152話「ドルイドたちの役目」
アルラウネやドルイドに古着を渡していたので、買い付けの方は上手くいった。ただ、老樹トレントの現状を説明すると、青ざめたり空を見上げたりしている。
「大丈夫ですか?」
「過ぎた力は身を亡ぼすのだろうね」
「我々のような長寿の魔物から新しいリーダーを作るというのは難しいのだ」
アルラウネもドルイドも困ったように肩を落としていた。
「でも、先代は立派だったんじゃないですか? この前、頂上付近にある泉に行ったんですけど、枯れていても静観な雰囲気がありましたよ。酒の匂いがしていて、虫も蛙もよく育っていましたから」
「神域に行けるのか?」
「俺たちのうちの何人かはレベル50を超えていますから」
「そうか……。移設の時が来ているのかもしれん」
「我々の声も聞きすぎているのもあるでしょう。老樹トレントは与えすぎているから魔力も足りなくなる」
「海竜の活性化計画のタイミングも外してしまったし、いい時期にいい旅人も来ている」
「流れか?」
「流れだろうな」
ドルイドたちは自分たちだけで話し始めてしまった。
「旅の人間よ。すまぬが、今の老樹トレントの話をこの山にいるドルイドたちに話してもらえぬか?」
「構いませんよ。というかそのつもりでしたけど……」
「山の裏にいるトレントの若木たちがドルイドを匿っているはずだから、彼らにも伝えてほしい」
「わかりました」
「その後、ドルイドの中から誰か一人を神域に連れて行ってくれ。後はこちらでやる。海竜の件は、そちらの計画に任せる。フロッグマンたちの毒薬を信じているし、元々同じ島民だ。存分に山の毒草を使ってくれ」
「承知しました」
ドルイドたちは老樹トレントを神域に移設するつもりらしい。指揮系統がどうなっているのかわからないが、別に老樹トレントの周りにいる者たちが偉いというわけではなかったようだ。
他の里に行き、ドルイドたちと話をしてみると、やはり驚いた後に、こちらが神域の話をすると移設の話が出ていた。
「老樹トレントを移設するんですか?」
「ああ、元々我々が位置替えの魔法を習得するのは、土地の栄養がなくなった時に大樹を移動させるためだ。今の老樹トレントは森の中で植物たちの声を聞きたいと、今の土地を選んで十分に大きくなったが、中身が足りなくなってしまった。自分を見つめる時間、島を見つめる時間よりも周囲にかける時間が増えた結果だ。だが、もう身体を大きくさせるのは十分だろう。少し一人の時間を増やした方がいい」
「でも、トレントの町から反対の声は出ませんか?」
「出るだろうな。だが、それほど意味はない。一度できた流れはそう簡単には止められんよ。不思議だな。時代の変わり目に、こうして適した旅人が来るのだから。山の裏に行くなら虫使いのドルイドには気を付けてくれ。『役目の件』を言えば、話くらいは聞いてくれると思う」
「わかりました」
ドルイドたちは樫の杖を用意していた。
俺たちは月も出ていない闇夜に、ハピーに運んでもらって、山の裏側まで行った。枝葉の少ないトレントの若木たちが眠っている。
「魔力探知に切り替えて、ドルイドを探そう」
「了解」
「すでに匂いがしていますよ。ドルイドの古い木は独特な香りをしていますから」
「それがわかるのはアーリャだけだろう。俺が最大限嗅覚の能力を上げても……、潮風の香りの方が強い」
やはりウェアウルフは感覚器官が鋭いようだ。
「そうですか? こっちですよ。足下気を付けて」
「足元は見えてるよ」
小さな森に入ると、蛍のような虫が身体の周りに飛び始めた。
「お前たちの主人のもとに連れて行ってくれないか?」
使役スキルを使って虫を誘導し、眠っているドルイドたちのもとへ案内させた。
「おおっ、これはまた珍妙な客がやってきたな」
寝ていたと思っていたが、地面に伏せてこちらの様子を窺っていたらしい。
「旅の者です。『役目の件』で話を聞いてもらいたいのですが……」
「ん? うん。そうしたか……」
役目の件と言っただけで、だいたい伝わってしまったようだ。
「わかるんですか?」
「老樹トレントの移設だろう? 前からそんな空気は感じていた。神域と言っても旅の者にはわからないか、頂上付近に位置替えの魔法で移動させるんだ」
「わかりますよ」
「種族の役目ならば我々も従う。だが、トレントの若木たちはどうなる?」
「それはわかりませんが、海竜はフロッグマンたちの毒薬で足止めして、コロシアムの闘技場に位置替えして対処するのが一番確実だと思いますよ」
「ああ、そうだな。そうか……、里のアルラウネたちとも連携するということだな?」
「そうです」
「なら、コロシアムに行かせるか。せっかく鍛えたのでな……。ん? お前さん、吸血鬼でなく人間か?」
「ええ、吸血鬼に見えますか?」
「肌が白すぎるからな。人間とも交流しているのか。だったら、風に強い針葉樹を輸入できんか? 海岸線に植樹したい」
「防風林にするわけですね」
「そうだ。金はトレントの若木たちに稼がせるから」
「わかりました。辺境で倉庫業をやっているので、手紙を送っておきます」
「頼む。ああ、大樹の移設など、何百年ぶりだろうか……」
「ドルイドの一人を神域に案内しろと言われているんですが……」
「ああ? そんな身体で、レベルが高いのか?」
「ええ、一応50は超えていますよ」
俺がそういうと、ドルイドはアーリャたちを見た。
「我々の教官です。たった一人で大陸の沼のヌシを倒せる実力はありますし、奈落の遺跡の探索者でもあります」
「そうか……。虫の使役もできるようだし……。人間は見かけによらぬな。虫使いの一人を連れて行ってくれ。準備ができ次第、こちらも行動を開始する」
「もし、老樹トレント周りにいる者たちが反乱を起こしたら、コロシアムにロサリオというサテュロスがいるので、位置替えの魔法で連れてきてください。俺と同じくらいの実力はありますから」
「わかった」
俺たちは虫使いのドルイドと共に、頂上へと向かった。
ハピーがドルイドを運んでいる。「重いぞ」と言われていたが、問題はなさそうだ。
「お前さんたち、本当にレベルが高いのだな?」
虫使いのドルイドは感心したように聞いてきた。
「ええ、まぁ、それなりには高くなりましたが、それだけで万事解決とはいきませんよ」
「そうだな。だが、そこまで上げないとわからないこともあるのだろう?」
「そうですね。他人と自分をあまり比べなくなりましたね。他人のようになるよりも、昨日の自分を越えようと思った方が自分自身は変えられると思うようになりました」
「それだけで、そのレベルになっているということは戦術の理解度が高いのだろう。経験値もやり方次第か。今度、トレントの若木たちにも稽古をつけてやってくれ。今は感情ばかりが先行しているから」
「いいですよ」
頂上付近に辿り着き、洞に入った酒の匂いがしてきた頃、東の空が白み始めていた。
老樹トレントが来るということで、泉周辺を草を毟り、枯れ木を片付けていたら、突然大きな虫が飛んできた。
「おっ! 救援が必要らしい。たぶん老樹トレントの周りが、反発しているのだろう。行ってやってくれ」
「いいんですか?」
「ああ、付近に大型の魔物がいないだろう。あとはポータルの役目を果たすだけだ」
俺たちは、虫使いのドルイドを置いて、トレントの町へ駆け下りていった。




