146話「聞き込みは古着と共に」
アルラウネの里に行くと警戒しながらこちらを見てきた。
「すまないね。ここには何もないよ……、おや?」
里で唯一喋れるというアルラウネが俺の身体をおもむろに触ってきた。
「まさか人間かい?」
「そうです。吸血鬼でもなく普通の人間です。辺境からやってきました」
「いやぁ、人間と魔物の町を作るとは聞いていたけどね。この島に人間がやってくるのなんて400年ぶりくらいなんじゃないかな。驚いたよ」
アルラウネは、同族のアルラウネたちを呼んで、なぜか俺の体を触らせていた。触ると何かがわかるのだろうか。
「旅の人間がこんな島のこっち側に来たなんて、本当になかったことだからね。すまない」
「いえ、あのぅ、島の反対側で青蛙仙人が死んだという話は伝わっていますか?」
「青蛙仙人が死んだ!? いつ!?」
「つい先日のことです。俺たちは酒場のレギュラーで青蛙仙人の行方を探していたら、潰れた死体を見つけてしまって……」
「圧死か。どうやって……?」
「それを探していまして」
「なるほどね。あ、巨大化の薬はないよ。あったらもっと使って、魔物攫いを懲らしめているさ」
「魔物攫いが来るんですか?」
「ああ、こっちの山じゃ、去年あたりから野生のアルラウネ、ドルイド、マンドラゴラが盗まれていてね。こういう里でも夜中にアルラウネが5体も攫われてるんだ」
アルラウネが60体くらいの集落だと働き手が5体もいなくなるのは結構なことだ。
「ここの産業は何をされているんです」
「目薬に使う薬草に、胃痛胸焼けに使う薬草、回復系の薬草もあるし、後は幻覚系の毒草も育てている。水がいいから食べていくのは困らないんだけど……。そうは言っても肥料がないと困るし、虫が発生すると一気にダメになっちゃうからね。防虫用の薬なんかも谷底の町から買っているんだ」
アルラウネの食べ物は水や土、あとは光合成ができれば生きてはいけるらしい。ただ、農作業で動くとなると普通のパンや魔物の骨なんかも食べるのだとか。
「狩りはしないんですか?」
「食べるためにはしないね。魔法を使ったりするときに魔力を吸い取ることはあるけれど、殺すことまではしないよ。その後、吸い取れなくなるだろ?」
穏健な魔物だ。
「魔法は何を?」
「防御魔法さ。ほら、さっきも言った通り、虫が発生したら、その畑を焼かないといけないだろ? 他の畑に燃え移らないように皆で防御魔法を使って火を止めるのさ」
まっとうに仕事をしている。
「じゃあ、本当に魔物攫いなんて現れたら大変じゃないですか」
「大変だよ。一応、衛兵と酒場にも連絡はしているんだけどね。山のことだから、里同士の嫌がらせだろうくらいにしか思われてないんだ。ここ最近は、トレントの爺さんが決めたルールに則ってやってるつもりなんだけどね。喋れないから文字も読めないと思われてるんだ。それで野生種扱いさ」
「それはおかしいですよ」
俺は魔物の言葉で地面に「おかしい」と書いてみせた。
里には段々畑が広がっている。これだけ働いている野生種なんていないと説明した。
アルラウネたちは俺の背中を擦って同意を示していた。
「人間にそう言われると、私たちも自信がつくよ」
「ちゃんと乾燥した薬草は谷底の町で適正価格を見てから売ってますか?」
「い、いや、そこまでは……。こんなボロ布を着て町に出たら笑われちゃうよ」
「服は別に……。これ、着ますか?」
俺はリュックの中にある古着を出した。
「いや、そんな……」
「人間がもらった服だと言えば、恥ずかしくないのでは?」
「俺たちも出しましょうか?」
「私の服が一番合っていると思います」
マーラが服をアルラウネたちに渡していた。
「服で外に出られないなんてもったいないですよ」
「いいのかい!?」
「ええ、どうぞ」
アルラウネたちは服を受け取るとものすごく喜んでいた。
その代わりと言ってはなんだが、乾燥小屋や農薬のための調薬小屋などを見せてもらう。それほど難しい施設はないし、人間を見て誘惑しようというアルラウネもいなかった。とにかく人間を見て驚いている様子だ。
「他の里も似たような感じですか?」
「いや、もちろん作っている薬草の種類は違うよ。回復系の薬草は何処も育てていると思うけどね。あとは、山の中腹当たりに薬草を一旦集める場所もあって、調合するための集会所もある。トレントの爺さんがいるからいろいろと聞いてみるといい」
「わかりました」
初めは警戒していたものの最後はすっかり仲良くなって、アルラウネの里を出た。
「あのアルラウネが人間を誑かすと思うか?」
「いやぁ、そもそもそういう騙すほど人間と関わっていないようでした」
「そうだよなぁ」
「一旦、町に戻って古着を買い込みませんか? この先で話を聞くのに服があった方がもっと聞き出せそうですし」
「そうだな」
俺たちは町に戻り古着屋で女性物の古着を買い、アルラウネやドルイドの山里を回ることにした。
町では奴隷商がある地区を通り、アルラウネが売られていないか見ておく。ゴブリンや猪顔のオークなどはいるが、アルラウネはいなかった。
「まぁ、力仕事には向いてないから働き手にはならんからな」
奴隷商の親父はそう言っていたが、あの段々畑を見る限りそんなことはないと言い切れる。労働市場としてはかなりの優良人材だろう。気づいた者たちが攫っているのか。
ちなみにゴブリンたちは元海賊や元山賊の犯罪奴隷で、扱いが難しいという。
「よし、肥料とお酢も買ったから、これで回るか」
「そうですね。アルラウネもかなり驚いてましたから、こういう手土産があった方がいいんでしょうね」
「しかも山が違うだけで社会も違うようですし」
「確かに」
昔、山を越えると違う国と言われていたような国で育っていたからか文化的な差異があるのには慣れているが、イザヤクもマーラも新鮮に驚いている。魔物だから、食べるものが違うのは当たり前だが、家や衣類で文明度が分かれているのかもしれない。
山道を大きく迂回しながら、登っていくとドルイドの里があり、鎮静剤に使う薬草を育てていた。
「人間、本当に服を貰っていいのか?」
「どうぞ。その代わりにいろいろ教えてください」
「それは構わないけれど、ワシらは人間のことを知りたいよ」
杖を持つドルイドに魔法を使うのか聞いてみた。
「使うぞ。位置替えの魔法だ。知っているか?」
「対象と誰かの位置を変えるということですか?」
「まぁ、そうだな」
俺は思わずイザヤクとマーラを見てしまった。青蛙仙人を殺す方法がまた一つ見つかったかもしれない。
「それは魔物同士でしか無理ですか?」
「まぁ、そうだな。いや、人間がいるなら人間でも使えるはずだ。一日一回、せいぜい二回くらいしか使えんが……」
「それって大きさや入れ替える距離によって魔力消費量は変わりますか?」
マーラがドルイドに聞いていた。
「それほど変わらんよ。入れ替える魔物からも魔力を貰うからなぁ」
「それってドルイドなら誰でもできますか?」
「ああ、いや若い者たちは使えんかもしれん。300年くらい生きていて、杖を持ってるドルイドなら、誰でも知っているんじゃないか。ただ、大きい魔物を位置替えしたらバレるぞ。しかも事前に入れ替える魔物にまじないをかけておかないといけないし、結構面倒なんだ。それで荷物を運ぼうなどとは思うなよ。途中で事故を起こすと魔物が半分になってしまう事故が多発したことがある」
「それって召喚術でも同じですかね?」
「さあ、召喚術はわからないからなぁ」
「ありがとうございます」
聞いてみるものだ。調査していけば行くほど、青蛙仙人を潰す方法が見つかっていくのかもしれない。