16話「泥人形の商い」
翌朝、俺たちは早めに朝食を済ませて、空の籠を持って、昨夜見た野営地へ向かった。
「やっぱり、ほら、ゴーレム族だよ。あれは……」
「本当だ」
泥人形のような見た目だが、しっかり焚火で自分たちの身体を炙り、表面の白っぽい粘土を固めている。粘土は持参したのか。顔もなるべく人間に寄せているが、似ると不思議と怖くなる。
「隠れて見ていても仕方がない」
「あ、ちょっとコタロー」
俺は隠れていた藪から出ていって、手を上げながら「おはようございます」と声をかけた。
ゴーレム族たちも手を上げて挨拶してきた。特に人見知りとか警戒しているようには見えない。ただ、やはり声は発せないようだ。
「これから、町に商売しに行くんですか?」
ゴーレム族の行商人は頷いた。
「もし、よかったら手伝わせてもらえませんか。呼び込みとかできますから」
そう言うと、ゴーレム族はお互いを見合わせて、困惑していた。
粘土板を取り出して『なぜ、そんなことをしてくれる?』と書いて聞いてきた。
「別に騙そうという気はないんです。いい左官屋さんを紹介してくれないかと思って……。壁とかを作る職人さんのことです。種族的にご存じではないかと思って」
『知っているけど、紹介するだけでいいのか?』
粘土板を書くスピードは速い。こうやって商売をしているのか。
「いいです。紹介してくれたら、手伝いますよ。広場の屋台は決められちゃいますから、急ぎましょう」
荷物を背負うのを手伝っていたら、アラクネさんも手伝い始めていた。
『彼女もか?』
粘土板ではなく、ジェスチャーで聞いてきた。先ほどからゴーレム族は、野球のサインのように、腕や肩を触ってお互いにコミュニケーションを取っている。手話のようなものだろう。
もしかしたら、本当は言語があるんじゃないか。
「そうです。我々は『アラクネ商会』と言います。倉庫業を始めたばかりで、まだお客さんもいないんで暇なんです」
本当は暇なんかではなく、やることは多いが、これも営業だと思っている。
『そうか。本当に辺境では、魔物と人間が暮らしているんだな』
「ええ。辺境の町は初めてですか?」
『初めてだ』
「だったら、役所に行って、それから商人ギルドに寄ってから広場に行った方がいい。アラクネさん、場所の確保を」
「わかった」
ゴーレム族を連れて役所で、商売をする手続きを取り、その後、商人ギルドで登録。広場に着いた頃にはどこも場所は埋まっていた。アラクネさんがとっておいてくれなかったら広場にも店を出せない。
『助かった』
素直にゴーレム族はお礼を言っていた。
「商品は、壺? それとも皿? あ、金物もあるのか……」
ゴーレムたちは首を振って、魔石灯と呼ばれる魔石の力で光るランプを持ってきていた。ガラスがステンドグラスのように様々な色が着色されていて、きれいな民芸品になっている。技術的にも魔物の文化としてもクオリティは高い。
「これ幾らで売るの?」
『銅貨3枚くらい? いや、5枚でどうだ?』
「だったら、俺が買い占めるよ」
そう言うと、ゴーレムたちは慌てていた。
『安すぎるか?』
「もっと高くていい。ただ、屋台で売る商品じゃないな……」
隣の屋台は銅貨1枚で串焼きを焼いているし、もう片方は小麦粉のパンに肉や野菜を詰めたものを銅貨3枚で売っている。
「たぶん、適正価格は銀貨5枚以上で、10枚はするかもしれないよ」
アラクネさんが腰に手を当てて、ゴーレム族に教えていた。
ゴーレム族は『銀貨10枚というのは、こういうのを言うんだ』と木箱の中から銀細工の装飾が施されたきれいな魔石ランプを見せてきた。前にいた世界でもトルコで見たような細かい細工が施されている。
しかも、中の光源が空中に浮いていてゆっくり動いていた。これはこの世界でしか見たことがない技術だ。
「こんなの人間の職人でも作れるのかどうかわからないよ」
「山奥に住んでいたから、町の適正価格に気づいていないんじゃない?」
「これはもっと高く売れるから、商人ギルドに持っていった方がいい。最低でも金貨を貰っていいから」
ゴーレム族はかなり疑いの目で見ていたが、一緒に行ってあげるとアラクネさんが木箱ごと持って連れていった。
ゴーレム族の技術力は高く、商品も豊富だ。
「皿や壺なんかはある?」
ゴーレム族は『もちろん』と頷いて、小鉢やスープ皿を見せた。
「こっちの方が屋台向きだよ。こっちを売ろう」
『魔石ランプはダメか』と再び粘土板に書いて聞いてきた。
「いや、もちろんそれも売ろう。ただ、商人ギルドに怒られるかもしれない。それくらい価格を安くしすぎなんだ。本当にそれくらいの価格なら、『アラクネ商会』で買うよ」
『でも、魔石ランプなんて、滅多に買う者はいないよ』
「せっかくはるばるやって来たのに、機会損失になるってことだろう? だったら、うちの倉庫を使ってくれ。町の金物店でも燃料屋でも、何割か払って委託販売してさ。欲しい人がいれば倉庫から出せばいい」
ゴーレム族は、そんなことできるのかと驚いていた。
「そのために倉庫業をやっているんだ。あ、いらっしゃい!」
魔物も人も一緒に屋台にいると、何を売っているのか皆、見に来る。皿や小鉢は銅貨だけなので交渉も指のジェスチャーだけなので、お客さんともコミュニケーションがとりやすい。午前中だけでも、陶器はかなり売れた。
「ゴーレム族の言語を教えてもらえないか」
一瞬驚いたようなリアクションを取ったゴーレムたちだったが、独自の文化を持っている魔物に興味があるんだというと快く教えてくれた。『こんにちは』『元気ですか』『天気はどう?』などの他、『いい土ある?』というゴーレムならではのジェスチャーまである。
ゴーレムたちは土を食べているが、人間の食べ物には興味があるらしい。ただ、虫に関しては危険だと思っているらしい。身体に穴を開けられるかもしれないからだ。
手先は器用で、ゴーレム族は皆何かの職を持っているらしい。ビーズのネックレスを作るゴーレムから、金槌だけを作る職人、斧だけを作る老兵までいるそうだ。
ただ、見た目では、若いかどうかわからないし、老いるのかもわからない。それを聞くと、『私たちにもわからない』と返ってきた。
「冒険者はいるの?」
『いるよ。ただ、身体のサイズを大きくしないといけないから、修復には時間がかかる』
防御力はあっても、回復力が低いということがあるのか。
そんな会話をしている間に、魔石ランプを商人ギルドに持って行ったアラクネさんたちが戻ってきた。
「いくらになった?」
「金貨5枚だって……」
アラクネさんはげっそりしているし、一緒に商人ギルドに行ったゴーレム族も、その額に怯えていた。
「しかも、もし他にあるなら、さらに高額で買い取るとも言っていたよ。人の社会はどうなってるの?」
「それが正当な評価だと思うよ。人と魔物の争いがなくなった世の中では、文化の価値が高くなるのは当然だよ」
ゴーレムたちは『どうすればいいのか』と混乱している。喋れない分、小さな屋台のスペースで身振り手振りで話し始めた。
「目標金額にはいった?」
『もちろんだ。これからどうすればいい?』
俺と一緒に店番をしていたゴーレム族は、粘土板にも書いて、ジェスチャーでも伝えてきた。
「欲しい物を買って、一旦地元に帰ってどうするか決めたらいいよ。もし、魔石ランプが荷物になるなら、うちに置いておいてもらってもいいし、委託してくれてもいい」
そう言うとゴーレム族は握手をしてきた。『頼む』ということらしい。
まだ日も出て明るいうちに店じまいをして、ゴーレム族はアラクネさんの家に荷物を置くことになった。廃坑道はまだ警備が甘いし、虫もいるからだ。
ゴーレム族に付き合い、服や靴、それから虫除けの薬、鉄瓶など土産を買うのを手伝った。お礼に銀貨を貰い、倉庫の使用料については売れた時の10%と決めた。
「左官屋さんをよろしく頼むよ」
そう言ってゴーレムたちを見送った。
「倉庫がちゃんとできる前に仕事を取ってくるとは思わなかったわ。ちゃんと廃坑道を倉庫にしないとね」
やることは山積みで、雇うにしてもお金が足りない。
廃坑道に壁を作るだけでも銀貨10枚くらいあっという間に飛んで行ってしまうだろう。
どうしたものか。