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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
呪われた群島編
149/226

149話「山の神域」

 翌日も老樹トレントは起きてこなかった。

 俺たちは一日半分休みにして、適当に散策することにした。もし、何かあればすぐ宿に駆けつけるが、何もなければ街中には、何があって何がないのかを探す。


「あるものっていうのは見つけられるんだけど、ないものを探すっていうのは難しい。一度、中央の町にある店や施設を思い出してから意識してみるといい。人間たちからすると不思議なものもあるかもしれないから、どんどんメモをしてくれ」

「了解です」

「当り前ですけど、山の中だから馬車もないですもんね」

「そうだな。そういうのでいい」

「わかりました」


 マーラ、イザヤク、俺の人間三人組は、すでに昨日の事件で町ではちょっと知られていて味噌おにぎりやワサビ漬けなどを食べさせてくれた。後でバラバラに探すとして、商店街は三人揃って散策することにした。


「二人はこういう料理は苦手か」

「いえ、こんなおいしいのは人の国でも食べたことはありません」

「素材がしっかりしていて、素朴な味付けだと思ったら深みがあって満足感がすごいですね」

 二人とも食レポが上手い。

「まだあるけど食べてみる?」


 ドルイドの女性に言われるがまま、俺たちはトレントの町の料理を堪能。樹木の町かと思ったら、食に関しては文化が発展していた。発酵食品は魔物にとっても人間にとっても美味しい食べ物のようだ。


「ただ、音楽は少ないですね」

「落書きもゴミもほとんど落ちてませんよ」

「住民の魔物たちが町を大事にしているんだろう。だから駐在がいなくても治安がいいんだ」

「でも、時々暴れる魔物が出てしまうんですよね?」

「鬱憤みたいなものは溜まっているのかな。コロシアムや闘技場はないし、武器なんか持っているのは俺たちくらいじゃないか?」

「言われてみれば、そうですね。ドルイドの杖もあれは歩行のためのものですし」

「暴力の臭いが全然しないんだ」


 ドンッ。


 山の上の方で音がした。


「なにかあったか?」

「ああ、駐在さんの訓練だよ。ここは平和な町過ぎてね。身体が鈍るからと、町の駐在や谷底にある町の衛兵は山籠もりをして、研鑽を積んでいるんだ」

 道行くフロッグマンの青年が教えてくれた。


「へぇ。なるほど」

「山の上の方は、魔物も寄り付かない。神域もあるから、修行にはもってこいなんだよ」

「神域があるんですね」

「ああ、レベルの低い魔物が入れば、呪われるってね」

「どのくらいです?」

「え?」

「いや、神域に入れる魔物のレベルって……?」

「そりゃあ、レベルが50くらいはないと入れないんじゃないか」

 もしかしてこの山の駐在や衛兵はレベルが高いのか。


 街はずれに行くと、ちょうどよくリオとロサリオがいた。


「あれ? 二人とも神域に行くつもり?」

「いや。俺はここら辺にあるトレントの調査。老樹トレントの支柱になっているはずなのに、傾いてきてるって聞いてね。周辺に毒草も生えてきてるって」

 ロサリオは町の調査だそうだ。酒場に行って依頼を聞いてみたが、レギュラーの仕事はなかったらしい。その代わりにマスターが異変について教えてくれたのだそうだ。


「俺は、今、酔っぱらった山賊を壊滅させてきたところ。駐在もいないし、衛兵もいないんだよなぁ。ちょっと谷底に応援を頼むか……」

 リオは何気なく言っていたが、もしかしたらその山賊が駐在と衛兵かもしれない。


「リオ、その山賊が駐在かもしれないぞ」

「え? 嘘だろ?」

「町の人は駐在が山で修業をしているって言ってたから」

「でも、修行中に酒飲んでたぜ」

「しかも、山の頂上付近はレベル50以上じゃないと入れない神域だそうだから、滅多に魔物はいないだって」

「それもおかしい。木の洞で発行した酒がいい感じの匂いがしていたけど、それだけだったぜ。魔物がいないのはその匂いのせいだ」

 何も知らずにリオは町から出て、神域も踏破していたらしい。


「ドラゴン族からすれば、いい匂いなのかもしれないが、他の種族からすると……」

「ええっ!? 俺、荒らしちゃったか?」

「仕方ねぇ。リオの方を先に始末をつけよう。マーラたちは支柱のトレントの方を調べてくれるか?」

「わかりました……。あ、アーリャが来た」


 ウェアウルフのアーリャが、俺たちが集まっている臭いを辿ってこちらまで来てくれたらしい。


「何かありましたか?」

「リオがやらかしたかもしれないから、俺たちで確かめに行ってくる。悪いんだけど、マーラたちと別の調査に行ってくれるか?」

「了解です!」


 マーラたちを見送って、俺たちは山を登り始める。


「だんだん俺に威厳がなくなっていくんだけど、気のせいか?」

「リオ、威厳なんか保とうとしていたのか? やめておけよ。人生疲れるぞ」

 ロサリオがアドバイスをしていた。


「やっぱりか。うすうす気づいてはいるんだけど、出世は諦めていいかな。俺には軍とか闘竜門みたいなピラミッド構造の組織は向いてないみたいなんだ」

「でも、竜の一生は長いんだろ?」

「長いんだけどさ……。中央にいると、中央が世界の中心のように見えるけど、地方に行くと全然そんなことないだろ?」

「中央の軍とドラゴンの家父長制に嫌気がさしたんじゃないか」

「あ、そうかもしれん。レベル上げツアーが終わったら辺境に移動願を出そう。はぐれドラゴンになるよりはいい。コタローとロサリオと一緒に『奈落の遺跡』を探索していた方が向いているよ」

「挑戦してダメだったら、辺境に来ればいいさ。でも、一応、やれるだけやってみろよ。上に掛け合ってみたら、案外通ることもあるかもしれないからさ」

「そうかなぁ。あ、ほら、嗅覚のスキルを使ってみると、酒の匂いがしているだろ?」


 リオに言われた通り、嗅覚スキルを最大限上げてみると、緑の香りの他に、酒の匂いが漂っていた。


「向こうの洞窟にリオが壊滅させた山賊がいるな。血の臭いもする」

「ちょっと引っ叩いただけだ」

「先に頂上まで行ってみよう。洞の酒が気になる」


 俺たちは久しぶりに全速力で山を駆け上がった。ここのところ、ツアー参加者ばかりに仕事をさせて、体が鈍っている。海竜もいるようなので、俺たちはなるべく体を動かすようにしようと昨日話し合ったのだ。


 三人揃って、走るのも久しぶりな気がする。頂上などすぐに辿り着いた。


「感覚全部上げてみろ。すごいぞ」

 ロサリオが言った。


 スキルを使ってすべての感覚を広げると、山を丸裸にしたような気分になった。

 頂上には、おそらくトレントだった老樹があるが、今は折れて幹だけが残っているような状態だ。その中に樹液の酒が詰まっている。

 そこから漏れ出した酒が泉を作っているが、雨水と混ざり合って、虫や蛙を呼び寄せていた。魔力も吸い上げていたようで、泉の虫や蛙は大きく育っていた。


 枯れても周囲には苔が生え、地衣類も蔓延り、気持ちのいい風が吹いていた。神域と言われる所以がわかった気がする。


 頂上の老樹がもしも生きていたら、中腹にある老樹トレントはまだ若木だろうか。栄養はあるため、中腹の老樹トレントの方が幹が大きく育ってはいるが、魔力探知スキルでは薄く見えた。


「身体だけ大きくしても維持するのにエネルギーの大半を使ってしまって、事を起こすのは難しい」

「裏側も見てみろよ」

 リオに言われて、見てみると昨日話していたように、トレントの若木が大量に育っていた。ただ、どれも発育が途中で停まっているように見える。土砂崩れの影響で、山の栄養が海に流れ出てしまったのだろうか。


「スキルは取ってるんだろうけど……」

「あれじゃ海竜一頭にも対抗できないぞ。レベルも十分上がってないだろう?」

「レベルも上がっていないのに、アルラウネをトレントにしたのかな?」

「コタローが計画を立てる時に言ってるリソースの無駄遣いだよ」


 俺たちは山の頂上で老樹トレントの計画の甘さを確認した。

 泉の水を回収して少し山を下り、リオが倒した山賊を回復させ、尋問を始める。


「君らトレントの町の駐在と衛兵だろう? 修行中に酒を飲んでいいのか?」

「山の魔物は騙せても中央の衛兵隊長は騙せないぞ」


 リオが凄んだところで、山賊たちは口を割った。


「俺たちはここで酒を飲んでいるだけで、海竜討伐の英雄になれると聞いて、駐在になったんだ」

「俺もそうだが、言われた以上に修行はしたんだ! 位置替えの魔法も使えるようになったし、山の裏側にいるトレントたちにだって負けやしない!」

 背の高いドルイドたちは必死に説明していたが、俺たち三人には全く伝わらなかった。


「同じ衛兵のよしみで言っておくけど、山の中でどちらが強いかなんて一歩外に出ればどうでもいいことなんだぞ。いいか? そうじゃなくて、どうやったら海竜を討伐できるのかを考えてくれ。今みたいな酔っ払いのままじゃ、弩を作ってる職人の方が動けそうだ。はっきり言えば、騙されたんだよ。酒飲んでるだけじゃ英雄にはなれん」

 リオがはっきりと説教した。


「そんな……」

「島から出てみることを勧めるよ。ここ最近で、何か変わったことは山で見なかったか?」

「いや、別に……」

「いや、あるだろ」

「言ったって信じてくれるわけないだろ」


 駐在と衛兵が揉めている。


「なんだ? 何でもいいぞ。とりあえず言ってみろ」

「いや、夜中に支柱のトレントが消えたような気がしたんだ……」

「でも、無理だろう? 位置替えの魔法を使うとしたって、魔法陣の上に乗ってもらうか契約を交わさないと出来ないんだから」

「召喚術で召喚されたということは考えられないか?」

 困惑しているドルイドたちに、俺が口を出してみた。もし支柱のトレントが飛ばされて、青蛙仙人を潰したと考えると、残った痕跡も含めて筋が通る。

「召喚術かぁ……。でも、それこそ契約が必要で、老樹トレントを裏切るような者が支柱になれるとは……」

「考えにくい?」

「ええ」

「トレントになるくらいだから、それなりに長く生きているのだろう。わからないよ」

 ロサリオはそう言っていたが、老樹トレントの計画の一部だと考えると裏切りにはならない。


「青蛙仙人殺しは必要悪だったのか……?」


 駐在と衛兵がこもっていた洞窟を出て、俺はぼそりと呟いた。

 


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