147話「トレントの町で起こっている事件」
山の中腹に大きな樹木の魔物が鎮座していた。5階建てのビルを越えた大きさがあり、ショッピングモールくらい枝葉が広がっている。真ん中には太い幹があるが、枝も太く地面に付いたり、折れたりするため同種の魔物が支えていた。
老樹トレントは、1日の大半を眠って過ごしており、1週間ほど起きないこともあるらしい。
基本的にフロッグマンたちが樹木の剪定や害虫が来ないように見張りをして、レプラコーンなどが木材を使って、家具や小物を作っているらしい。もちろん、アルラウネが最も多いがとにかく老樹トレントの周りでは魔物が身を寄せ合うようにして、ちょっとした町ができていた。
「地面に木目が……!」
イザヤクは驚いていた。人間の町でも地面を木目作りにしている町などないという。
「山の斜面だからだろうな。それにしても、谷底の町よりも文化は発達しているみたいだな」
藤籠や竹細工まであり、木工の町という印象が強い。
「魔物が多いからでしょうか。魔力がそこら中から出てますよね?」
マーラの言う通り、魔力探知で見ると、老樹トレントから枝を支えているトレントまでどこにいるのかがはっきりわかった。
「魔法を使える吸血鬼なのか?」
植木屋スタイルのフロッグマンが聞いてきた。
「いえ、人間の魔法使いです」
「人間!? いたのか?」
「ええ、辺境では人間と魔物が住む町ができていて、群島まで知見を広げに来たんです」
「旅行者か。冒険者ではないのだな?」
「ええ。魔王は亡くなっていると聞いていますし、人間と魔物が戦わないといけない時代は終わったと考えていますよ」
マーラとイザヤクがちゃんと魔物とも受け答えしていた。旅のはじめの頃は固かったが、いつのまにか物腰が柔らかくなっている。
「そうか……。今は別の戦いがあるものな」
「戦いがあるのですか?」
「ああ、老樹もそうだがトレントたちは土の中で虫たちと戦っているし、戦略を立てて海竜とも戦わないといけない」
「海竜と戦うんですか?」
「もちろんだ。じゃないと、こんな山奥で船なんか作らないだろ? ほら、向こうじゃ弩を作っている」
確かにレプラコーンの職人が大きな弓を作っていた。船に乗せるのだろうか。
「人間はどんな戦い方をするんだ?」
「剣や魔法で戦いますよ」
「それだけ?」
フロッグマンにそう聞かれて、マーラとイザヤクは俺を見た。
「作戦を立てて、罠を張り、毒も地形も全部使いますよ。いくつかの部隊に分かれることもありますし、単独でヌシを狩ることもあります」
「ヌシ? 沼にいるような?」
「コタローさんは群島に来る前に、小さな島のように大きな魔物を一人で倒してました」
「どうやって!?」
「スコップで掘って……」
「そんなバカな……。本当か!?」
笑っていたフロッグマンだが、マーラもイザヤクも真顔なので信じたらしい。
「それが最適だったというだけです」
「海竜にも最適な戦い方があると思うか?」
「わかりません。俺は『闘竜門』で黒龍やバジリスクにも会いましたが、戦えはしましたよ。勝てる気はしませんでしたけど」
「火山地帯に行ったのか?」
「行きました」
「そうか……。人間もやるなぁ」
「あのぅ、老樹トレントと話せますか?」
「いや、起きていない時は無理だろう。他のトレントは起きているはずだから話しかけてみるといい。あと、人間だと言えば、きっと皆興味があるから話しかけてくると思うぞ。というか、弩を作っているレプラコーンと話してみてくれないか? アルラウネは話せない奴もいるが、粘土板に文字を書けば理解はしてくれるから」
「わかりました」
フロッグマンに言われて、弩を作っているレプラコーンに話しかけたら、ものすごい驚かれた。
「人間って本当にいるのか! こんな島によく来たな!」
レプラコーンからすれば、俺たち人間の方が妖怪か何かだと思っていたらしい。
「海竜用の弩を作っているって聞いて」
「ああ、作ってはいるんだが、果たして海竜の鱗を貫けるかどうか。竜に会ったことはあるか?」
「ドラゴン族の友達がいます。この島にも来てますよ」
「本当か? 強いのか?」
「強いですね。身体の耐久力もそうですが、戦況を見極める能力や一瞬で火力を最大化できるところが」
「え……。いや、炎のブレスが強いとかそういうことではないのか?」
「まぁ、そういうのも強いですけど、基本的には言葉を操りますから、思考力がありますよ。そっちの方が敵に回したら厄介だと思いますよ」
「あ、そう言われると確かにそうだな。ってことはどんなにすごい弓を作っても当てられないってことか?」
レプラコーンは呆然とした顔で俺を見てきた。
「強い武器を作るのも大事ですけど、当たらないと倒せないですからね。どっちも大事です」
「そうか。そうだよな……。船を乗る魔物たちを鍛えないといけないよな?」
「誰が乗るんです?」
「それで揉めている。塩害があるから、植物系の魔物は乗りたがらないんだ。かといって陸からでは海竜まで届かないし……。人間、頼めないか?」
「俺たちが、海竜と戦う時に、弩を使うのは出来ますけど、どうやって現れるのかもわからないですからね」
「海から来て、島を荒らしていく。なんでも食べるし、群れで現れると港町は壊滅するんだ」
「そこまでの被害が出るなら、たぶん戦うと思うんですけど、ドラゴンの群れと戦うんですか……。それって頻繁にあることなんですか?」
「群島の一部では、あることだ。被害に遭っていない島もあるし、そこまで危険だと思っていない魔物もいるよ」
レプラコーンの職人と話していたら、通りが騒がしくなってきた。
「まただ!」
「アルラウネが暴れ出したぞ! 誰かが茶に興奮剤を入れたんだ!」
暖簾のかかった茶店から、アルラウネが出てきた。木の地面から離れ、宙に浮かび、近くにいたフロッグマンから魔力を奪っていた。
「イザヤク、マーラ!」
「了解です」
「裏から行きます」
イザヤクは建物の家に一飛びで登り、老樹の枝を走り抜けていった。
マーラは杖をアルラウネに向けて、魔力の塊を放っていた。
パンッ!
魔力を吸い取っていたアルラウネの頭に、魔力の塊が当たり、注目がこちらに向いた。音もなくアルラウネが宙に浮かびながら近づいてくる。
イザヤクはすでにアルラウネの背後にいた。あとはタイミングだけ。
アルラウネが大きく息を吸うように胸を膨らませる。何か口から吐き出すなら、俺たちの背後にある武器屋が被害に遭うだろう。咄嗟に俺は、アルラウネの四肢と頭にアラクネの紐玉を投げていた。
一瞬だけ、アルラウネの動きが止まった。
「御免」
枝葉の隙間から日の光が差し込み、イザヤクの刀が光った。
コツンッ。
みねうちによってアルラウネは昏倒。アラクネの紐で縛り上げた。
見ていた町の魔物たちが「おおっ」と感嘆の声を上げる。
「衛兵はいますか?」
「すまない。駐在は長い間留守になっているんだ。誰かすまないが、ドルイドの爺さんを呼んできてくれ。アルラウネの口の中を洗って、興奮剤が抜けるまで待ってよう」
野次馬のフロッグマンが声を上げていた。
「よくあるんですか?」
俺はフロッグマンに聞いてみた。
「最近になってからだ。どうも山に妙な魔物が現れたみたいでね。お前たちはいつからこの島に来た?」
「数日前です」
「そうか……。だったら違うかもな。ここ半年くらいの間にアルラウネ、ドルイド、フロッグマンが突然、暴れ出す事件が相次いでる。変な薬が出回ってるようだ」
別の事件もあるのか。