150話「支柱トレントの告白」
翌日、老樹トレントが起きたと報せを聞いて、話を聞きに行こうとしたら、町の内外から魔物たちが大勢詰めかけていて、話を聞くどころじゃなく順番待ちで二日ほど待たなければならないことがわかった。
「なんだ、それ?」
「じゃあ、尋問とか無理じゃないか」
「誰も老樹トレントを無視できないし、捕まえることもできない」
「でも、海竜に対抗できるのは老樹トレントだけだと思っている住民たちが多いようですが……」
「聴覚スキルで老樹トレントの声を拾ってみろ。取り巻きから説明を受けて『よい……』と答えているだけだ。起きているのか眠っているのかわからんぞ」
リオの言うとおりだった。
「長寿になると、どうしても社会構造の維持に向かうのはなんでだろうな」
「それでしか成功していないからじゃないか」
「魔物の発展という観点からすると無駄なことだ」
「これがこの島の呪いだな」
「一瞬消えた支柱トレントは、老樹の声を聞いたことがあるのか怪しいぞ」
「もう、これは支柱本人に聞こう。嘘を言っていたらわかるかもしれん」
下手人と思しき、支柱のトレントは町はずれにあり、毒草に囲まれながら少しだけ傾いていた。
マーラたちも調査したが、興奮剤に使われるような毒草ではなく、麻痺薬に使われる毒草だと言っていた。
「普通に喋りかけてみたんですが、特に言葉は発しませんよ。目は動きますし、口はあるんですけどね」
「まぁ、不審な人間が現れたら口も開かないか」
「ハピーたちも喋ってみたか?」
「ええ。近づくんじゃないという木の葉で攻撃されました。毒草を守っているのかもしれません」
「アルラウネが一人、やってきて結局追い払われてしまいましたが……」
「フロッグマンやドルイドじゃなくて、アルラウネ?」
「ええ。アルラウネの薬師なんじゃないですかね」
「毒草を育てている?」
「ええ」
行ってみると、アルラウネが肥料を撒いていた。
「こんにちは」
「ああ、またあなたたちですか? 支柱のトレントに話しかけても何も答えませんよ」
そのアルラウネは普通に話し始めた。喋れるアルラウネもいる。
枯れた木の葉が舞っていた。トレントも「帰れ」と言っているのか。ただ、ここまで意思表現ができるならコミュニケーションは出来そうだ。
「この支柱のトレントの世話をしているんですか?」
「そうです。傾いてきているでしょう? 根に問題があるんですよ。今は大きな地中の魔物が来ないように毒草を育てて守っているところです」
「なるほど、そういうことですか。でも、ここまで傾いてしまっていると、この支柱トレントを支えるつっかえ棒が必要なんじゃないですか?」
「そうなの。でも、見てよ。地中の魔物のせいで地盤がこんなに緩くなってしまって……」
地面には掘り返されたような跡があった。
「魔物を駆除して、地盤を固めてからってことですか?」
「そういうこと」
「これは自分で掘り返したということはないですか?」
「え? なんでそんなことするの? だって老樹トレントの支柱よ。ちゃんと計算して支柱になっているのに、動いたら意味がないでしょ」
「でも、ちょっと用事が出来たとかで、移動することはできるじゃないですか?」
「老樹トレントの枝って重いのよ。もう何年も経っているから、そんなことしたら傾いちゃうんじゃ……」
「だから、傾いているのでは? 修行中の駐在さんに話を聞いてみたら、夜、いなくなっていたのを見たと言っていて、修行中で疲れていたのかもしれませんがいついなくなったのかによって話が変わってくるんですよね」
俺の足下にはらりと木の葉が落ちてきた。目を開けていたトレントはつぶっている。
「どういうこと?」
「隣の山の麓付近で、潰れて圧死した青蛙仙人が発見されました。その日と同じ時であれば、状況からみるとトレントが召喚、または位置替えされたと考えるのが妥当じゃないかと」
「そんな事件が……!? でも、さすがにそれはないんじゃないかしら。召喚術にしろ位置替えにしろ契約がなければいけないわよね? トレントになってから一度も喋っていないし、ここの支柱になってからは、誰かが訪ねてくるなんてほとんど見ていないわ」
「本当に? トレントになる前の契約が有効だったとは考えられないですか?」
「一応、支柱のトレントは重要な役割なので、身辺調査はするはずです。何かがあればなれないはずなんですが……、隣の山と言いましたか?」
アルラウネは思い当たるようなことがあるらしい。
「ちょっと待ってくださいね。調査報告書をもう一度読み直しますから……」
ヒュッ。
見上げれば支柱トレントの枝が迫ってきていた。
スパンッ。
「動いちゃダメなんだろ? 支柱トレントさん」
リオが枝を刀で切っていた。
「なに? なにが起こったの?」
「証拠隠滅をしようとして、俺たちに阻止されたんだ。やったと言っているようなものじゃないか」
ざわざわざわ……。
木の葉が舞い、一陣の風が吹いた。
「まぁ、いい。老樹トレントのカリスマ性は落ちた。これ以上、支柱トレントになりたいなどというものはいないさ」
目を見開いたトレントが口を開いた。
「トレント……!」
「駐在もいないし、すでにここに縛り付けられているというのに、私を逮捕などできないよ」
「なんで青蛙仙人を殺したんですか?」
ボコボコボコ……。
そこら中の地面が隆起し、地中にあった根が張り巡らされていく。
「単純な話だ。アルラウネ時代に虐めていたゴーレムが、あの爺の薬のせいで人気になったからさ」
「コロシアムのジニーの話ですか?」
「知っているのかい? あのメスが、締め落としていった男の中に私が惚れた男がいたんだ。フロッグマンのいい剪定師だったのに……。金が足りずコロシアムに出て、ゴーレムに惚れちまった……。全部原因は青蛙仙人が作った惚れ薬と聞いてね。もしも、殺せるタイミングがあるならとドルイドと契約していたんだ」
「それで、よく支柱になれたな?」
ロサリオが驚いていた。
「老樹トレントにもう何かを判断する能力はない。誰だって手を上げればなれる。老樹は成長に力を使い果たしたんだろう。トレントになるとよくわかるよ」
「俺たちは遠くの音を聞き分けるスキルがあるんだが、あれは本人の意思は残っているのか?」
「わからない。たぶん、ないだろうな。私も声というより、呻きに近いものしか聞いたことがない。世話役のドルイドやアルラウネがこの山で起こっていることを決めているのさ」
「そうか……」
「きっと町民のアルラウネや剪定するフロッグマンたちもそれを、わかっているのに、他に誰に聞けばいいのかわからないから集まっているだけだ。あんた、ドラゴンだろ? 一度、この山を焼いてくれないかな? 海竜が来て壊してくれた方がよっぽどこの島のためになるよ」
支柱トレントは、老樹トレントの枝を払い退けながら、大きく息を吸っていた。
「さて、逮捕できないなら殺すかい? 一思いにやっとくれ」
「いや、それをやるのは俺たちじゃない。この島がたちいかなくなっていることを町民に報せてあげてくれ。あなたを裁くのはこの島の法だろう」
「……はぁ、死ぬよりも面倒なことがあるなんてね」
俺たちは町の宿へと戻った。
「あの支柱トレントは結局、興奮剤や魔物攫いとは関係がなかったということですか?」
イザヤクが聞いてきた。
「ああ、たぶん老樹トレント周りが考えている計画の一部なんだろう」
「私怨のイレギュラーがあったから、大きな事件が見えてくることもある」
「リオ隊長、組織犯罪ということになるんですかね?」
「島の運営に関わることだ。島にいる魔物全員にこの話をしてから、中央には報告したほうがいいかもしれん。とにかく海竜の対応策は考えないと……」
その日の夜に、俺たちは下山した。