166話「海竜はどこからやってきたのか」
「お疲れ様です。リイサ、交代するよ」
ウェアウルフのアーリャが来て、交代してくれるという。
「ちょっと待って。アーリャ、こんなに大きな海竜が育つまでにはかなり時間がかかると思うんだ」
リイサが説明を始めた。俺たちは海竜を状態異常にしながらずっと予想を語り合っていた。
「確かにね」
「でも、この海竜たちは弱すぎない? せいぜい強い個体でもレベルは30を超えるかどうかくらいじゃない?」
「それは広場でも皆言ってる。張り合いがなくて弱すぎるって。二人の毒が強すぎるのかもしれないってリオ隊長は言うんだけど違うの?」
「たぶん、違う。俺たちは感覚の能力を上げるスキルを取り続けていたけど、この海竜たちは身体を大きくするようなスキルを取っているようなんだ。筋肉の付き方もおかしいし、毒も弱い。レベルの上げ方を知らない者に育てられたんじゃないかと思う」
「育てられたんですか? 誰に?」
「それはわからない。動きが鈍いというか学習能力が極端に低いように見える。野性の竜だったら、もっと海で傷を負っていると思うんだけど、どの個体も傷がないまま上陸してきている。俺が使役しているスライムの方がまだ成長しているような気がするんだ」
「近海で捕食しているならもっと海の魔物がいないはずでしょ。だったら赤潮が発生しないとおかしいし、突然増殖するっていうのも、どこで育っているのかもわからないのは変だよ」
「つまり、海竜の群れはあまりにも突然現れているってこと?」
「そう。おそらく海の中に召喚術のポータルがあって、海竜をこの近海に送り込んでいる奴がいる」
「なるほど。でも、なんのために?」
「魔物の国への侵略なんじゃないの?」
「じゃあ、人間の国で育てられたってことですか?」
「俺たちの予想ではね。魔物がこんな海竜をどこかで育てていたら、さすがにバレない? いるとすれば闘竜門の奥だけど、古龍が暇つぶしで育てるにしてはちょっと弱すぎるかな」
「「確かにな」」
いつの間にか、ロサリオとリオが後ろにいた。イザヤクたちも一緒だ。
「人間の国でもこれだけ大きな海竜を育てるとすれば限られますよ」
「エルフとか、獣人族の一部が管理している禁足地ぐらいじゃないかと……」
「エルフか……」
長寿の種族だから、侵略も長い時間をかけているのかもしれない。
「とりあえず、スライムを海の中に入れてポータルを探させてみるよ」
「出来るのか?」
「やってみないとわからないだろ」
「海竜は……」
「自分たちで相手をしておきますよ」
「逆鱗の位置がわかったんで問題はありません」
すでに空は暗いが、全員視覚系のスキルを取得済みだ。
光るスライムを筆頭に、俺のスライムたちが海に飛び込んだ。海水の浸透圧とか油は水に浮くんじゃないかとか考えてみたところで、スライム動けるかどうかが問題だったが、スライムたちは膨張することもなく、溶けるでもなく、普通に水に擬態して散らばっていった。
「スライムって優秀な魔物なんじゃないか?」
「活かし方がわかれば、どんな魔物でも能力は上がっていくんじゃないかな。俺たちもそうだろ」
ロサリオは初めてあった頃、種族的にサテュロスは強くなれないだろうと思って、知識を広げていた。今では俺たち3人の中でも最もバランスがいいと思う。
「エルフに竜の活かし方はわからんだろうな」
リオは腕を組んで、海竜を蹴っ飛ばしていた。半日戦っていたので、もう動きは見切ったようだ。
「水吐き攻撃は直線的だから頭の動きにさえ注意していればいいし、尻尾や足踏み攻撃は骨の可動域を超えるようなものではないので、距離を見誤るようなことがなければ当たらない。毒に関しては……」
「毒は首回りの棘にあるようだが、解体でもしない限り喰らうことはない。どうしてこういう進化を遂げたのかはわからん。その人間の禁足地ではこの海竜も被食者だったのかもしれないな」
ロサリオが解説して、リオが補足してくれた。
「こう言っちゃあなんだけど、見た目通りだな」
「ああ、エルフの侵略計画もこの程度では成功しないだろう」
リオはすっかりエルフが犯人だと思っているらしい。
「まだ獣人の少数民族かもしれないだろ?」
「いや、獣人ならもう少し捕食に関して考えて育てるさ。こんなミミック島みたいな物質系の魔物しかいないような島にわざわざ召喚術のポータルを置くか? 草しか食ってないからわからないのだろう」
案外、リオの予想は当たっているかもしれない。
ズゴンッ。
ウギャアアア!
ジュッ!
スパンッ!
港に焚かれた篝火と月の光だけだったが、ツアー参加者たちは正確に海竜の逆鱗を攻撃して気絶させ、鰓を切って桟橋からロープで結び血抜きをしていた。大物の釣りと変わらない。
夜だからわからないが、海は血で染まっているだろう。他の海の魔物も集まってきている。
プシュー!
スライムが海面から水を吐き出した。次々にスライムたちが海面に顔を出して、細長い柱のような物を岸まで運んできた。
「お、それがポータルか?」
岸に上がったスライムたちがプルプルと震えて「そうだ」と意思を伝えてきた。
「ポータルが見つかったぞー! そろそろ切り上げていいかぁ!」
ロサリオがツアー参加者たちに大声で聞いていた。
「大丈夫でーす!」
「今、こっちに来ている海獣の魔物で、全力を出し切りますから!」
イザヤクが返事をした。
「了解!」
海竜の群れはすでに倒されて、港に山と積まれていた。
スパンッ!
海獣の魔物が真っ二つに割れ、海竜の討伐は完了。一息つこうかと思ったら、ポータルの柱から魔力が溢れ出し、召喚術の魔法陣が現れた。
ブンッ。
魔法陣が同心円状に門が開き、海竜と緑の森が見えた時、リオが海竜の鼻っ柱を掴んでいた。
「エルフだか、誰だか知らんが竜の育て方を間違えたな。竜はこうやって育つものだ」
ボフッ!
召喚術に開いた門に向かって火炎のブレスを吐き出した。
周辺一帯を燃やすには十分な威力だろう。叫び声が聞こえたような気がするが、召喚術の門が消えて波の音にかき消された。
ザッブーンッ!
召喚術の柱は中央軍が徹底的に調べるとリオが言っていた。
海竜の解体作業は後回しにして、とりあえずツアー参加者たちは宿で寝ることに。俺たちは港の罠の後片付けとポータルの見張りをしておく。またいつ海竜が出てくるかわからない。
交代で仮眠するのは慣れている。
夜が明けたら、ミミックや泥人形たちが起きだして海竜の解体作業を手伝ってくれた。竜皮も骨も肉も買い取ってもらう。商店街の金はすべてなくなり、ほとんど物々交換だったがミミックたちは喜んでいた。
周辺の島々にも鳥の魔物を飛ばしてくれて、船が続々とやってきた。
その頃にはツアー参加者たちも起き出していた。
「リイサだけがレベル50になりました。あとは48とか49ですね」
「皆もすぐだと思うよ。足りないと思えばコタローさんの倉庫にある『奈落の遺跡』に行こう。レベルの上げ方はわかってるでしょ?」
リイサの言葉に、ツアー参加者たちは頷いていた。
手分けをして群島の船にも海竜の品々を乗せて、宝箱一杯に金貨が詰め込まれていった。
海竜討伐で得た金は山分けにした。俺たちも十分すぎるほど金貨が詰まった袋を抱えている。
「こんなに、どうやって使うんですか?」
「店でも買うといい」
「高名輪地区にも家が建てられるぞ」
「田舎だったら山ごと買えるかもしれない」
「しばらく、コタローさんのところの倉庫に預けて置けませんか?」
「あ、私もそうする」
「金は回さなきゃダメだぞ。経済を潤せ!」
ミミック島のダンジョンで、2日遊んだ後、3日目に俺たちは島を出た。