153話「町の終わりは歌声と共に」
トレントの町は支柱トレントたちが動き出したことで、建物が倒壊。メキメキと音を立てて枝が折れていく。住民のアルラウネやドルイドたちは逃げ惑っていた。
位置替えの魔法を使うドルイドたちは、混乱に乗じて老樹トレントを移設しようとしているが、側近のアルラウネたちに反撃にあっているところだった。
「コタロー、どうすりゃいい?」
ロサリオが老樹トレントの側近たちが放つ魔法を弾き返していた。
「どうもこうも、とりあえず老樹トレントの枝を斬り落とすか。支柱もなくなっちゃって邪魔だろう? どっちにしろ剪定はしないといけないんだろうから」
近くで呆然と町の様子を見ていたフロッグマンの剪定師に一応聞いてみる。
「老樹トレントの枝は切っていいですかね?」
「ああ、これはもう元には戻らん。あんたたち、切るのか?」
「ええ、支柱のトレントに邪魔して来たら、切ると言っておいてください」
「いいだろう。夜中だから、間違えないようにな」
「わかりました」
フロッグマンは本当に俺たちがトレントの枝を切れるのかどうか訝しげに見ていた。
「斧を見つけてきました!」
ハピーが人数分の斧を見つけてくれた。
「側近のアルラウネたちは倒していいんだよな?」
「ああ、気絶させればいい。あんまり薬は効かないかもしれないから慎重にね」
「了解」
ズバンッ!
ロサリオが近くの枝をきれいに斬り落とした。ランプが掲げられ、住民たちが見に来ていた。
「切り口から病気や呪いにかかるかもしれないんで、薬を持っているフロッグマンは樹脂に混ぜて塗っておいてください!」
声をかけると、急に住民たちが動き始める。なにがなんだかわからないうちに町が崩壊して呆然としていたが、指示を出されれば動き出してしまうようだ。
「コタローさん、それ統率スキルじゃないですか?」
アーリャが聞いてきた。
「いや、違うだろう。使役スキルで言ってみた方がいいかな?」
「その方がいいかもしれませんよ。あ、リオ隊長たちも来ました。ドルイドたちが呼んでくれたようです」
「おお、すまん! 遅れたか? 大変なことになっているな」
リオは他の三人も連れて飛んできてくれた。リオは緊急性の高い時だけは、竜の姿に戻れることにしたらしい。コロシアムから眠り薬や麻痺薬なども大量に持ってきてくれている。
「折れている枝を切るのと、邪魔してくる支柱トレントの捕縛。それから側近たちがドルイドを攻撃してくるから、老樹トレントまでの道の確保だ」
「住民たちが逃げ惑っているけど、町の外に逃がした方がいいんだろう?」
「そうだね。なるべく避難させてくれ」
こういう時は細かく指示を出すより、ざっくりと皆がやることを理解して動いた方がいい。足りないところに、俺やリイサみたいな普段罠を仕掛けている者たちが手伝いに行く。
「リイサ、フロッグマンの剪定師たちが切り口に樹脂を塗ってくれているから、間に合っていないところは手伝ってあげて欲しい」
「了解です」
「倒壊した建物に気を付けて」
俺たちはそれぞれ別の方向へと走り出した。
木を切るのも結構大変だが、老樹トレントはそもそも身体を大きくし過ぎた。スリムにしてから頂上に移設した方がいいだろう。
ボコンッ!
支柱トレントが暴れ、家屋を倒していた。青蛙仙人が潰されるほど大きな魔物だ。その上、長年老樹トレントの枝を支えていた力もある。住民も逃げるしかない。
俺も、枝を切ってロープを引っかけて引きずり倒すくらいしかできなかった。
「町内会を守ってくれていたのに……」
「ドルイドたちが移設するなんて言うから……」
逃げ出したはずの住民たちが、支柱トレントが倒れたのを見て家財道具を取りに戻ってきてしまった。正直なところ、逃げ出すか反撃してくれた方が扱いやすくて楽だ。
何もせず、ただ居られる方が厄介なことがある。
「物言わぬ者ほど、いざという時に手伝わずに、小言を言いだす」
虫使いのドルイドがいつの間にか町まで下りてきていた。
「お主たちも気づいていたのだろう。老樹トレントの言葉がどんどん減っていくのを。眠っている者に権力など集めてはいけない。いつの間にか海竜に侵略されてしまうからな。いい加減、老樹トレントを解放してやれ。期待するのはいいが、呪いに変わっていくぞ」
「そんな……」
住民たちは家財道具を握りしめたまま、ドルイドの話を聞いていた。
「人間の旅人よ。気にしなくていい。作業を続けてくれ。トレントは根から薬を吸収する。口は喋るだけだ。気を付けてくれ」
「わかりました」
俺はドルイドの言葉を聞きながら、前世で眠っている資産が多いという話を思い出した。使わずに倉庫にあるだけなら意味はない。資産は動かして役に立たなければ価値は生まれない。大手の中古ショップやフリマアプリが潰れなかった理由だ。
俺は引き倒した支柱トレントの根に眠り薬をぶっかけた。ただ大きすぎて効いているのかわからない。
ポロロロロン……!
どこからか弦楽器の調べが聞こえてきた。ロサリオだろう。楽器を見つけたのか。
「町にいるフロッグマンたちよ! 子守唄を歌ってくれないか!? 支柱トレントが落ち着くような歌を頼む。老樹トレントのこの町での生活はとっくに限界を超えている。いよいよこれから島のヌシになるべく頂上へと移設するだけだ。どうか、笑顔で見送って上げてくれないか?」
ロサリオの声が周辺に響き渡る。
ポロロロン……。
「眠れ~! 眠れ~……」
ロサリオの弦楽器に合わせて、フロッグマンだけじゃなく周辺の住民たちが歌い始めた。反撃してくる側近たちはすでにリオたちによって気絶させられているらしい。
誰も止めないからか歌声はどんどん広がっていく。
支柱トレントたちも暴れるのを止めて大粒の涙を流し始めた。
やはり住民も異変を感じとっていたのだろう。いつか来る町の崩壊をいざ目にして戸惑っているだけなのかもしれない。
共に生活をしてきた者の歌声は届くのか、支柱トレントたちは寝息をかいて眠り始めた。支柱となって数十年経つ者たちもいるらしい。
その間、ずっと住民の誕生や成長、死を見守っていたとしたら、最も思い入れがあるのは支柱トレントかもしれない。
ドルイドたちは全員で老樹トレントのもとへと向かった。マーラとイザヤクによって道の障害は取り除かれている。老樹トレントの周囲を囲み、虫使いのドルイドはハピーによって頂上へと運ばれていった。
見上げれば雲が消え、月が高く上がっていた。涼しい夜風が吹いている。
老樹トレントは音もなく眠ったままドルイドたちによって移設された。
歌声と共に一つの町が終わりを迎えた。