170話「倉庫会議と探索開始」
アラクネ商会の倉庫は初めたてということもあり、売上が増えていた。
「30パーセントも伸びたのか?」
「人間の教会を倒したというのが、辺境の町から魔物の国へ広がっていまして……」
ツボッカは収支表を見せながら答えた。
倉庫の奥で会議をしているところだ。アラクネさんもいるがほとんど口を出さず、ロサリオが作ったツアーの報告書を目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど大きく開けて読み込んでいる。
「企業としては優秀過ぎる伸びだな」
「浄化呪具のレンタルが一時期一気に伸びましたね。あと、意外と人間の行商人からも保管してほしいという品物がありました」
「どういう品物なんだ?」
「教会に預けていたけれど、信用できなくなったとか言ってましたけど、辺境の町を観光しに来ただけかもしれません」
「どちらでもこちらとしては利があるな。温泉も勧めておいてくれ」
「わっかりました。そんで、各建築関係の出費なんですけど、頼んでいるブラウニーたちが道具のメンテナンスをしたいということでドワーフの鍛冶屋を紹介してほしいと言ってきています」
「紹介状を今書いておくよ。他はあるか?」
「マッドアームたちと連絡が取れたんですけど、倉庫を仮住まいにしてもいいですよね?」
「おぅ、大丈夫だよ。むしろいいのか?」
「どこでもいいんですけど、湿地帯があると喜ぶ種族です」
「温泉の水じゃダメかな?」
「ベストだと思います」
「スライムたちに作ってもらうかな」
「了解っす。スライムたちのハンコはあれでいいんですか?」
昨夜、俺は木材に彫刻刀でスライム8頭それぞれの名前を彫っていた。そんなに細かくはできないが、前の世界の漢字で「青」「赤」「桃」などと色の名前にしていった。違いが分かればいい。
「これはどういう意味があるんですか?」
「色の名前だ。前の世界の文字だから、誰とも間違わないだろ?」
「確かに……。先輩2頭についていって、今は倉庫の中を掃除してくれてますよ」
「あいつら速いけど、そんなに急がせないでいいから、しっかりやることの方が大事だって教えてやってくれ」
「わかりました。結構、やることがあって楽しそうです。温泉のお湯も気に入っているみたいですし」
「それならよかった。ミミック島から連れてきたスライムたちはまだ個性が足りないから、いろいろとやらせてあげて欲しい」
「光るし、ケンタウロスと同じくらいの速度で高速移動はできるし、他のスライムからすれば脅威なんですけどね」
「出来ることと好きなことは違うさ。好きなことを伸ばしてやってほしい。そんなに難しい仕事は今のところないだろ?」
「はい。スライムたちが自我を持ち始めたら、給料を払うんですか?」
「ああ、そこまで考えてなかったけど、ちゃんと仕事に見合った報酬は払うよ。運用は必要経費だ。足りなければ、また稼ぐさ」
「いや、たぶん十分だと思いますけどね」
ツボッカに言わせると、ツアーで稼いできた金額で3年くらいは何もしなくてもやっていけると言っていた。
「まぁ、会社は続けるのが難しいから。儲かるアイディアよりも、運営する上での問題解決と客の使いやすさが重要だ。でも、続けるとなると従業員たちが会社を信頼してくれることが重要になってくる。だろ? 働きたくない現場だと結局仕事として成立しなくなる」
「いや、そうですけど……。そんなこと言っていいんですか?」
「いい。いずれツボッカは別の商売を考え付くと思うんだよ。今回のツアーで出会った物質系の魔物たちはアイディアを持ってる魔物が多かったんだ。植物系の魔物は感情的だったし、獣系のように動けないからなのか思考はアクティブなんじゃないかって思ってる。もし商売を思いついたら、どんどん出して、倉庫にいる間に試していいからな。予算が欲しければ、言ってくれよ」
「わかりました。でも、そんなにすぐ思いつかないですよ」
「うそぉ。辺境って年末に税金を取られたりしないのか?」
「まだよ。辺境の町自体できたばかりだから、いくら稼いでも人間の国からも魔物の国からも税は取られない。だから本当にチャンスなの」
アラクネさんが教えてくれた。
「でも、例えば銀行業とかは免許がいるんじゃないの?」
「いえ、職種に貴賤もないはず……」
「じゃあ、Baasやるか」
「なにそれ?」
「バンキングアズアサービス。でも、そもそもクラウド自体を作らないといけないのか……。ブロックチェーン的なことはできるのかな。ちなみに保険業ってある?」
「保険?」
「冒険者やレギュラーが死んだときに、家族に資金援助をするようなシステム」
「いや……。よほど有名なレギュラーじゃないとないと思うわ」
「なるほど、いろいろ作らないとな。とりあえず、もし税金を取られるようになった時は教えて。減価償却ってやり方があるから」
「なんですか?」
「借金に税金はかからないっていう裏技。租税回避の方法はいくらでもあるからどんどんやっていこうな」
何もないところから職種自体を生み出せるのか。楽しくなってきた。
「笑ってますけど、まったく理解はしてませんからね」
「わかってるよ。イザヤクとマーラが来たから、会議は終了。ロサリオ、準備するぞ」
「もう『奈落の遺跡』に行くのか?」
「うん。環境調査だ」
「わかった。戦闘よりも調査だな」
「アラクネさんも来る?」
「もちろん行くわ。準備もしてある」
「浄化呪具は持って行きますか?」
ツボッカが遺跡探索セットとして、小さな鞄に入った回復薬やナイフなどを出してくれた。冒険者ギルドや酒場よりもサポートは手厚い。
「いや、調査だけだから必要ない」
「お疲れ様です!」
「身体が鈍らないうちに師匠たちが行って来いって言うので来ました」
イザヤクもマーラも荷物は少ないが、ツアーと同じような武器を持ってきているようだ。
「今日は簡単な環境調査だからな。無理しないように」
「採取できるものは採取していくんだろ?」
「もちろんだ」
「空瓶と革袋を持って行こう」
「ツボッカ、スライムたちのハンコを預かって上げてくれ。連れていくつもりはないんだけど、ポータルのペン軸は持って行く。召喚術の実験ができるようなら試してみるから」
「わかりました」
召喚のためのポータルはなんでもいいと本には書いてあった。スライムたちのポータルは持ち運びに便利なペンの軸だ。ちゃんと起動することは昨夜、試してある。あとは本当に召喚術を使えるのかどうかだ。
アラクネの糸玉は多めに鞄に詰め、マスクと手袋をして準備完了。アラクネさんは俺たちが慣れた様子で準備して、それほど緊張していないので驚いていた。
「ツアー中はずっとこんな感じだったので、それほど……」
「あと、コタローさんとロサリオさんがいれば、ある程度どうにかなるのを知っているので」
イザヤクもマーラも俺たちを信頼しているようだ。
「結構寒いみたいだから、防寒対策だけしておいてくれ」
「「了解です」」
イザヤクとマーラは首にマフラーを巻いていた。アラクネさんはホットドリンクを飲んで身体を温めている。身体の作りが違うので、人も魔物もそれぞれだ。
「よし、行こう」
鉄格子の扉を開けて、冷気が漂う『奈落の遺跡』へと向かう。久しぶりだからと言って、緊張もしていないし焦りもなかった。
階段の側に、数体の魔物が空中を漂っていた。白い冷気の中に蠢くゴースト系の魔物だ。聖水を振りかけた投げナイフで一撃。
スコンッ。
壁に張り付けてみたが、そのまま消えてしまった。冷気の正体がこれだと楽なんだけど。
「今のは何だったんです?」
杖を構えていたマーラが聞いてきた。
「わからん」
「俺たちもほとんどわからないから。自分で判断して言ってくれ」
「なるほど」
「了解です」
俺たちは改めて階段を下りて『奈落の遺跡』へと入った。