148話「島のヌシとしての計画」
人間が老樹トレントでの事件を止めたという噂はすぐ山に広まった。
リオ班とロサリオ班も合流し、情報を共有した。
「マーラとイザヤクのお手柄だ」
「レベルが上がっているので、これくらいは当たり前です」
「それでも、すぐに行動に移せるのは洞察力が付いているということさ」
「連携も速かった。ちゃんとマーラが相手を惹きつけて、イザヤクがみねうちで捕縛。流れるようだったよ」
噂を聞いた宿の店主が、宿金を無料にしてくれた。
「悪いニュースもある」
言い難そうにリオが口を開いた。
「計画的に植物系の魔物が攫われているようだ」
「俺もアルラウネの里でも聞いたが、計画的にっていうのは?」
「それってトレントの反乱分子と関係があるのか?」
ロサリオ班も何か情報を持ってきたようだ。
「山の裏側でなにが起こっているのか、こちら側では知らされていないだろ?」
「まだ、俺たちは裏側まで行ってないんだ」
「こちらは森が豊かじゃないですか? でも、裏側は塩害なのか風が強いのか、森がスカスカというか……」
「細いトレントばかりが生息していました」
ハピーとアーリャがメモを見ながら教えてくれた。しかも、証言もかなり多かったらしい。
「地すべりがあって、土が痩せているというのもあるのでしょうけど、普通に根を張る樹木が少なく、トレントが密集してしまっているようですね」
「本来トレントってアルラウネが年老いて森の一部になった時に生まれる魔物なんだけど、今は移動しながら栄養を奪い合うようになっているらしい。毒沼もいくつかあったよ」
リイサとロサリオも調べていた。
「口減らしというか魔物の密集を避けるために、魔物攫いが現れていると考えていいのか?」
「それが老樹トレントの依頼なのだとか」
リオは直接魔物攫いに尋問したらしい。
「ただ、依頼を請けてやっていることで、若木のうちに移動させた方が、そのトレントのためにもなると言っていた。この島で魔物の売買は禁止されていないとも。やせ細ったトレントを見ると、アルラウネのうちに別の島へ行った方がいいのかもしれん、と思ってしまったよ」
「細いトレントたちの中には、老樹トレントの依頼を聞いて反乱を起こそうとしているけど、虫使いのフロッグマンに止められているって言ってたな」
ロサリオはトレントの若木から直接聞いてきたのか。
「関所があるわけではないけれど、どこにでも虫はいるから移動しようとした時には捕らえられて消えてしまうってさ」
「召喚術か? それとも位置替えの魔法?」
「わからないがドルイドの中には両方使える者もいるようなんだ」
「どちらにせよ、老樹トレントの町がこれだけ栄えているのに、山の裏側は闇が深いな」
リオは一枚ずつメモ書きをピンで壁に貼りながら全貌を掴もうとしている。
「その上、ここ半年の間に魔物の狂乱事件が多発しているらしい」
「しかも駐在は長い間留守なんだそうです」
「だろうな。こんな事件が多発しているのに、衛兵は何をやっていたんだとすぐに中央に連れ戻されるだろう。こちらの山にいた衛兵はすべて見なかったことにしたいのさ。これが衛兵の闇の部分だ。三人とも覚えておけよ」
リオは衛兵の部下でもある三人に言っていた。
「でも、こんなのどうやって解決できるんだ? そもそも青蛙仙人は誰が殺した? ドルイドがトレントを飛ばして、たまたま青蛙仙人がいたとか? そんな事故は、いくらでも起こり得るんじゃないのか?」
ロサリオは誰に言うでもなく、いくつもの疑問を宙に投げかけた。
「要は人口のインフレーションだ。それに伴う政策と地すべりという事故。山の西側と東側での格差。競争原理の発生と思い込み……。集団心理と、魔物だから相変異もあるのか……」
俺は壁に貼られたメモ書きを見ながら、前世の相場を思い出していた。魔物にも集団の心理があるなら、暴騰や暴落もあり得る。この状況は誰が操縦しているのかを考えれば、自ずと答えは出てくる。
「絵図を書いたのは寝ている老樹トレントだな。山のヌシが海竜に対応しようとしているのかもしれない」
「どういうことだ?」
「島にある武力の運用だよ。トレントの若木を集めて海岸に来た海竜に向けて位置替えの魔法や召喚術で飛ばすんだ。興奮剤も飲ませて、自然と戦うように仕向けているのかもしれない。ただ、老樹トレントの予想よりも海竜の襲撃が遅いから、いろんなひずみが起こっていると思えば、今の状況を理解しやすいんじゃないかな」
「でも、なんで誘拐してるんだ?」
「なるべく群れにさせないようにしているんだろう。大群の中で、興奮剤を使ったら一斉に集団が混乱する。誰が敵なのかはわからないからな。でも、わかりやすい敵、つまり海竜がいればすべての暴力は海竜に向かう。そういう計画なんじゃないか」
「だとしたら、なぜ青蛙仙人は殺されたのです?」
リイサの疑問は当然だ。
「もしかしたら、青蛙仙人が興奮剤を開発したのかもしれない。惚れ薬を開発するような熟練薬師だからな。でも、殺しは計画にはないイレギュラーなんじゃないか。俺たちの存在もイレギュラーだけど……」
「相変わらず、よくそんなことを考えるなぁ」
リオは俺に感心していた。
「いや、これはあくまでも俺が考えたシナリオだ。老樹トレントがどこまで考えているのかはわからない。でも、そう考えるのが島を守るヌシとしては自然なんじゃないかと思っただけでさ。でも、本当はアルラウネたちへの教育をすべきだったと思う。どの魔物も話せるようにして意見を交わしながら、海竜に対応すべきだった。たぶん時間がないと思い過ぎたんだ。地すべりやここまでのトレントの増加は考えてなかったんじゃないか」
人の心理が魔物でも通用するとは限らないが、今の状況を読めば、ある程度の結論に達する。
「トレントは同胞のトレントやアルラウネよりもフロッグマンやドルイドを信じたということですか?」
アーリャは真剣なまなざしで聞いてきた。狼系の魔物は、同胞への信頼が厚いのかもしれない。
「魔物の種族として考えにくいか?」
「植物の気持ちは声が聞こえないので、読みづらいですね」
「じゃあ、老樹トレントが起きたら本人に聞いてみるしかないか」
リオはいつでも真っすぐだ。中央でなら最短で真相に辿り着くだろう。
「いや、たとえコタローが言った計画を実際にやっているとしたら、旅の者には言わないんじゃないか?」
ロサリオはその辺の空気が読める。
「青蛙仙人の圧死というのは、大きな計画を立てている者からすると、やっぱりイレギュラーだと思うんだよ。興奮剤の作り方がわかっていれば、必要がないし、トレントの若木たちに寝返るなら、殺すかもしれないけれどね。むしろ、本流とは別の計画が流れてるような気がする。俺たちが、気が付いていない何かがさ」
「なんだ? 何を探せばいい?」
「たぶん、それがこの島にかけられた呪いの正体なんじゃないかな。少なくとも、このまま海竜が現れなければ、老樹トレントの島運用計画は破綻する。人治主義のリーダーが信用できなくなれば、島の運用そのものが崩壊するよ」
「探すべきは老樹の嘘と本流とは別の流れ、か……」
「ロサリオ、どういうことなんだ?」
「アーリャ、リオに説明してやってくれ」
「リオ隊長、いいですか……」
なぜかアーリャとリイサが、リオに説明していた。想定されるシナリオは、俺とロサリオで詰めていく。
夜の森を風が吹き、枝が擦れてざわめきが聞こえてくる。
窓を叩く風の音が、耳に残った。