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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家
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17話「薬屋の頼み事」


 翌日は、倉庫の虫退治のためエルフの薬屋に来ていた。


「防虫剤なんて、あったかねぇ? ああ、あった、あった!」

 エルフの婆さんは、古い防虫剤を奥の部屋から探し出してきてくれた。


「まったく薬だらけでどうにもならんよ」


 防虫剤を銅貨3枚で買い取り、薬の置き場所として廃坑道の倉庫を使わないか営業をかけておく。


「倉庫っていったって、中は魔物の巣窟だろう?」

「一応、区切ってはいますけどね」

「整理するときに頼むくらいかねぇ」

「そうですか」


 本来は、なかなか客はいないものだと気づかされる。


「そういや、また魔物の商売を手伝ったって?」

「ゴーレムたちの魔石ランプですよ。アラクネさんが商人ギルドで交渉したんです」

「でも、やっぱり魔物が作ったものだからって足元を見られましたけどね」


 アラクネさんは、難しそうな顔をしていた。


「じゃあ、やっぱり魔物が作ったものを買えるのかい?」

「買えますよ。広場にもたくさん売ってるじゃないですか」

「食べ物はそりゃ売れるさ。いや、薬や毒は買えないかな? 長年、ガマの油や幻覚剤を卸したいと思ってたんだがね」


 エルフの薬屋にも売りたいものがあるらしい。


「そりゃあ、フロッグマンの生息地に行けばいくらでも手に入ると思いますけど……、なんでまた?」

「エルフってのは、長寿な種族さ。人生いい時もあれば悪い時もある。悪い時になったら、落ち込んで犯罪まがいの薬で気を紛らわせる奴まで出てくるんだ。ただ、ガマの油や幻覚剤なら、自然由来のものだし適量なら効果があるという実験をしている学者たちがいてね。どうにか手に入るなら、お金は出すよ」

「え~、本当ですか!?」

「本当も本当さ。なんだったら依頼として先払いしてもいいよ」

 即決で、先払いしてもらった。


 銀貨15枚分のガマの幻覚剤を買ってくれくればいいらしい。

「そんじゃ、頼んだよ」

「了解しました。いってきます!」


 俺とアラクネさんは防虫剤と殺虫剤を買って、外に出た。


「ちょっと待って、そしたらお金よりも珍味と交換した方がいいわ。フロッグマンにお金はあんまり喜ばれないから」

 アラクネさんは魔物の事情に詳しいので、委ねてしまう。


 広場に行き、魔物たちが売っている珍味と呼ばれるイナゴのつくだ煮や干しマムシ、サンショウウオの干物を買い込み、一旦家に帰る。


「フロッグマンがいる沼地は山を迂回していくとすぐにわかるよ。一応地図もあるから見ておいて」


 アラクネさんに言われて地図で確認すると、本当に辺境の町からそれほど離れていない。半日の距離なのだそうだ。

 背負子や鉈、水が入らない長靴など旅の準備をして、廃坑道へ向かう。


「この防虫剤は、火を点けると煙が出るタイプだから出て木の板で塞いでおこう」

「わかった。よく使い方わかるね」

「これは前の世界でも見たことのあるやつだから」

 防虫剤に点火して外に出た。


「煙が充満しているうちに、フロッグマンの沼へ行こう。どうせ時間はかかるから」

「そうね」


 町から山への道は、普段ほとんど人通りはないが、魔物や冒険者の姿がちらほら見える。皆、山の温泉に向かっているらしく軽装だ。


「エキドナさんが儲かってるといいけど……」

「いってる傍から、リザードマンが来たわ」


 リザードマンは急いでいるらしく、走っていた。


「おう! タオルって持ってないか。どうした? 旅か? こっちは忙しくて敵わねぇよ」

 いっぺんに頭に浮かんだ疑問と自分の状況を説明してきた。


「温泉を手伝ってるのかい?」

「そうさ。冒険者ギルドに張り紙出したら、一気に冒険者たちがやってきたエキドナがあわくっちまってるんだ。まぁ、今は俺たち暇だからいいけどよ。で、どこ行くんだい?」

「フロッグマンのところに買い付けさ」

「そうなんだ。お互い頑張ろうや!」

 リザードマンは駆け出していった。仲間思いで仕事に熱心だ。


「爬虫類系の魔物は、冷たいイメージがあるけど、一度仲良くなると親身なんだよ」

「そうみたいだね」


 走るリザードマンを見送り、俺たちは山を迂回する道へと歩き出した。山の裾野とはいえ魔物の領地。歩いていれば、猪や鹿の他、黒い狼なんかも出てくる。


 猪と何度も対峙していると、爪と牙さえ躱せばどうにか致命傷だけは避けられることや、マントは使い方次第で魔物を絡めとる武器にもなることがわかっていた。


 つまり頭部にマントをかけさえすれば、向こうは一度マントを振り払う動作が必要になってくる。爪も牙もマントに引っかかれば、武器の威力は半減するどころか、ほとんど効かない。あとは腕力勝負になる。


 マントの先にちょっとした錘を付けて、ビョウと振り回すとブラックハウンドと呼ばれる狼の魔物の頭部に当たり昏倒。そのまま鉈で頸動脈を狙ってとどめを刺した。


「コタロー、ちゃんと魔物を倒せるようになってるね」

「いや、まともに戦えはしないよ。武器を用意しておいてよかった。備えあれば患いなしだね」


 アラクネさんは普通に斧で頭をかちわって、ブラックハウンドを崖から捨てていた。膂力というよりも戦い慣れているのだろう。来る攻撃がわかっていれば、そこに斧を置いておけばいいと言っていたが、それが出来るようになるにはどれだけ鍛錬すればいいのか。


 改めて彼女の戦闘力を尊敬した。


「お金を稼ぐということだけで、どこまでも想像力が働くコタローの方がすごいよ。しかも、今どうすればいいのかわかっていて行動できるなんて人間でも稀でしょう」

「そうかな。でも、基本的には生活を考えているだけだよ。自分のも含めてだけど、アラクネ商会のさ。どうやったら回っていくのかとかね」

「魔物で商売を始めても潰れていくのがほとんどよ。種族や実家が元々商売をしていたとか、職人だったとかじゃないと、そもそも会社なんて作らないし。私だって細々冒険者として生きていくんだとばっかり思ってたから。できたら人間と暮らしてみたいなくらいで……」

「じゃあ、アラクネさんの願望は叶ってるんだ」

「叶ってる。でも、コタローと出会って、変わっちゃったよ。だいたい、種族の集落から離れて暮らすって魔物自体少ないからね」

「へぇ、じゃあ家業を継ぐ魔物がほとんどなんだ」

「そうだよ。他の選択肢があるなんてあんまり考えたこともなかった」

「だったら、元軍人の家系とかは大変なんじゃない?」

「それは……、どうなんだろう。金貸しや山を貸したりして稼いでいるし、元々種族の商売が強かったりするんだよ。で、若い人たちは傭兵とか警備とかで稼いでいるんじゃないかな」

「じゃあ、アラクネさんが倉庫業をやるってかなり特殊なんだね」

「そうだよ! 私からすれば、助かるかどうかわからない泉に飛び込んだような……。あ、見えてきた。あの沼ね」


 話しているうちに、沼が見えてきた。本当にそれほど遠くないところに沼があり、畔にフロッグマンの集落があるという。

 日の光が差し込んで、沼が輝いて見えることから、黄金沼などと呼ばれることもあるらしい。水が澄んでいて川辺に住む魔物たちも大勢集まってくるのだとか。



「きれいなところだね」

「でも、沼だからね。先まで行くと道がぬかるんでいるところがあるから靴を履き替えておこう」


 ちょっと休憩して、水筒からお茶を飲んだ。水出しのお茶だが、結構おいしい。ティーバッグにはアラクネさんの糸で編んだ布を使用している。


「水じゃないの?」

「お茶だよ」

「何でも知ってるのね」


 アラクネさんはお湯を沸かさないとお茶は飲めないと思っていたらしい。


「これをたくさん作って売れば商品になるでしょ」

「いったいいくつ商売をするつもり?」

「これは商売にはならないと思うよ。材料費と従業員の雇用を考えると全然採算は取れない。工房を作っていろんなお茶のティーバッグを作るなら別だけど。魔物の間でお茶がブームになったりしない限りはたぶん無理だ」


 流通がどれくらい発達しているかにもよるとは言わなかった。この世界の流通はトラックじゃなくて荷馬車だし、行商人がまだいるくらいだ。魔法陣でポータルを作って商品を飛ばせるようになると話は随分変わってくるんだけど、そこまで発達はしてないんだろう。

 ダンジョンとかないのかなぁ。


「どうしてそんなことわかるの?」

「前の世界でいろんな会社を調べていたからかな」


 投資家というのは、上場している会社を調べるのが仕事のようなものだ。

 時代の需要を読んで、供給する会社を見て、過去の売り上げや利益率を調べるのは当たり前のことだった。

 今の辺境の町は、労働力が余っている。魔物の作った商品が人の国でも売れ始めれば、また状況は変わっていくだろう。半年後にどうなっているかわからない。


 おそらく魔物と人を繋ぐ会社が台風の目になる。つまり「アラクネ商会」だって可能性が出てくる。わかりやすいほど時代の転換点にいれば、自ずと役割はわかってくるものだ。


「ここから水生の魔物の領域だよ」


 魚の臭いに、薬のにおいが混じり、独特の香りが漂ってきた。



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