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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境
172/226

172話「毛皮商人の取引範囲は広い」


『奈落の遺跡』を5階層まで探索し、遺跡に冬の勢力が来ていることがわかった。


「訪れているというよりも侵略に近いですよ」

「呪物はないけど、魔物は多いな。これ、毛皮に困らないんじゃないか」

 熊蝙蝠や青熊は単純に毛皮を剥いで売れそうだ。早速、毛皮の職人たちがやってきて、泥人形やスライムたちの手を借りながら鞣していく。


「北方でもここまで上質な毛皮は獲れないよ。いやぁ、元冒険者の言うことは信じてみるもんだなぁ」

 そう言ってくれたのは元冒険者の老人たちが、辺境に呼んだ職人たちの一人だ。随分、楽しそうな手紙を書いてきたから、試しに辺境まで足を運んだら、掘り出し物が出てきたと思っているらしい。


「丈夫で寒さにも強いし、それほど加工しなくても売れるんじゃない?」

 ランプを売りに来たゴーレム族の泥人形たちは、皮なめし職人と交流しながら技術を覚えていた。


「魔物だとライカンスロープやウェアウルフの方が毛皮の扱いには慣れているの?」

「いや、そんなこともないわ。ただ、ウェアウルフみたいな獣系の魔物は鉄製品を好むというか、自分たちの文化になかった物を使いたがる傾向にあるわね」

 アラクネさんが教えてくれた。

「だからゴーレム族が毛皮を扱いたがるのかな?」

「いろんな文化が交流して、今までなんとなく制限がかけられてきた物を取り入れたいんじゃないかしら。ゴーレム族が毛皮や薬草の取り扱いなんてしても意味がないと思われていた時代が長かったのよ」

 新しい文化に触れたいと思うのは人間も魔物も同じか。


「ここは倉庫だ。種族の差別はなく、仕事をしてくれる人たちを雇おう」

 皮なめしの作業をしていた泥人形たちにも報酬を払い、商人ギルドへと向かう。冬の間はもう毛皮は売れないだろう。魔物の国で売ってもいいが、足元を見られる。結局倉庫に貯蔵しておくことになるが、商人ギルドになら売れるかもしれない。何より適正価格が知りたかった。


 商人ギルドの受付で、珍しい毛皮を手に入れたこととどれくらいの価格になるのか買取査定をお願いした。


「どこで手に入れたものですか?」

「奈落の遺跡です。青い熊の魔物と蝙蝠のように天井にぶら下がる熊の魔物の毛皮の二種類あります」

「それは確かに珍しい」

「今は職人たちを呼んで鞣してもらっているところなんですけど……」

「なるほど時間はかかりそうですか?」

「どれも大きいので時間はかかると思います」


 大きい物だと半年ほどかかると聞いた。


「わかりました。少々お待ちください」

 受付が奥に行くと、骨格がしっかりした中年の商人を連れてきた。毛糸のセーターを着ていて、黒い毛皮のコートを持っている。茶色のエプロンは、年季が入っていた。


「熊の毛皮と聞いたんですが……」

「まだ鞣し始めたばかりなんですけど、査定はできますか?」

「もちろんできますよ。物はありますか?」

「倉庫にあるんですけど、ちょっと多いので来てもらえますか」

「行きますよ」

 毛皮商人はすぐに動けるタイプの男だった。仕事ができる人ほど、フットワークは軽い。


 倉庫の外で毛皮を鞣している現場まで行くと、毛皮商人は職人を見て驚いていた。


「おやっさん」

 職人の爺さんは知り合いだったらしい。毛皮を扱う界隈は案外狭いのかもしれない。

「おっ、ゴトー、お前がこの毛皮を買い取るのか。色を付けろとは言わねぇよ。ただ、しっかり査定してくれ。強い奴が狩った魔物ってものがよくわかる。ほとんど傷らしい傷はないだろ。頭に一撃入れて倒してるから、こんなにきれいなんだ」

 饒舌に語る爺さんと、その話をよく聞いている毛皮商人はじっくり熊の毛皮を見ていた。


「おやっさん、引退したんじゃないですか?」

「これ見せられて、魔物たちが手伝ってくれるって言うから仕事しなきゃどうしようもないだろ。しかもこの魔物たち筋がいいんだ。力の使い方が繊細なんだな。しかも手が荒れないときてる。向いてるよ」

 言われた泥人形たちは手を上げて返事をしていた。まだ声帯の器具を付けていないのか、照れているだけか。


「掘り出し物だ。先に買っておいた方がいいぞ。今、表に出ている3倍は倉庫にまだあるから」

「ええっ!? そんな……」


 倉庫の中を見せると毛皮商人はすべて買い取りたいとのことだった。


「ただ、季節払いでいいですか?」

「春夏秋冬の四回払いってことですか?」

「そうです。職人さんは変えないように。あと、おそらく来年の夏頃にできると思うので、秋口に商品を取りに来ます。それまでは倉庫に預けておいていいですか?」

「構いませんよ。週単位でも預かっているので。ちなみに、あの熊の魔物たちはよく毛皮になる魔物なんですかね?」

「いえ、かなり珍しいと思いますよ。そもそも青熊は西の森にしかいないと思いますし、蝙蝠熊は獣人の教会で毛皮を見たことがあるだけで、こんなにあると値崩れを起こすと思います。それで流通してくれればいいんですけどね」

 予想以上に、かなり高額で取引されているらしい。


「じゃあ、蝙蝠熊は北方から送られてきたと考えていいですか?」

「送られてきたというのは? 倉庫に送られてきたんですか?」

「いや、『奈落の遺跡』が奥にありまして、そこに召喚術の罠が張られていたんです」

「召喚術!? 獣人がぁ!?」

 毛皮商人もかなり驚いている。


「倉庫に侵入されて、召喚術の罠を仕掛けられたんですか?」

「いや、常時スライムや従業員がいるので、それは考えられません。ただ、『奈落の遺跡』はいろんな場所に入口があって、地下で繋がっているのかもしれないとは思っています。今回のは魔物に憑りつきながら、移動していく者がいたみたいですから」

「そんな者がいるんですか……? いやぁ、教会も冒険者も当てになりませんね」

「人間の国では召喚術はよく見る魔術なんですか?」

「どうでしょうね。もちろん、私たちみたいな商人は使えませんよ。ただ、回復魔法や攻撃魔法とかと同じように長い修行は必要だと聞いたことはあります」

「召喚術を専門に扱うような召喚術師はそれほどいないと聞いたんですけど」

「確かに少ないと思います。使役スキルも取らないと意味がないですからね。何か気になるんですか?」

 商人でも気づかないのか。


「いや、物を運ぶときに召喚すれば、一瞬ですよ」

「あっ……!」

「俺にはどうして商人の間で召喚術が流行っていないのかまるでわからなくて……」

「確かに、考えたこともなかったな」

「今は、その辺を掃除しているスライムたちを召喚できるようにハンコを作って実験するところなんです。もし、スライム輸送サービスが始まったら、使ってみてください。液体以外ならできると思うんですけどね」

「なるほど、こういうことだったのか……。わかりました」


 どうやら毛皮商人のゴトーは、俺の話を商人ギルドから聞いていたらしい。

 とりあえずツボッカに契約書を作ってもらい、頭金だけ貰って熊たちの毛皮を商人ギルドに売った。ゴトーを見送ってから、召喚術の実験の準備に取り掛かる。


「始めるんですか?」

 スライムたちのポータルであるペン軸を見ていた俺にツボッカが聞いてきた。


「うん。とりあえず、5階層まで届くかどうかやってみないとスキルも発生しないだろ?」

「私も行くからね」

「記録を頼みます。ロサリオ!」

「おう。こっちはスライムの様子を見ておく。水だけ用意しておくよ」


 俺はスライムたちを撫でてから、アラクネさんと一緒に『奈落の遺跡』へと向かった。


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