15話「配達業から始めますか」
翌朝、持って帰ってきた剣に『もの探し』のスキルを使ってみた。
黄色く光る紐が空へと伸びていった……、と思ったら、すぐに止まり、山の森の奥へと飛んでいく。持ち主は案外近くにいるのか。
「おはよう。何してんの?」
アラクネさんはぼさぼさの髪を梳かしながら外に出てきた。
「おはよう。昨日の剣を『もの探し』のスキルで見てみたら、近くに持ち主がいるみたいなんだ」
「そうなの?」
錆びて柄も汚い剣だが、持ち主がいるなら少しきれいにして返した方がいいだろう。
「少し研いで、持って行ってみるよ」
「うん。一緒に行くから、終わったら声かけて」
アラクネさんは裏の井戸で顔を洗って、家の中に入った。アラクネさんは最近、人の研究が捗ってしょうがないらしい。夜遅くまでランプの明りで、書き物をしている。
俺は井戸端で剣を研ぐ。見た目は汚いが真っすぐないい剣だ。坑道では落石事故があったらしいが、この剣は巻き込まれなかったのだろう。
きれいに研いでやれば、刃が輝きを取り戻した。柄の汚れも落とし、やすりをかけて新しい糸を巻いた。アラクネさんの糸だ。
「研ぎ終わったよ」
中に声をかけると、アラクネさんはすぐに出てきた。
俺も玄関脇にかけてあるいつもの鞄を肩にかけて、鉈だけ持って行く。
「武器、いるかな」
「山の中だから、何が起こるかわからないよ」
「あ、そうだね」
アラクネさんは腰にナイフだけ差していた。
光は消えてしまったので、もう一度『もの探し』を使って、方向を確認しながら進んだ。
そもそもアラクネさんの家が山奥にあるのに、さらに山の木々が鬱蒼としている谷間を通り、登っていく。崖がいくつもあって、アラクネさんに引っ張り上げてもらったりもした。
木漏れ日すら届かない場所に崩れた柱のようなものが立っていた。おそらく家だったのだろう。レンガがいくつも地面に埋まっている。
「宗教的な小屋だったのかしら……」
「俺にもわからないな」
お堂のようなものだろうか。
光はまっすぐに崩れたお堂の裏手にある大木に当たっていた。
「この剣の持ち主は木なのか」
今まで全く動いていなかった葉が動き始め、不意に風が吹いてきた。アラクネさんがそっと大木に触れて「ああ、そう言うことなのね」と一人納得していた。
「どういうこと?」
「この大木は元々アルラウネなのよ。地に根を下ろし、トレントへの転生途中というところかしら。その剣の持ち主とアルラウネは深い仲だったらしいわ。剣を見せてあげて」
包んでいた布を解き、大木に見せるように両手で持って行くと、地面からボコボコと新芽が幾本も伸びてきた。
無数の新芽が剣に絡み、そのまま地面の中にズルズルと引きずり込んでいく。
「形見だったようね。それにしても喋れない魔物とどうやってコミュニケーションを取ったのかしら……」
「思いが伝わることはあるのかもしれないよ」
コロン。
大きなクルミのような実が足元に落ちてきた。
「お礼かな?」
「うん。すごい珍しいことだけど、持って行っていいと思うよ」
手に取ると、重みがあり中身が詰まっている。
「トレントの実には魔力があるから、大事に取っておいたほうがいいわ」
香りがよく、嗅いでいるだけでも落ち着く。
俺は大事に持ち帰り、小さい革袋に入れて持ち歩くことにした。
「さ、もうすぐ入口の岩も壊れるでしょ」
「やりましょう!」
俺たちはまた廃坑道の入口を掘り始めた。
杭を打ち岩を割って、小さくしてから運び出す。この作業だけで2日かかっている。
ただ、その日はそれほど力を入れなくても作業が進んだ。やり方がわかっている分、作業をしている時間が短く感じる。しかも一度やっているからか、力の入れ方もわかっている。
「作業、進むね」
「小さくなって杭を打ち込みやすくなったのかな」
カンカンカンカン。
二人の作業が進み、岩が持ち運べるほどの大きさになった。
「よいしょ!」
昼過ぎにはようやく岩の撤去が終わり入口が開放された。奥には骸骨が蠢いているようだが、とにかく開いたことが嬉しい。
遅めの昼食を取り、革の鎧など装備をしてから廃坑道の奥を探索する。入口の近くにいた骸骨たちはすべて動かなくなっている。一応、背負子に入れて近くに穴を掘って埋めておいた。慰霊碑までは作れないが、弔ってやった方がいいだろう。
奥には鉄格子の鍵付きの扉があり、鍵は役所で渡されていた。
ガチガチガチ……。
「ダメだ。扉の方が錆びてる」
「鍵の意味がないじゃない」
「そう言うこともある」
奥から、ビョウッと冷たい風が吹いてくる。
「これはちょっとヤバいかもしれないわ」
「わかるの?」
「うん。結構強い魔物が潜んでいるかも。野性のアンデッド系に強い冒険者たちが対処した方がいいと思う」
「僧侶かぁ……」
「物質系かドラゴン族なら……」
「ドラゴンってやっぱりいるんですか?」
「いるけど……」
アラクネさんがかつてないほど嫌そうな顔をしている。
「嫌いなんですか」
「種族として、ここにいる魔物たちは好きじゃないと思うよ」
「横暴だったりするんですかね?」
「そう横暴だし、家父長制がものすごいから、男尊女卑が酷いのよ。もちろん種族差別もあるし、絶対にこういう辺境には向かない種族ね」
前にいた世界の古いタイプを詰め合わせたような種族だったのか。
「むしろ、あのリザードマンとかラミアは亜竜とか言われて彼らから迫害されてきた歴史があるから、ドラゴンの話はしない方がいいよ」
「そうだったんだ。危うく聞くところだった」
「私みたいな獣魔族だったらコミュニケーションもスムーズだし、商売するならいいと思う」
「鬼はどう? オーガとかゴブリンとか……」
「一族による。種族で見ない方がいい。酒ばっかり飲んでいるゴブリンもいれば、人前とか構わずに交尾するオーガもいる。かと思えば、ものすごい算額に長けたゴブリンもいるわね」
せっかくなのでいろいろ聞いてみる。
「ゴーレムの冒険者もいますよね?」
「いるわね。でも、彼らは喋れないからコミュニケーションが難しいの。人から見れば付喪神系とか物質系っていうのかしら。彼らは職人肌っていうか、踊りとかも極めようとする一族もいれば、ひたすら仲間の修理を請け負っている一族もいるわ」
「器用なんですね」
「そう。器用で偏屈。粘土板とかで会話するから、雇うなら結構大変じゃないかな」
職人気質なのかもしれない。
「あ、でもアンデッド系には強いと思うよ」
「そうなんですか?」
「防御力は高いし、怖がることもないからね。泥を食べれば、傷は回復するなんていう種族もいるくらい」
「そうか。魔物の冒険者に頼むのもいいですね」
「もっと依頼を出してほしいんだけどね。とりあえず、糸の罠を張っておく?」
「そうしよう」
鉄格子の手前にもいくつか分かれ道があり、鉱石を探している跡があった。土砂や岩盤を支えるための坑木は古くなっているものの立派な木材が使われていて、すぐに天井が崩れるようなことはなさそうだ。
「蜘蛛の巣を払って、明りを付けていこうか?」
「そうね。松明だと窒息しちゃうかな?」
「人間は結構弱いからね。魔石のランプなら酸素がなくなることはない?」
「魔石のランプなら大丈夫よ。でも、ランプ屋なんてあったかしら」
「そもそもガラス製品は見ないよね」
取り寄せとなるとまたお金がかかる。創業すると飛ぶようにお金が消えていくというのは本当だったのか。
剥き出しの岩壁に張り巡らされている蜘蛛の巣を取り、木の板で入口を塞いでおく。
山賊や魔物が入ってくることはないと思うけど、一応念のためだ。奥の鉄格子を開けられてアンデッド系の魔物を甦らせるようなことがないようにしたい。
外はすっかり日が暮れていた。
「あ、ほら、見て」
アラクネさんが指さした方を見ると、町の外で野営をしている者たちがいた。
「ラミアたちと話していたんだけど、やっぱり町に入るのが怖いと思っている魔物もいるみたい」
「そうなんだ」
野営をしているのは魔物か。普通は人間が怖がるような気がするが、この辺境の町は真逆だ。
「だから、商人の顔が見えない商店って、普通なら信用がないけど、この町ならいいと思うよ」
アラクネさんは、ちゃんと考えてくれていたようだ。
「配達業から始めますか」