177話「幻術の有効利用」
幻術はレベルが高ければ高いほど効くのか。
実際に効いている俺たちからすると、どうしてこの魔法が発展していないのかわけがわからないくらいだった。
「そんなに効果があるんですか?」
「感覚の能力を上げれば上げるほど、効くね」
「耐性が付くものではないのかい?」
元冒険者の魔女はレベルが上がれば自然と耐性は付くものだと思っているらしい。
「いや、幻術を何度も受けるような環境ってそれほどないですからね」
「スキルも発生しませんよ。それに幻術が来るとわかっていれば感覚の調整はできますが、逆に感覚を上げている時にやられたら、動けなくなると思います」
黒い煙で目を覆われると、魔力で感知するしかなくなる。
「これ、まだ視覚は瞼を閉じればいいけど、嗅覚や聴覚はヤバいだろ?」
「絶対に釣られるよな」
俺もロサリオもセシリアの幻術に興味が尽きない。
「それって、投げたり、置いたりできるの? 例えば罠みたいにも使える?」
「一応、リネントラップのような物はありますよ。投げることもできますが、当たったことはありません」
「効果は一定時間持続するってことかな?」
「そうですね……」
ロサリオはメモを取りながら、どんどん質問していた。
「結局、どうやって敵に攻撃させないかということを考えると、幻術はかなり有効なんじゃないかということです」
「なるほどな」
ロベルトさんやセイキさんも頷いている。
「冒険者にとっては魔物に使われても、それなりに攻撃が当たっていたんだ。だから、そこまで警戒はしてなかったんだけど」
「お互いが戦っている時は、もっといろんな感覚を総動員しているけれど、逃げる時はかなり有効だし、言われてみれば確かに幻術に嵌れば抜け出せないよな」
「俺もある程度耐性を付けておけばいいと思っていたんですけど、そもそも気づかない攻撃をされた時に、それが幻術だとしたら……」
「パーティー壊滅もあり得るね。上しか見ていないつもりだったんだけど、自分の目線でしかなかったってことだね」
「いや、幻惑魔術師とは何度か戦ったこともあるんだが、それほど強くなかった。そもそも極めようなどと思う者も少ないだろ?」
剣士の爺さんがセシリアに聞いていた。
「はい。普段は余興のようなものですし、機会があっても興奮した魔物を落ち着かせたりするだけですね。弱い魔物なら混乱させることもできると言っていた僧侶もいましたが、使いどころが限られていて年に何度も仕事をするようなことはなかったと思います」
それでも地元の教会では効果範囲を広げようと努力していたという。幻術の訓練はマッチを擦って炎の揺らめきを魔力でイメージしたり、水を霧に変えるような魔術から、コインを消す手品なんかから始めるらしい。
訓練内容を聞いて、俺とロサリオは『奈落の遺跡』を探索開始。今日は5階層から下へと向かう。その間に幻術の訓練をずっとやっていく。二人でいるとどちらもサボらないので、そのうちスキルも発生するはずだ。
その間に、セシリアには戦い方を覚えてもらう。人間と魔物の老人たちは、皆、何人もの弟子がいるので教え方はかなり上手い。少しでも戦い方を理解してくれると、こちらとしても助かる。
5階層から下の階層へ行く階段で、一度休憩。
「案外スキルは発生しないものだな」
「まぁ、レベルが上がっていないからな」
「ちょっと真面目に遺跡の魔物を狩っていかないと」
「呪具の指輪やネックレスも足りなくなっているらしい」
「ここで、リオを召喚できればいいんだけどな」
「竜の手も借りたい」
「大きすぎる」
俺たちは真っ暗闇の中、階段を下りていった。
魔力と音で周辺を探索。ここで金切り声や爆発音が聞こえてくれば、鼓膜が破れるかもしれない。臭いでも探索すれば、魔物の通り道がわかり、どこに潜んでいるかもわかった。
ゴースト系の魔物もいるらしく、音がずっと聞こえている。こちらにも反応しているので、なるべく移動をし続けた。
一旦、階段まで戻り、ロサリオと打ち合わせ。
「聖水は持ってきたか?」
「いや。でも聖水に漬け込んだナイフならある」
「それで、いいな。気づかれていなかったみたいだけど、『しのびあし』で近づいて、一体ずつ倒していくか」
「音と血が出なそうな魔物から行こうか」
「そうだな」
おそらく今回の探索で、俺たちの持っている実力の現在地がわかるはずだ。他の者がいると、いろいろと気を遣わないといけないが今は気心の知れたロサリオだけ。リオがいない分、戦力では劣るが、実力はわかりやすいだろう。
音もなく近づいてゴースト系の魔物を聖水に漬け込んだナイフで壁に貼り付ける。周辺に冷気が散らばり、消えていく。野生種にはそれほど怨念がこもっていない。
部屋の隅で寝ていた大きなイタチの魔物が顔を上げてこちらを見た。暗闇の中なので何も見えないはずだが、俺たちはこの瞬間を待っていた。
ロサリオの槍が大イタチの喉を一突き。叫び声も上げずに倒れ、血の匂いが一斉に広がっていく。
ロサリオの槍についた血を拭って、隣の部屋で警戒し始めたイボガエルたちを投げナイフで仕留めていく。氷の息を吐くカラスの魔物が「カァカァ」と警戒するように鳴いていた。
気づかれないまま全魔物を倒すのは無理なのか。そう思っていたら、ロサリオがカラスの魔物に魔石ランプを括り付けていた。
部屋が明るくなり、カラスの魔物が6階層を飛び回り始めた。自然と魔物の視線がカラスに向かうので、よそ見している野生種を倒していくだけ。
視線誘導があるだけで、魔物と戦うという選択肢から「仕留める」に変わる。強くなればなるほど、油断は一瞬でよくなる。あとはタイミングだ。
6階層の魔物をすべて倒し、松明に火を灯して探索。呪具が多いので助かる。まとめてリュックに詰め込んで、俺たちは『奈落の遺跡』から脱出した。
「幻術スキルは発生しなかったな」
「寝て起きたら発生しているかもよ」
「そうだといいんだけど……」
人手を呼んで、討伐した魔物を解体。魔石も素材もしっかり回収していく。特に幻覚効果のあるイボガエルの粘液が取れたので、収穫としては上々だ。鞣すイタチ皮も獲れた。
セシリアは報酬は受け取らずに、「魔物の肉が欲しい」というので持って行かせた。カエルの肉もハムの原木ほどあるので食べ応えはあるだろう。
老人たちは嬉しそうに解体して、美味しそうな部位を分けていた。
「スライムは召喚しなくてよかったのか?」
「ああ、忘れていた。次の階層で呼んでみよう」
アラクネ商会は自社の倉庫の中にダンジョンがある上に、探索も自分たちで行うので、採掘業者に似ている。ビットコインのマイニング企業のようでもある。
「もう少し、設備投資をした方がいいかもな」