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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境
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168話「本業の優秀な従業員たち」

 知らぬ間に旅で疲れていたのか、昨夜はアラクネさんを労っていたら眠っていた。窓から朝日が差し込んでくる。

 

 洗い立ての洗濯物の匂いが外から香ってくる。それほど寒くないのは家自体の断熱効果が高いのだろうか。魔物の技術はしっかりしている。


「落ち着くな」

 ベッドから起き上がって、伸びをする。まだテーブルは昨夜の食器類が片付いていないが、他の棚や窓辺は片付いていた。

 外ではアラクネさんが日課の糸を出している真っ最中。俺は汚れた食器を持って井戸へと向かった。


 食器を洗っていると、洗浄スライムが近づいてきた。倉庫にいたのに、こっちまで来ている。


「移動範囲を広げたのか?」

「ピー……」

 口元を見ると、笛を付けている。それでツボッカたちとコミュニケーションを取っていたのか。

「いいな。その笛」

「ピッピピー!」

 洗浄スライムも食器の片づけを手伝ってくれた。泡立ちが全然違う。


「起きたの?」

 アラクネさんが玉にした糸を持ってこちらを見ていた。今日はだいぶ出ている。

「おはよう」

「おはよう。昨日は挨拶回りだけだったけど、今日はどうするの?」

「溜まっている仕事をするよ。情報局もアラクネさんとクイネさんに任せきりだったし、温泉も確認してないからね。あと近いうちに中央のツアー参加者たちが『奈落の遺跡』に来ると思うから案内しないと」

「あ、『奈落の遺跡』なんだけどね。様子がおかしいのよ」

「なに? 何か魔物が出てきた?」

「いや、そうじゃなくて凍えるように冷たい空気が出てくるのよ」

「奈落の遺跡じゃ、一足先に冬が来てるのかな?」

「遺跡の中なのに?」


 外気が入らない『奈落の遺跡』でも環境が変わるのか。


「あとでロサリオと確認しに行くよ。あとは教会回りの掃除かな?」

 仮の情報局のせいで、鳥や小型魔物の糞が大量に落ちていた。

 忙しいので、なかなか清掃も進んでいなかったらしい。


「スライムを連れていってくるよ」

「道場にももう一度顔を出して上げて。元冒険者の老人たちが待っていたから」

「わかった。倉庫業の方はツボッカに任せてあるの?」

「そう。ちゃんと表を作っていて、品物の鑑定といつまで保存するかもチェックできるようになってるわ」

「すごいな。もうちょっと給料を上げた方がいいかもしれない」

「そうね」


 俺もアラクネさんも副業の方が忙しくなっているが、本業をツボッカやターウがしっかり回してくれているからアラクネ商会は成り立っている。少し、優遇しないとどこか別の商店に就職してしまうかもしれない。


 朝食は、昨晩の残りをフライパンで炒めて、パンに挟んだものとスープだ。ツボッカとターウにも同じものを持って行く。


「朝飯ですか? ありがとうございます」

「普段はどうしてるんだ?」

「ターウが町の屋台で買ってくれるので、それで済ませてますよ。午前中はあまり食べないで、仕事を終わらせちゃいたいんですよね」

「腹がいっぱいだと眠くなるのか?」

「そうです」

 種族や姿かたちは変わっても、消化システムは同じなようだ。

「いつ食べてもいいからな」

「ターウもね」

「はーい」

「あと、食費は経費で落としてくれよ。働いている間は、自分の給料から食費は出さなくていいから」

「え? でも、俺たちがバカみたいに高い物を食べるかもしれないじゃないですか?」

「酒はダメだけど、別にデザートを食べてもいいし、新商品で美味しそうな物を食べてもいいから」

「わかりました! やったぁ!」

「本当にいいんですか?」

 ツボッカは急な優遇措置に戸惑っているらしい。


「ツアーでかなり儲かっただろ?」

「いや、そうですけど……」

「その間、ちゃんと仕事をしてくれていたお礼だ」

「そんな……」

「もし、従業員を増やしたいとか、寒すぎるとか要望があれば言ってくれ」

「そりゃ、従業員は増やした方がいいと思いますけど……。なんでそんなに良くしてくれるんですか?」

「俺が副業で稼いでいる間、ツボッカとターウが、ちゃんと倉庫業を続けてくれたからアラクネ商会が存続しているんだ。その信用の対価だよ」

「辞めづらいこと言わないでくださいよ。こっちは暇しない程度に忙しくて、こんな楽な仕事はないと思ってるんですから」

「ならいいけど。本当になにか欲しい物とかないのか?」

「ああ、いや、俺が欲しいってわけじゃないしなぁ……」

 ツボッカには案があるようだ。


「何でも言ってくれ。別に取り寄せてほしい物でもいい。倉庫にあると便利なものとかな」

「いや、あのスライムは笛を与えたんですけどね。喋れるように発声の魔道具かまじないがあればいいなと思ってるんですがね。ゴーレム族も未だに全員が喋れるわけではないですし、旦那はスライムとか喋れない魔物を使役してくるし」

「ああ、確かに。ちょっとクイネさんに聞いてみるよ。喋れるようになったら、ゴーレム族の雇用機会も増えるかな?」

「そりゃあ増えると思いますよ。言葉の壁は意外と高いですから」

「群島を旅していたら、アルラウネたちもほとんど喋れていたんだけど、嫉妬とか恋愛の揉め事も増えるみたいなんだけど……」

「それは喋れなくてもありますぜ」

「そりゃそうだな。わかった。探して取り寄せられるようなら、大量に注文してみる」

「本当ですか。だったら、ゴーレム族の荷運びと警備を増やしてほしいです。あと、物質系の魔物の中にマッドアームって腕だけの種族がいるんですけどね。識字率が高くて、書類関係の仕事に向いているんですけど、どうですかね?」

「いい種族だな。ツボッカが呼び寄せられるなら頼む」

「わかりました。連絡を取ってみます。ただ、どうせバレると思うんで言っておきますけど、これだけの金貨を運用するとなると財務系の魔物を雇い入れた方がいいかもしれません。魔王がいた時代は『角なし』と呼ばれるゴブリンが財務管理をしていたようですが、今は中央の上の方に住んでいるらしいです」

 高名輪地区か。


「わかった。でも、雇うとなると、給料が高くなるだろ?」

「そうですね」

「ちょっと人間の方にも聞いてみるよ」

「わかりました。お二人の金貨はしっかり金庫に入れてあります。出すときは言ってください。クイネさんがとんでもないまじないをかけてましたから」

「怖いな。しばらく大きな買い物はしないつもりだ。できるだけ倉庫業で稼ごう」

「了解です!」


 倉庫を出て、山の温泉に行くと、エキドナたちが清掃をしていた。すでに元冒険者たちの爺さんと婆さんたちが集まっている。


「大盛況だな」

 掃除を手伝いながら、エキドナに声をかけた。


「おおっ、おはよう。回数券と特別割引券を出してるんだ。回数券10枚で1回無料にしてる。あと、ここに来る老人たちは強いからさ。魔物が出た時とか、すぐに対処してくれるから特別割引券を渡してる」

「なるほど。そりゃいいな」

「結構、カビも生えるんだけど、毒スライムがちゃんと食べてくれるんだよ」

 青い毒スライムが笛を「ピー」と鳴らしていた。


「よし、いいぞ。後輩たちにも仕事を教えてあげてくれ」

 俺は毒スライムを撫でながら魔力を与えた。

「ああ、新しく連れてきたスライムも、毒スライムか洗浄スライムにするのか?」

 エキドナがブラシをかけながら聞いてきた。

「いや、本当はいろんな場所に配置しておいて、召喚術で呼び出せるようにしたいんだ。魔法陣も本で覚えたし、契約やポータルが必要なこともわかったんだけど、スライムと契約するってどうすればいいんだろうって思ってるところだ」

「足跡がないしな。ハンコを作るしかないんじゃないか」

「ってことは名前を付けた方がいいのかな」

「ああ、それはちょっと面白いね。スライムに名前か……」

「今度、『奈落の遺跡』で実験してみるよ」

「わかった。その時は協力するから言ってくれ」

「頼む」


 俺は温泉を出て、老人たちに挨拶をして辺境の町へと向かった。教会回りの清掃のため、スライムたちを全員集合させる。


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