174話「術理と宗派」
エルフの薬屋で、氷カメレオンの燻製を作っていた。間もなく冬なので、身体が温まるような効果があれば、そのまま売ってしまおうという計画だ。
「こんな杜撰な商品開発をしていていいのだろうか、とは思いますよ」
「いや、案外こういう知られていない魔物は、どんな効果があるかわからないからね。毒スライムも準備万端だろ?」
毒見役の毒スライムも暖かい調合部屋の中で、眠そうに薬を作る時に出る枯れ葉や実の殻を食べている。氷魔法を使っていたくらいだから、冷え耐性はあるだろうとエルフの店主は考えていた。
俺も鑑定スキルが発生しないかと期待して、薬屋の中をじっくり観察して、ノートに書き込んでいる。さながら薬草を学ぶ学生のようだ。
実際に乾燥したドクダミのようなものが、前世と同じような効果があることを知って驚いている。どこの世界でも、植物の効果と形は相関関係があるのだろうか。熊胆もあるくらいだから、自然由来の薬学は発達している。
「あんた、意外と薬について知ってるのかい?」
「いや、昔、そういう薬の会社を調べたことがあるだけです」
株取引をしていると、いろんな会社を調べる。特に、がんや肥満の薬を作っている会社なんかは唐突に治験の結果が出て、一気に株価が上がることがあるので、海外のも含めてよく調べていた。
その一環で製薬会社を調べ、そのうちに東洋医学的なアプローチをしている会社の株価が安定していることもわかり、どんなものを売っているのかホームページで一日中見ていたこともある。
金融取引では落ち着いて待つということも大事なので、調べ物は習慣となっていた。この世界でも調べられるようなものがあればなんとなくノートに書き込んでしまう。
「癖だね。それは」
「そうかもしれないです。実際のところ、知識はスキルになることがあるんですか?」
「いや、さすがにないんじゃないか。聞いたことがないよ。でも、薬の調合をやっていると自然とスキルは身に付くはずさ。なんだか不思議な感じがするね。レベルが高いのに、スキルを知らないってのは」
「スキルとレベルの知識は意外と魔王の方が研究していたようです。たぶん、コツを掴めればある程度はレベルも上がるんじゃないですかね。ただ、そのためには努力がいるというだけで。どんな業界でも同じなんじゃないですか」
コツを掴むのは一瞬。そのために努力がある。その過程が意外と大事だ。
「そうだろうよ。さて、ちょっと毒見をしてもらおうか」
エルフの店主は毒スライムに、氷カメレオンの燻製を食べさせていた。
パクッ。
毒スライムはブルっと震えたかと思うと、氷のように固まった。触ってみると、体温は冷たくなっている。
続いて、エルフの店主も尻尾を少しだけ齧っていた。味覚で効果を確かめるスキルを持っているらしく、渋い顔をしていた。
「いやぁ、これは体温を下げる効果があるようだね。干物にしてから砕いておこう。解熱の薬にした方がいい」
風邪が流行れば、こういう薬は必要になってくる。
「こうやって薬ができているのかと思うと面白いですね」
「民間療法も記録して、教会の研究所に送るとちゃんとした薬として認めてくれる。認可が下りれば、売るのも問題ないさ」
やっぱり許可取りは必要なのか。
「教会はいろんな研究をしているんですか?」
「いろんな派閥があるから、一概に全員が薬学や回復術に長けているとは限らないよ。ただ、術理の知識に関しては歴史が長い。呪術、魔術、幻惑術、奇術に槍術、術と付くものはだいたい網羅しているんじゃないかな。回復術はその基本みたいなもんだね」
「へぇ。術かぁ。スキルでも取れるけど、その発展型や成長した先を知っているってことですよね?」
使役スキルも小から中になったし、召喚術【極限】にまでなっている。
「そう。もし自分のスキルをもっと成長させたいなら、教会に行くといいよ。ゴルゴンおばばみたいな相談役が人間の国にもいるんだ」
「スキル研究か……」
魔物の国ではレベルを上げられたが、人間の国ではスキルを伸ばせたのか。
「ちなみにこの辺境の教会では、どんな術の研究をしているんです?」
「回復術だけだよ。それもマッサージみたいなものさ。人間の国は山が多いだろ?」
知らないけど、そうなのか。
「山を越えたら宗派も違う。研究している術も違うのさ。船のないところで操舵術なんて研究しないってこと」
「ああ、なるほど」
地域によって必要なスキルは違う。辺境はこれから宗派ができるかもしれない。
「もっと知りたければ、教会に行くといい。派閥の種類くらいは知っていると思うから」
「わかりました」
「毒スライムはもう少し借りていていいかい?」
「もちろんです。では」
実験用に毒スライムを薬屋に残し、俺は教会へと向かった。
秋も深まり街路樹は色づいていた。人間と魔物が住む辺境では、人間も魔物も同じものを食べている。生活用品もほとんど同じだ。ただ、衣類は魔物の方が薄着のような気がする。
「毛深いから寒さを感じないのかな?」
「そんな事ねぇさ。魔物だって寒い」
広場で串焼きを売っている屋台のミノタウロスが言った。
「動いていれば、人間だってそれほど寒くないだろ? 見ろ。暇な魔物はマフラーまで巻いている。向こうで肉野菜炒めを作ってる人間の姐さんは半そでだ」
「本当だ」
「でも、言われてみると確かに魔物の方が衣類のバリエーションは少ないかもな。魔物はだいたい皆、革のコートや毛皮製品を着ているが、人間は毛糸の服を着て、帽子まで毛糸の子どももいる。雨でもないのにフード付きの服を着ている人間もいるもんな」
人間の方がお洒落なのかもしれない。俺は革ジャンに近いものを着ている。辺境の町で売っていたのを買っただけ。ズボンに至っては、前の世界からずっと同じものだ。破れたら縫って使っている。
「冬着を買わないとな」
そう言いながら、串焼きを食べて教会へ。
「こんにちは」
「え? ああ、こんにちは。情報局なら二階ですよ」
女性の僧侶は俺が話しかけてくるとも思っていなかったようだ。確かに教会に対してはあまりよく思っていないが、僧侶たちも俺たちを避けているのだろうか。
「いえ。実は宗派について知りたくて……」
よく見れば、僧侶たちは革製品を着ていない。僧侶服は厚手の麻製だろうか。
「宗派ですか? 別に構いませんけど、辺境ではいろんな宗派から僧侶たちが来ているのですが、皆それほど詳しいわけではありませんよ」
「そうなんですか?」
「な、なんというか。自分で言うのもなんですが、それぞれの宗派の落ちこぼれが来ているという感じでして。あ、回復術だけは共通ですけどね。呪術なんかは吸血鬼の方々の足元にも及ばないと思います」
「変なことを聞きますけど、僧侶の方々が革製品を着ないのは理由があるんですか?」
「ああ、それはもちろん革の物を使うということは、動物を殺さないといけませんからね。無暗な殺生はしないのが僧侶です」
「そういう教えがあるということですか?」
「いえ、特別決まりというわけではないんですけど、回復させるのが仕事であって、殺すのは別の人の仕事だと思っているだけだと思います。冒険者になれば、普通に野生の魔物を殺すことはありますし」
「ああ、そうですよね」
僧侶も冒険者にはなるんだった。
「北部にいる獣人の教会では、狩りもするので僧侶が作った革のコートもあったはずです」
「ああ、そうなんですね。獣人の僧侶もいるんですよね?」
「私も獣人ですよ。耳が垂れているだけで、兎の獣人です」
僧侶は耳を見せてくれた。
「私は中央から来たんですけどね。宗派を知りたいということは、何か術のスキルを伸ばしたいってことですかね?」
「ええ。どんな術があるのかもよくわかってないので、隠さないといけないわけじゃないなら教えてもらえますか?」
「わかりました。一応、聞いておきますが、えーっと、コタローさんはレベルは高いんですよね?」
「まぁ、それなりだとは思います。レベル上げツアーをしたり、『奈落の遺跡』に入れるくらいです。スキルに関しては、あまり知識がないので。召喚術はかなり上げたんですけど、それ以外はさっぱりなんですよね。あ、それもまだ使い方をよくわかっていないくらいで」
そう言いながら、俺は教会の奥へと連れていかれた。