ギルドの受付や役所などの手続きの現場で働く女性は花形の職業になっています」
「大勢の人にも会うし、デスクワークも多いからか……」
ところ変われば価値観も変わるんだな。
「男の職業で人気なのは?」
「冒険者とか剣闘士は人気ですよ。あと狩人はかなり人気ですね」
やっぱり男女差はあるのか。
「ただ、辺境の町は冒険者が溢れちゃってるからなぁ。闘技会はずっとやっていくしかないんだろうな」
同胞の獣人たちからすれば、故郷には帰れなくなるし、仕事は取られるかもしれないし、大変だ。難民の態度次第では評判だって落ちかねない。
「商人ギルドはどうするつもりですか? 難民の仕事は」
「んー、今いる獣人は、ほとんど兼業というか荷運びの傍ら配達業もやっている人もいるので、配達の専業になってもらうのが一番助かるんですよね。手紙とかまとめて区画に分けてもらうのがいいんじゃないかと。それで空いた仕事をしてもらうのがいいとは思いますけど……。情報局はどうするんです?」
「使役スキルがあるなら、鳥小屋を作って小さい情報をやり取りするのはいいと思うんですけどね」
「召喚術ですか?」
俺が召喚術を特訓していることは商人ギルドで知れ渡っているらしい。
「いずれはそうなりますよね。だとしたら、スライムを使役してもらうのが一番手っ取り早いんですよね。で、ちょっとレベルを上げて召喚術を覚えると」
「アラクネ商会に紐づいている商店は、馬車を使わなくなっちゃいますよ」
商売という概念自体が変わってしまう。商品を頼んだ数秒後には届いているシステムを作れれば、前世の流通の概念も超えてしまう。
つくづく商品を溜めておける倉庫業をしていてよかった。
「さて、どんな獣人たちがくるかな」
期待して待っていたら、一番来てほしくない商人がやってきた。しかも馬車で三台も連れている。奴隷商も複数いて、また明日も他の奴隷商が来るらしい。
「うーわっ。奴隷商が来ちゃったよ。難民じゃないのか!?」
辺境の獣人が、奴隷商たちに食って掛かっていた。
「バカ言うな! 草食系の戦えない獣人なんかどこに行ってもお払い箱だろ!? それとも辺境だと特別な仕事でもあるっていうのかよ。スキルのない者は奴隷でいいんだ。どうか買ってくれないか?」
トラの獣人である奴隷商たちは、羊や鹿、兎の獣人たちに首輪をつけて引っ張りながら、広場に陣取った。
「誰がここで商売をしていいって言ったんだ!? 広場を使うなら役所を通してもらおうか?」
ミノタウロスの屋台の店主が、頭から湯気を立ち昇らせて凄んでいた。
町の者たちは皆、領主と意見が違う者たちが来たことで戸惑い、準備をしていた者たちは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「内戦が起こるわけだよ」
アラクネさんはぼそりを呟いた。
「必要なのは根本的な意識改革だろうね」
「アラクネ商会さん、ちょっとよろしいですか?」
俺たちは、商人ギルドのタナハシさんに呼ばれた。