171話「様変わりした奈落の遺跡」
遺跡の中はひんやりと冷たい風が吹き抜け、前に一階層で群れていたトゲトゲ狼たちはなりを潜めていた。
「冬景色と言ったところか」
ロサリオが通路の先にある部屋を見て呟いた。
植物は枯れ、土は盛り上がり霜柱ができていた。壁は氷で白く染まっていて、白い魔物が擬態していた。
「見えるか?」
イザヤクに聞いてみた。
「何がです?」
「魔力探知を使ってくれ」
「ああ、すみません。あ……!」
「こんなに……!」
隣で聞いていたマーラも驚いていた。
「奈落の遺跡は感覚器官を全部使っていいからな。できれば二日くらいは潜っていられるように」
「わかりました。なるほど、これはスキルが必要なわけだ」
「討伐ですか? 捕獲します?」
マーラに聞かれて、迷わずアラクネの糸玉を壁に張り付いた魔物に投げた。
パンッ。
グエッ!
魔物はもがいていたが、糸が解けないとわかると、ボフッと氷魔法で糸を凍らせていた。
「氷魔法を使うカメレオンか」
ロサリオが麻痺毒の付いた針をカメレオンの魔物に突き刺して捕獲した。中型犬ほどの大きさだが、壁に張り付くと広がってもっと大きく見える。
「アラクネさん、この魔物、何かに使えるかな?」
「ん~、爬虫類系の魔物なのに、氷耐性を持っているってことでしょ?」
「解剖する?」
「うん」
俺とアラクネさんはその場で解剖。やはり皮膚がミルフィーユのような構造になっていて、寒さに強いようだ。
「この隙間に空気の層を作って、体温で温めてるんじゃないかしら」
魔物の学校で神童と呼ばれた才女は、やはり的確に物を見ることができるのだろう。
「皮と魔石を取っていくってことでいいかな」
「いいと思うわ。討伐で行こう」
「「「了解」」」
部屋にいた氷のカメレオンはすべて討伐して、革袋に詰めた。落とし穴を掘り、余った死体は埋めておく。魔物に掘り返されることを予測して、ロサリオは麻痺薬をかけていた。
「そこまでしますか?」
心根の優しいマーラは、まだ『奈落の遺跡』になれていないらしい。
「掘り返されて味をしめた魔物が次に狙うのはどこだと思う?」
「あ……、倉庫?」
「シビアにいかないと倉庫の安全は保てないんだよ」
「わかりました。私が浅慮でした」
「徹底して地上には上がれないことを伝えた方がいいんですか?」
イザヤクがさらに通路の先を見て言った。
「ああ。何かいるな。イザヤク、行ってみるか?」
「いいですか? 熊みたいに大きな蝙蝠ですね」
「気づかれないうちに首と胴を切り離してくれ。あれは間違いなく討伐だ」
「承知」
イザヤクは足音もさせずに壁を走った。通路の先の部屋に辿り着く頃には天井を駆け抜けている。
ポタッ。
斬撃の音は全くしなかった。
ただ血が一滴、白い地面に垂れただけ。
「今、人間とは思えない動きをしたけど……?」
アラクネさんが後ろから見ていて呟いた。
「うん。レベル上げツアーの成果が出てる」
部屋の反対側に降り立ったイザヤクが振り返った。
「終了です!」
イザヤクが軽く壁を叩くと、バラバラと熊蝙蝠の死体が落ちてきた。
壁が一瞬、光ったように見えた。
「イザヤク!」
マーラが部屋を二分するような壁を魔力で作りだし、壁からイザヤクの襟首を持って引き離した。イザヤクは吹っ飛びながらも宙返りをして、着地。壁から、熊が飛び出してきた。
召喚術の罠だろう。前はなかった。
「腹は青く、毛は白い。牙と爪が武器のようだけど……」
アラクネさんが驚きつつも召喚された魔物を分析し始めた。
魔物はマーラの出した壁を爪で引き裂こうとしていたが、まるで効果はない。
マーラが指と声で、タイミングを教えてくれる。
「さん、にぃ、いち……」
壁が消えたと同時に、ロサリオの槍が魔物を襲い、俺の投げたナイフが魔物の鼻と目に突き刺さる。
ズンッ。
召喚された青熊は、召喚罠のあった壁に張り付けにされた。ロサリオの槍は腹を通って背中から突き抜けていた。召喚罠ごと潰したようだ。
「おかしいな。誰かが罠を設置しているってことだ。一階層まで来て、地上に来ないってことはあるか?」
「あるんじゃないか」
「ツボッカとターウが見逃すってことは考えられないわ」
「じゃあ、やっぱりこの『奈落の遺跡』には管理人がいる。しかもある程度、俺たちの力量を測ってるんじゃないかな」
「それってつまりこのダンジョンは活動しているってことよね?」
「そういうこと。奈落の底まで続いてそうだね」
「とりあえず、討伐した魔物は地上に上げよう。荷物が重くなっちまう」
ロサリオの言う通り、俺たちは熊のように大きな魔物の死体が並んでいるのを見て、運び出すことを決めた。
持てるだけ死体を持って地上へと運び、驚いているツボッカとターウに解体できる者を呼ぶように言ってから、俺たちはさらに探索を開始。一階層を回ったが、冬に関する魔物だらけだった。
氷カメレオンに、熊蝙蝠、青熊、氷のように冷たいエレメント系の魔物などの他に、骸骨やドラウグル、それから冬毛になったトゲトゲ狼もいる。毛が打撃を吸収してしまうので、なるべく生身が出ている箇所を攻撃しないと、斬撃も効かない。
「しかも群れになると厄介ですね」
イザヤクがぼやいていた。
「見切りを覚えていてよかっただろ?」
「はい」
「前方、通路の先に光るドラウグルがいます!」
マーラの報告に全員が前方に注目し、気配を殺した。
ゆっくりと近づいていくと、光るドラウグルが壁に魔法陣を描いているのが見えた。おそらくあのドラウグルが召喚罠を設置した犯人だろう。
パンッ。
アラクネの糸玉が、ドラウグルの四肢を覆いミイラの包帯ように巻き付いた。
「ちょっと尋ねたいことがあるんだけど……」
光るドラウグルに声をかけた。
ドラウグルはこちらを振り向き、人数を確認したかと思ったら、天井を見上げた。
光が天井へと伸び、ドラウグルが動きを止めた。今度は天井の熊蝙蝠が光り始めた。
「転身の術か」
イザヤクが腹を切り裂くと腹から光が飛び出して、小さな氷カメレオンに張り付いた。
「いけませんね。悪手です」
マーラが手をかざすと、氷カメレオンが結界の中に閉じ込められていた。
「なかなか面白い術を使うな……」
氷カメレオンから、かすれたような声が聞こえてきた。
「それはこちらのセリフだ。遠隔操作ができる従属魔法だろ」
「ほう……。知っているのか」
「群島で見たのと似ている。ダンジョンマスターか?」
「いかにも、と言いたいところだが、残念ながら雇われの身さ」
「悪魔に雇われたのか?」
そう聞いたら、笑っていた。
「悪魔が誰かを雇うことはない。必要がないからな。久しぶりに面白そうな奴らが奈落を目指すんだな。また、いつか会おう。そのうち会えるさ」
そういうと、氷カメレオンから光が消え、そのまま凍ってしまった。
「どういうこと?」
「少なくとも悪魔や巨人の他に、違う勢力もいるってことじゃないか」
『奈落の遺跡』は場所や階層ごとに取り仕切っている奴らがいるのかもしれない。