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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
呪われた群島編
160/226

160話「男爵の功績」


 酒場のマスターに、吸血鬼が死ぬ方法を報告すると、雨の中なのに近所の吸血鬼たちを呼び出していた。その近所の吸血鬼たちは更に知り合いを呼び始め、結果俺たちは何度も説明する羽目になった。吸血鬼にとっては生死にかかわることだし、液状になって生きていたくはないのだろう。

 納得いかない者たちも屋敷に向かい、直接血染めの男爵の言葉を聞いていた。


 翌日、ようやく嵐が晴れた時には屋敷の補修作業が始まっていた。観光業も一時休止。吸血鬼それぞれが自分の最期を決める種族として、もう少し誇り高く生きることにしたそうだ。


「そうは言っても産業は乏しい。ただ、研究者は多いし時間もある。紙の材料はあるし、印刷技術ももっと改良できるはずだ。海竜も来るなら素材にしないとな」

「なぜ皆、同じように動けるんだ?」

 リオは不思議がっていた。自分たちの死が解明できたからと言って、暴動が起きてもおかしくない。


「吸血鬼になった時にはすでに死を受け入れているのさ。同胞は皆、同じ呪いを受けている。あまりに長い退屈という痛みもわかるし、争って血を流しても死なないことも知っている。だが、少なくとも自分にとって意味のある死を迎えたい」

「地下で死んでいた吸血鬼たちではなく、血染めの男爵のように神を信仰するということですか?」

「それはわからん。神の存在を疑っている者も多い。だが、解呪の天才に関しては可能性としているだろうと。その霊魂と向き合った時に、恥ずかしくないように記憶だけは確かでありたい。そのために記憶を本、もしくは同胞に残して思い出せるようにしておくこと。それが縁になり、誇り高い死にもつながるかもしれない。これが吸血鬼たちの願いなんだ」

「慈愛ですか」

 ロサリオはマスターに聞いていた。

マスターの話は哲学的だ。長い時間を過ごしてきたから、自分に問う能力が高いのかもしれない。


「そういう言葉を付けると引っ張られてしまうから、名前は付けたくないな。例えば、孤立、孤独、孤高、どれも状態は同じだろう? 他者からの評価軸で、名称は変わる。だが、我々は欲深い鬼だ。他者の評価を追い求めると狙われることも知っている。不当な評価で貶められてきたものも多い。だが、せめてすべてを記憶している自分だけは真摯に現実と向き合い、誰かを救った自分を誇りにしていきたい。つまり他者ではなく自分のために。慈愛とは別かもしれんな」

「今後は、嘘をついたり騙したりはしないってことですか?」

 俺が聞いてみた。自分への誇りというのは、ちょっとしたことで崩れる。


「いや、面白い嘘も楽しいサプライズは今後もするつもりだ。ただ、悪魔と契約をしているくらいだから、自分の弱さはわかっているのさ。そこに付け込まれる隙を自分自身に与えないこと。ああ、僧侶みたいなことを言ってしまったな。だから僧侶像が血染めの男爵の本を読んでいたのかもしれない」

 マスターは掌の上でワインのコルクを転がしていた。

 血染めの男爵の掌の上で転がされているという意味だろう。


 俺たちは酒場を出て、雨上がりの島をもう一度探索することにした。


「俺とリイサはそもそも回ってないからさ」

「町は他にあるんですか?」

「ない。塔がいくつかあって、一軒家が点在しているって感じかな。丘の向こうは森だらけ。高い山がひとつあるだけだな」


 塔が研究所になっているらしい。魔物も見たが、吸血鬼が放し飼いにしている家畜らしく、耳にタグが付けられている。


「管理されてるんだな」

「ラットマンたちが結構、野生の魔物の病気を貰っちゃうことがあるらしくて、ちゃんと家畜にはタグを付けることになっているんだって」

「山の方には男爵が作った暗渠があるらしい。川の水が増した時に使うらしい。がけ崩れ対策だな」

「実際に島の環境を救っていたのかもな」

「吸血鬼たちもそうだけど、何年もかけて知識を身につけているから、誰かが作った物に対して敬意があるよな。ところどころに積み石があるけど、周りに魔物の像とか彫ってあるだろ?」

 積み石の周りに石像が並んで、指を差している。

 死霊術の研究所になっている塔は、イメージとは裏腹に花の祭壇があり華やかだった。


「結局、暗い者が死霊術を使うと、悪霊も出てくるしそんなにスキルレベルも上がらない。むしろ根明の者の方が、何度も挑戦できるから意外と伸びはいいんだよ」


 研究している吸血鬼はずり下がった眼鏡をかけ直して笑っていた。失敗しても死なないところが強みだと言っていた。


「どうせ悪魔の掌の上なら、やれるだけやってみるさ」

 他の吸血鬼たちも明るいものが多かった。悩んでいる吸血鬼は都市部にいる者たちだけか。


「悪魔の存在ってちゃんと信じられてるんだよな?」

「まぁ、実際その力を見せつけられているからな」

「前の世界でも神や邪神、天使と悪魔みたいな対比をしていたんだけど、この世界では奈落の底で悪魔は巨人と戦ってるんだろ? 天使じゃなくて巨人なのはなんでだ? 天使と悪魔の戦いに巨人が割って入ったってことなのか?」


 俺は前から疑問に思っていたことが口にした。


「見てきたものが言ってるから、そうとしか言えないけど、確かにな。なんで巨人なんだろう」

 リオが首を傾げていた。


「俺たちの結論としては、悪魔はスキルを司っていて、巨人は肉体を司っているはずだよな?」

「そうなんですか?」

 イザヤクが驚いていた。話したことがなかったか。

「そうだ。身体能力を上げているのも、どっちに転んでも対応できるようにしているんだ」

「へぇ、知らなかった」

「悪魔と巨人の話ですよね?」

 魔物のツアー参加者たちも食いついてきた。

「悪魔は吸血鬼に呪いをかけたりして地上に干渉しているけど、巨人はなんのために戦ってるんだろうな?」

「本人たちに聞かないとわからないかもしれない。でも、すでに地上に影響を与えているのかもしれないぞ」

 人化の魔法で小さくなっているリオは自分の手を閉じたり開いたりしている。


「あの、これは俺だけかもしれないんですけど、剣の素振りをしていると、時々巨大な剣を振っているような感覚になることありませんか?」

 イザヤクが語り始めた。


「ないけど……」

「じゃあ、俺だけかもしれません。ものすごく重たい巨大な剣を振っているような感覚の時は、虫が止まって見えるんですよね。振りぬいたときには動き始めるんですけど、遠くの木に刀傷が付いたりしていて……。でも、別に特別なスキルが発生しているわけではなさそうなんですけど……」

「感覚が鋭くなりすぎて、生きていくための呼吸とか消化とかまで止めるとゾーンに入ることはあるな」

 ロサリオは経験を話した。

「ゾーンであれば、俺もわかるよ。重さはそこまで感じないんだけど、何をすればいいのかルートが光って見える時はある。各々で感覚は違うのかもな」

「それなら俺もわかる」

 リオも当然のように経験している。


「魔物の動きが予測できるようになると、現実と予測の間がすごく長く感じることがある。すべてのタイミングを合わせるのは大変なんだけど、自分の動きを含めて噛み合う瞬間に威力が跳ね上がるんだ。逆に動きと現実が噛み合わないと、威力はほとんど出ないこともある。それはどんな武器でも変わらないと思う」

「じゃあ、それぞれの感覚は違うけどゾーンには入れるってことですかね?」

「そうだね。たぶん疲れて筋肉疲労が起こっている時の方が入りやすいかも」

「結局、筋肉で肉体を動かすより、イメージを先行させて身体全体が向かっていく方が威力は出やすいと思う」

「やってみるか?」

 枝を拾い上げ唐突に修行が始まった。


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