158話「極めた本とは?」
吸血鬼が灰になって死んでいるのを発見して三日ほど経っていた。
吸血鬼の身体を一瞬にして灰にできるのは古龍か、もしくは悪魔の血族だそうで、そもそもそんな種族を召喚するのは、本人たちが気まぐれでも起こさない限り不可能だそうだ。たとえ儀式を行ったとしても呼び出せないだろうと吸血鬼たちは結論付けていた。
「でも現に死んでしまっているからなぁ」
「さすがにそういう者たちが現れたら、もっと痕跡が残っているさ」
宿は俺たちしかいないので、大部屋を貸してもらっている。
男女で分かれた方がいいんじゃないかと思ったが、別に誰も気にしないとのこと。そもそも誰かの寝込みを襲うような者はいない。
嵐が続いていて、外にも出られない。血染めの男爵の屋敷と宿の往復だけで、食事も味気ない干し肉とパン、クズ野菜のスープばかり。
なかなか士気も上がらないと思ったが、ツアー参加者たちはやる気になっていて、今も屋敷に入り浸り本の中から新しいスキルや魔物の情報を探し続けている。
「知識によってスキルが発生することもあると聞いたので、新しい概念をインプットしていきたいんですよね」
「伝説とか逸話を見ていくと、こんなスキルがあるのかって新しい発見があるんですよ」
アーリャもハピーも夜遅くまで本を読んでいる。
「もうこうなると、教えるようなことはないよな?」
「レベル40を超えたら、もうそれぞれで鍛えていくしかない。むしろ、中央に帰ってからの方が大変だ。海竜の大発生を待って、片付けたらツアーも終了だな」
ロサリオとリオは布がかかっていた屋敷のソファを勝手に引っ張り出してきて、ツアー最後の予定を立てていた。
「リイサは何をやってるんだ?」
ひとり、穴の開いた本を見ながらメモを取っているリイサに聞いた。
「偽の精霊が入っていた本なんですけど……、これ罠に使えませんかね? 図書館のセキュリティ対策にもなるんじゃないかと思って」
「ああ、なるほどね。それはいいかもしれない」
「どうやってこの魔物が生み出されるのかがわかれば使役できるんですけど、物質系の魔物は特殊なので難しいです」
「だよなぁ」
メモ書きには、『幻術と魔術を駆使している』と書かれている。
「そうか。精霊は幻術か」
「おそらく。肉体の成長や感覚器官を鍛えていない分、スキルをほぼ全部魔術に振っているんですよね」
「幻術も使う精霊の形を決めたら一つでいいのか」
「そうなんですよ。もしも死んだ吸血鬼たちがこの本の魔物を使役していけば、レベル上げをさせて、魔術の上位スキルを使えていたのではないかと」
「やっぱりリイサもそう思った?」
イザヤクと調べ物をしていたマーラが、こちらにやってきた。
「私たちは魔術じゃなくて死霊術を使っていた本の魔物もいたんじゃないかと思ってるんですけどね」
「それができれば無限にレベル上げができるんじゃないかと思って……」
イザヤクもメモ書きを持って隣の椅子に座った。
「死体さえあれば竜でも蘇らせることができるなら、何度も蘇らせて、何度も討伐すればいいじゃないですか」
「ある程度まではレベルが上がるけど、それ以降が無理なんじゃないか。ああ、でも、一芸だけに特化すればいいのか?」
「そうなんですよ。死霊術か魔術を極めた本の魔物がいるんじゃないかと思うんですけど……」
「なるほど。俺たちが倒したのは、極めきれなかった魔物なのかもな」
「では、極めた本の魔物は主人の吸血鬼を殺したんですかね? でも、どうやって?」
リイサの疑問は尤もだ。魔術や死霊術を極めたからと言って、吸血鬼は死なない。それは吸血鬼たちの同胞が議論を尽くしている。
「コタローさん、この本を見てください」
「血染めの男爵が書いた本か?」
血で濡れた手形が表紙になっている本だ。
「300年以上前にヴァンパイアハンターたちと戦った記録が記されていて、同胞が数人やられたと書かれてるんですよ!」
「じゃあ、吸血鬼はヴァンパイアハンターに殺されているのか?」
「いや、捕まっただけかもしれないんですけど……」
「ああ、そうだよな」
『やられた』という解釈にもよるか。吸血鬼だけを狙う人間がかつていたという証拠はあるようだ。
「死霊術で、ヴァンパイアハンターを蘇らせることは出来たらそれを聞けるんじゃないかと思って……」
「ああ、そうか! 別に魔物じゃなくても死霊術で蘇らせることができるもんな」
「吸血鬼たちにとっては禁句だから、議論もされていないのか?」
「いや、そんなことはないはずだぞ。むしろ、アンチ吸血鬼たちと戦い弱点を克服してきたはずだ」
後ろで聞いていたロサリオが教えてくれた。人間の国ではヴァンパイアハンターだが、魔物の国ではアンチ吸血鬼か。
「魔術を使って吸血鬼を灰にしたとしても、死霊術を極めてアンチ吸血鬼を蘇らせたとしても、とにかく、その極めた本の魔物を探さないといけないんじゃないか?」
リオの言う通りだ。
「コタローの『もの探し』で辿れないか?」
「血染めの男爵までは辿れるが、本まで辿れるかな。とりあえず、やってみよう」
俺は死体となった本の魔物に『もの探し』を使った。
黄色い光が天井付近まで上がり、屋敷の外へと向かった。光は屋敷の裏にある男爵の墓へと続いている。やはり持ち主は血染めの男爵で間違いないようだ。逆にここから持ち物を辿るのは難しい。故人の持ち物をいちいち辿ってはいられない。
「やはり辿れないな。主人の解放された魔術を極めた本って、どこに行くと思う?」
「別にどこにも行かないのでは、空を飛んでも本はあくまで本ですからね」
「肉体を手に入れようとするのでは?」
「案外、町ですでに会っているのかもな」
「死霊術を極めていたら、別に肉体は要らないんじゃないですか? 普通に屋敷のどこかにいるかもしれないですよ」
「確かに。自分が本の魔物なら禁書区域には置かないよな」
「全員魔力の目で探すか?」
「「「「了解」」」」
一斉に散らばって本を探した。
魔力が強いその本は、屋敷の二階にある本を読む僧侶像が持っていた。書庫にもない本なので見逃していたのだろう。いや、もしかしたら移動して俺たちから逃げていたのかもしれない。
「見つかってしまったのだろうな」
本からくぐもった声が聞こえてきた。