159話「吸血鬼が死ぬ方法」
「見つけた者には正直に話すと決めていた」
ぺらぺらと本のページがめくれ、貴族のような仕立てのいい服を着た犬歯の長い吸血鬼が出てきた。幻術なのだろう。身体が半透明に透けている。
「記憶の一部を残しているだけだから、こちらが一方的に喋る。話がつまらなければ去っていいし、吸血鬼に関して興味があるなら最後まで聞いていってほしい。よろしいか?」
たっぷりと間を開けて、喋り始めた。おそらく、この幻術の人物が血染めの男爵なのだろう。
「我々、吸血鬼は血の悪魔と契約をしている。だからこその回復力と不死、それから腕力を手に入れたのだ。これが最大の呪いで、魔王ですら解けなかった。しかし、なんにでも極めたものというのがいる。こと祈りも含めて解呪に特化した人間というのは歴史上数人いる。それが聖人だ」
前の世界でも聖人という言葉を聞いたことがあるが、この世界の概念とは少し違うだろう。そもそも宗教自体が異なる。
「聖人というのはどういう者だ?」
リオが聞いていたが、返事をするわけではない。
「聖人と聞いて狼狽えてはいけない。勇者を選出し、魔王を倒す戦略を練る者も聖人と言われれば、生きている頃から献身的に神に身を捧げ、死んでなお奇跡を起こす者も聖人と言われる。私が言っているのは後者だ。彼らは神の力を借りることに成功し、悪魔の呪いを解いてしまう。長い間、私が人間の国に潜入していたことは歴史書にも書いてあることだろう。一々説明する必要はないが、解呪の天才、解呪の聖人を探すために、多くの人間を手にかけ、気づけば我が身は血に染まっていた」
「だから、血染めなのかぁ」
ロサリオは声を出して納得していた。
「だが、とうとう聖人を見つけることは叶わなかった。戦争が終わり、落胆し、この島に幽閉されて人間の国での経験を書にまとめ、大陸各地から書物を集めて余生を過ごそうと思ってもなかなか死ねない。100有余年。私はかび臭いこの屋敷で過ごしていたわけだが、動き出した本の魔物を見て、ようやく気が付いた。現代に聖人はいないのではないかと……」
「ああ、だから死霊術だったんですね!」
アーリャがぽんと手を打っていた。
「残っていたスキルのポイントを使役スキルに注ぎ、本の魔物を使役した。あとはその本の魔物に死霊術を学ばせ、ひたすらに墓の中から骸骨剣士を蘇らせレベルを上げる日々が始まった。歴史上であれば、聖人は数人記録されている。その記録を元に最も解呪に詳しい聖人を呼び出すことができれば、我が身の呪いは解けるだろう。私はそう思っていた」
「え!? 違うのか!?」
イザヤクが声を上げた。
「後から思えば当たり前のことだが、神への信仰もないのに聖人が天の世界から蘇ることなどない。ましてや悪魔のスキルを使う者など、見向きもされない。吸血鬼が聖人を蘇らせるなど夢物語。研究は振出しに戻った。だが、不思議な縁もあるもので、人間の国にいた頃、私を狙うハンターの娘という者が島にやってきた。自分は親のせいで半分吸血鬼になったと言っていたが、本当はただの魔物だったのかもしれない。私を殺しに来たのかと思ったがそうではないらしい。ハンターの中に生き残った者と殺された者がいたらしいのだが、どうやって選別したのか教えてほしいと言ってきた」
「時の運ではないのか?」
リオは訝し気に聞いていた。
「私ははっきり選別などしていないと言ったのだが、彼女は頑として聞かなかった。何か理由があるはずだと。そう言われて、今ここで殺すには惜しいと思う者にはとどめを刺さなかったと気が付いた。そう。人間を殺す動機など魔物にあるはずがないと思っていたのに、殺さない動機はあったらしい。つまり私にも感情が残っていたのだ。感情があると気づけば、愛情に気づくのに時間はかからなかった。いつしか隣にいた彼女を愛し始め、空がいつにも増して青く輝いて見えたのを覚えている」
「愛の色は青なのか」
ロサリオはそう言って笑っていた。
「この愛を失いたくないと思った瞬間には神に祈りを捧げていた。吸血鬼は悪魔と契約しているから子などできない。同胞を増やすだけだ。それでも共同で何か形に残るものが欲しかった。それが互いの死だった。数十年、神に祈り続け、死霊術を研究した結果、本の魔物は聖人の霊魂を呼び出せるようになっていた。あとは、呪いを解いてもらうだけ。契約を破った者がどうなるかはわからない。ただ、覚えておいてほしい。そこに残ったものが呪いを解いた吸血鬼の成れの果てだと。長くなってしまったな。契約の解除、これが吸血鬼を殺す方法だ。死にたい吸血鬼に会ったら教えてやってほしい。それでは……」
本は再びページがめくれぱたんと閉じてしまった。
「血染めの男爵だけでなく、彼女もまた灰になったんだな」
「地下で死んだ吸血鬼たちも神へ祈っていたのでしょうか?」
マーラが誰に効くわけでもなく、疑問を口にした。
儀式跡などもあったので、別の方法があるのかもしれない。
「血染めの男爵とは違う契約の解除方法があるのか……」
「血の悪魔を怒らせる方法ですか」
「神への冒涜というのは聞いたことがありますけど、悪魔への冒涜ってなんでしょうね」
「別の悪魔と契約すること……?」
マーラの疑問にイザヤクが答えた。
「血の悪魔なんて奈落でも序列は上の方なんじゃないのか? それと対抗できる悪魔なんて限られていると思うけど……」
ロサリオも悪魔の記述なんてほとんど読んではいないだろう。
「死をつかさどる死神ならまた話は別なんじゃないか。冥府の王とかな」
リオも天井を見ながら考えていた。
「異世界の神とかね」
俺は自分の経験から、口にした。
「転生か。実例があるだけにありうるな」
「とにかく契約を解除できれば死ぬ。吸血鬼の方々に教えましょう」
「そうだな」
俺たちは本を僧侶像に置いたまま、町へと戻った。