157話「吸血鬼の灰と死生観」
屋敷には野次馬の島民含め、島中の吸血鬼たちが集まっていた。リオ班やロサリオ班も異変に気付いて来ている。
死ねないと思っていたのに、自ら死んだ者たちが見つかったのだから当たり前だ。しかも知り合いまでいる。
「そいつらはたぶん300年前に吸血鬼になった奴らだな。建国組って呼ばれている」
「私も建国組だけど、この死霊術の会には呼ばれなかったよ」
吸血鬼たちは衛兵の駐在員に話しているが、すべて筒抜けだ。
駐在員もこんなことは初めてなので、報告書の描き方をアーリャたちに聞いている始末だ。
「中央の衛兵さんたちがいてくれてよかったですよ」
「いや、俺たちも休暇中ではあるんだぞ。できるだけ早めに大陸から衛兵の捜査官を呼んだ方がいい」
リオが中央で隊長をやっていることがわかり、駐在員も任せようとしているようだ。
「実際のところ、吸血鬼って死にたいんですか?」
何気なく、野次馬にいた爺さんの吸血鬼に聞いてみた。
「ああ、どうなんだろうな。吸血鬼にもよるんじゃないか。俺なんかは人間だった頃の記憶が強い後発組だ。100年くらいしか吸血鬼としては生きていない」
吸血鬼は、なった時から老いることがないのか。見た目で判断できないということだな。
「ということは、吸血鬼としては若い方なんですね」
「ああ、そうだよ。人間の頃に病で寝たきりでね。人間としての残り時間と自分の知識欲を考えていたら、ちょうど旅の吸血鬼に会ったんだ。それで、吸血鬼に転生させてもらってこの島に来た感じだな」
「ちなみに何の研究を?」
「天文学だな。人間の国では教会で禁じられているところが多かったから、こっちに来て本当によかったよ」
暦はどの世界でも揉めるんだな。社会の基盤でもあるからだろう。
「あんた、吸血鬼と思ったら人間なのかい?」
隣で聞いていた恰幅の良いおばちゃん吸血鬼が聞いてきた。
「そうですよ。辺境に魔物と人間の村ができたじゃないですか。そこから見聞を広めるために来たんです」
「そうかぁ。これから人間の観光客も来るかね?」
「宣伝しておきましょうか。吸血鬼はそんなに人間の血を飲まないって」
「いやぁ、別に飲まないわけじゃないよ。愛した人の血はいくらでも飲めるさ。でもね、憎んだ相手の血は風呂桶一杯にあっても飲みたくはないね」
「そういうもんですか」
「憎む相手の血を自分に取り込みたくはないだろ?」
「ああ、そうか。考えたこともなかったですね」
手術で輸血される血が誰の血でもありがたい献血された血だと思ってしまっているので、その感覚はなかった。
「吸血鬼にとっては、そういう強い思いは重要なんだ」
爺の見た目の吸血鬼が教えてくれた。
「吸血鬼は死ねない分、思いによって魔物を判断するし、思いによって関係性を作り出し、生きていく方向性さえ決める。その上、抱えた思いを誰かから狙われて呪われたりもするから、複雑でね」
「それで呪術や死霊術も発展してきたってことですか?」
「そうとも言うね。ただ死ねるんだったら話が変わってくるんだよな」
「どうしてです?」
「いつかやろうと思っていたことを今やらないといけなくなる」
「何かを残しておかないと私の記憶も消えてしまう恐怖が出てくる」
「死の恐怖ですか?」
「死ぬのはそれほど怖くない。むしろ死ねるのなら死なせてあげたい吸血鬼がたくさんいるからね。そうじゃなくて記憶が消えてしまうのは怖いんだよ」
「そういうもんなんですか?」
「実際に2000年くらい生きた吸血鬼は、溶けていくらしいんだ」
「吸血鬼って最終的に溶けるんですか?」
「修復するにも回数に限界があるみたいでね。普通の人間だと120年くらいが限界だろ?」
そう言えば前世で120歳限界説を聞いたことがある。
「骨や細胞壁も再生できなくなってくるから、結局長く生きれば生きるほどドロドロになるんだよ。そうなっても思念体で喋れるし、形自体は記憶さえあれば魔力によって人の形を保てるんだ。ただ、記憶がなくなると自分の身体を再現できないってことだから」
「意思のないスライムのようになるのは怖いだろ? しかも、そうなっても死ねないんだよ」
「子孫が海に撒いて拡散したりするんじゃないんですか?」
「あ、そうそう。そういう文献は見つかってる。結局海に撒いてやるのが一番だって。でも、そうすると思念体だけが家に残っちゃう記録もあってさ」
「じゃあ、吸血鬼って死ぬのがめちゃくちゃ大変なんですね!」
「大変なんてもんじゃないよ。形が保てなくなった吸血鬼でも、呪術や死霊術は極めたりしているわけよ」
「え? じゃあ……」
「そう。島ごと滅ぼしたりする輩もいるの。もうそうなったら、竜にでも来てもらって焼いてもらうしかなくなるのね。だから、この島には竜の骨がいくつかあるわけ」
「で、死ねるってことは殺せるってことでもあるから、本当にこの事件は吸血鬼の中ではとんでもない歴史的発見なんだよ」
「なるほど、ようやく理解しました」
現場は駐在員と一緒にリオとアーリャたち中央の衛兵も手伝って保存してはいるが、詳しくはわからない。野次馬の中には死霊術の専門家や呪術の専門家の吸血鬼もいるので、どういう儀式なのか調べてもらったが、見たことがないという。
結果、衛兵の捜査官が来るまで、島中の吸血鬼たちが屋敷の周りにテントを張り、島民全員で捜査することになった。ちょうど海は時化。衛兵を呼ぶのにも時間がかかる。
島の吸血鬼たちは、普段集まるようなことはないらしく、久しぶりに会った者たちもいて、夫婦喧嘩の再燃もあれば、同期の飲み会もあり、捜査とは全く関係のないこともある。ただ、そこら中で議論が交わされていて、俺たちは散らばって吸血鬼たちの話を聞いて回った。
「死霊術なら、どこかに魂の残滓みたいなものがあるはずなんだが、それもないんだ」
「薬学なら、消石灰や水銀はすでに試した者たちがいるだろ? 皆、ドロドロになっているけれど、まだ意思は残っている」
「じゃあ、やはり魔術か?」
「それだって灰になるまで神経系を麻痺させていたということなのでは?」
「燃えないだろ? 油の匂いもしなかったぞ」
「時魔法みたいなものはないんですか?」
俺は素人なのをいいことに質問をした。
「ないことはないけど、相当特殊な種族を連れてこないと無理だ」
「いや、時魔法を扱う種族は絶滅しているだろ?」
「待て待て。急速に時を進めたとして、吸血鬼の身体は灰になるのか?」
「それにあの儀式跡は何の意味がある?」
「召喚したとか?」
「召喚術か……」
吸血鬼たちは空を見上げて、考え込んでしまった。
「あ、すみません」
「いや、我々もそれは思いついていなかった」
「でも、あの種族は奈落の遺跡にしかいないだろ?」
「血染めの男爵の頃には遺跡も開いていたかもしれんが、今は開いていないだろ? どうやって召喚する?」
吸血鬼たちによると奈落の遺跡に、吸血鬼を灰にする種族がいるらしい。
「俺、辺境で倉庫業を営んでいるんですけど、倉庫の中に奈落の遺跡を見つけてしまったんですよね。まだ階層はそれほど進んでいないんですけど……」
「なんだと!?」
「おいおい、人間。嘘をついちゃいけない」
「いや、それ嘘じゃないですよ。俺も奈落の遺跡に入りましたから」
通りかかったロサリオが、盛り上がった筋肉を見せながら答えていた。
「いや、だとしても……」
「妙な可能性が出てきてしまったなぁ……」
吸血鬼たちをさらに混乱させてしまったようだ。




