155話「吸血鬼は健康マニアなんじゃないか」
「味が薄いか?」
吸血鬼のマスターが、薬膳スープを差して申し訳なさそうに聞いてきた。
ラッツブラッドの酒場は、昼でも窓は閉めきっていて淡い魔石ランプの光が店内を照らしている。
「すまんな。300年ぶりに人間を見て、話しかけちまったよ。ゆっくり味わってくれ」
「いえ。なにか調味料を使えない理由があるのかとは思いましたが……」
薬膳スープは草の味しかしなかった。
「塩だ。俺たち吸血鬼は長寿だし策謀も得意だから、魔王がこの島に閉じ込めた。塩害が多くて、血管が詰まりそうなこの土地にね。人間の国に逃げていった奴らはいいけどなぁ。それで、こんな薬膳料理しか食べなくなっているわけだ」
「通りで日向ぼっこしている吸血鬼の方々もいましたけど……、あれは大丈夫なんですか?」
マーラが聞いていた。
「日に焼けて灰になるようなことはないが、日焼けすると戻るのに結構時間がかかるんだ。今、外に出ている奴らは栄養が足りてない上にビタミンが足りてないから作ってるところだろう」
「かなり食事で影響を受けやすいんですね」
「ん~、そうなるな。無理して食べ過ぎると内臓に負担がかかるのは、人間も同じだ。長く生きるための知恵だから覚えておくといい」
「でも、こんな食生活だとストレスが溜まりませんか?」
リオがスープを飲み干して聞いていた。竜にとっては明らかに足りない。
「慣れるまでは結構大変だ。一応、一週間に一度、町中の酒場でソーセージとワインでパーティーをするんだけどな」
「理にかなっている。吸血鬼がこんなに健康だとは思いませんでした」
ロサリオも驚いていた。
「長寿の種族の宿命さ。ところで、君たちは人間と魔物の軍から選出した合同演習か何かできたのかい?」
「そんな感じです」
「辺境のレベル上げツアーです」
「そうか。だから、皆隙がないんだな。実際、どれくらいレベルは上がるんだ? 20ぐらいか?」
「皆、レベル40を超えていますよ」
そういうと、吸血鬼のマスターはグラスを落として割っていた。
「嘘だろ……?」
やはりレベルが40を超えている5人と、50を超えて60に迫っている3人が群島のこんな島までやってくるはずがないと思っているのかもしれない。
「本当なのか?」
「本当ですよ」
「そんな者たちがなんでこんな島に? この島にいてもレベルは上がらないぞ」
「いろんな種族がいて知識も蓄えている群島を回っているだけです。できることを増やさないとレベルも上がらないので」
イザヤクが説明していた。実際にレベルが50を超えると、できることは増えているがレベルの伸びは遅くなる。レベルにおける強さの基準が、スキルではないのが難しいところだ。
「何か教えられるようなことはあるか?」
「教えられなくても勝手に学びますから、気にせず。でも、召喚術をもし知っていたら教えてほしいんですけど……」
「召喚術かぁ。死霊術なら吸血鬼界隈でかなり知られているんだけど、召喚術師は滅多にいないから本でも手に入れないとわからないかもしれん。一応、表の通りをまっすぐ行くと丘の上に血染めの男爵っていう有名な吸血鬼の屋敷があるんだ。屋敷中が本だらけでね。魔物化している本もあるから、聞いてみるといいかもしれない」
魔物化している本が喋れるなら教えてくれるという。
「司書的な吸血鬼もいるが、信用しなくていい。勝手に屋敷に棲みついている死霊術師たちだ。無視して本を探してくれ。変なことを言われたら、追い出して放り投げてくれ。すでに血染めの男爵は灰になって死んでいるから」
「吸血鬼ってちゃんと死ねるんですか?」
「死ねないのが問題になってるんだが、その血染めの男爵は死ぬ方法を探して死霊術に手を出し、実験中に灰になれたんだ。その実験したレシピが残っていればよかったんだけど……」
「失くしたんですか?」
「屋敷の奴隷だったラットマンが男爵の血で読めなくなっていたから捨てて燃やしてしまったらしいんだ。失敗だったよ」
「ちなみにこの島では海竜の対策はしているのか?」
リオが、やはり海竜が気になるらしい。
「ああ、古い竜の死体があるからな。一頭でも海竜を倒せれば、死霊術で蘇らせて、ぶつけていくだけさ。灯台には見張りも付いているし上陸してきてからでも対応は出来るんだ。古くからこの手法だ。でも、時々竜の死体を売り込みに来るドラゴン族もいる。取引はしないことになっているが、もしかしたら誰かが買っているかもしれん」
「同胞として申し訳ない。はぐれドラゴンを売る者もいれば、死体まで売る者が出たか。火山地帯のドラゴンたちにも報告しておくよ」
リオが謝っていた。
「依頼は荷運びが多いんですか?」
ロサリオは依頼書の束をめくりながら聞いていた。ちゃんと酒場のレギュラーたちのために依頼書はまとめてくれている。
「ラットマンの数が増えてきてしまってな。特に交易するような産業もないから、観光業に力を入れることにしたんだ。その建設のための荷運びがほとんどだな。中央に行くようなことがあれば、宣伝をしてくれると助かる。人間も大歓迎だ」
吸血鬼はもっと血の気が多いものが多いと思っていたが、マスターはどこか解脱した僧侶のような雰囲気があった。
「すごい良い人そうだったな」
酒場を出て思わず言ってしまった。
「実際、良い魔物なんだろう。初めはレベルを測りかねていたけど、正直に話したから向こうも正直にならざるを得なかったんじゃないか。ああいう魔物たちばかりだと呪いなんてかからないんだけどな」
ロサリオはよく魔物を見ている。
「やはり呪いは罪悪感や嫉妬心に憑りつきやすいのか」
「責任感とかな。まったくドラゴン族の尻ぬぐいは面倒だよ」
リオはボヤいていた。
「丘の上の屋敷に行くんですよね?」
「そのつもりだけど」
「私は島を一周してきていいですか。酒場のマスターの話を信じていないわけじゃないんですけど、目で見て確かめたくて」
ハピーは空を飛べるので偵察には向いている。
「いいよ」
「じゃあ、私も行きます」
「なら、俺も付いていくよ」
アーリャとロサリオも行くという。
「だったら俺も吸血蝙蝠の討伐に行ってもいいか。死霊術は苦手でね」
「あ、その依頼、私も見つけてました」
「それなら俺も行きたいんですけど」
リオとマーラ、イザヤクは魔物の討伐依頼を請けるらしい。
「じゃあ、俺とリイサで屋敷に乗り込むか」
「了解です!」
皆、それぞれ島の探索を開始。罠班は、どうしても調べてから動きたい性分なのかもしれない。
屋敷の庭は、柳の木やガーゴイルなどの石像が置いてあり、ちゃんとホラーの雰囲気が醸し出されていた。
「え!? 観光客が来たの!? ちょっと待てよ!」
「あたし包帯巻いてないわ!」
「台詞覚えてないよ!」
庭の陰から声が聞こえてくる。
召喚術の資料を見たいだけなんだけど、ちょっとした観光事業に付き合わないといけないのか。