143話「青蛙仙人は、誰がどうやって潰したのか?」
泥人形のジニーはコロシアムで人気の闘技者だった。
以前は一度も勝ったことがない泥人形だったが、今は陶器のような白い肌で艶めかしい不思議な踊りを繰り出し、相手が戸惑い、見惚れている間に、身体に巻き付いて締め落とすという玄人好みの試合をするらしい。
「寝技の熟練者なんているのか……」
「どんな方法でも勝ちさえすればいいんじゃないですか?」
「いや、そうなんだけど、武器は使わないってことなのかな?」
「踊りだけなんですかね」
コロシアムの職員に、ジニーへの面会を頼んでみたがあっさり断られた。ファンが多いので相手などしていられないという。
「ジニーが持っている惚れ薬を作った青蛙仙人の捜索をしたいんですよ。俺は『もの探しスキル』があるので、欠片でもあると助かるんですけど」
「そういうことか。ちょっと聞いてみてやるよ」
職員の亀の魔物は奥へと引っ込むと、泥人形のジニーを連れてきてくれた。
「なに? 青蛙仙人がいなくなったの?」
陶器のような顔のジニーがゴーレムのようにジェスチャーで話してきた。
「そうなんですよ。惚れ薬の瓶の欠片でもあれば見つけられるんですけど……」
俺もゴーレム族のジェスチャーで返すと驚いていた。
「ゴーレムの言葉がわかるの?」
「ええ。得意先にゴーレムがいるので……」
「そうなんだ。ちょっと待ってて」
ジニーは奥へと引っ込み、わざわざ惚れ薬の空き瓶を持ってきてくれた。
「嫌な思いをして飲んだ薬だけど、これで勝てるようになったから、大事に取っておいたんだ。作った青蛙仙人が死んでたら、惚れ薬のレシピを調べておいてくれる? 見つからなかったらその方がいいんだけど。こんな薬、誰も使わない方がいいのよ」
硬い表情でジニーは語った。
確かに、ジニーの顔を見れば、危険な薬であることは理解できる。常にほくそ笑んで異性を誘っている雰囲気を醸し出しているが、その表情しかできないということだ。コロシアムで勝てるようになったし、人気になれたのは薬のお陰だが、使用者が増えれば悩みも増えそうだ。
「誰かを惚れさせたいなら、正直に思いを伝えてダメならすっぱり諦めることよ。私は誰にでも惚れやすくなったから、締め技しかできなくなったもの」
武器を使うと「殺してしまう」と一瞬でも考えてしまい、攻撃も守備も鈍るのだとか。その分、相手をよく観察する時間は増えて、優しく締め落とせるのだとか。
「ありがとうございます。ちょっと借ります」
「惚れ薬のレシピが見つかったら、燃やしておいてね」
「わかりました」
俺は惚れ薬の空瓶に向けて、『もの探し』スキルを放つ。黄色い光が頭上高く浮き上がり、森の中へと向かっていく。
森に入ると、フロッグマンの養蜂家たちが蜂蜜を取っているところだった。
「今年は豊作だ。蜂蜜が美味しい季節になったから、旅の魔物も食べて行くといい」
「ありがとうございます」
杖をついた養蜂家たちはて手を振って見送ってくれた。杖で虫を操るらしい。
俺たちは養蜂家たちの脇を通り抜けて、光の差す方へと山を登っていく。カエル島には二つの高い山があり、フロッグマンの他に虫系の魔物や植物系の魔物も多いと看板が出ていた。
「アルラウネの野生種もいるらしいので気を付けてください。人間の男を惚れさせて、生気を吸い取ってしまいますから」
「そう言えば、辺境でもそんな話を聞いたことがあるな」
アルラウネの思い人の遺体を見つけて、形見の剣を届けたことがある。その時にもらったクルミのような実で命拾いをした。
「まぁ、魔物も誘われたらついていくだろ?」
「我々、爬虫類系は疑り深いですから、ついては行きませんよ」
「本当に? トカゲの串焼きを差し出されても?」
「ん~、それはちょっと……」
リザードマンのリイサは、トカゲの串焼きを好んで食べている。傍から見れば共食いに見えるが、屋台にあれば必ず買っていた。
「考えるだろ? それぞれ弱点がある。そこを狙われたら、ひとたまりもないさ」
「コタローさんにとってはアルラウネの誘惑が弱点ってことですか?」
「いや、俺は相場かな……」
「なんですか、それは?」
「この世界にもあるけど、なかなか可視化されていないものだよ」
「へぇ~」
いつか先物取引ぐらいは出来るようにしたい。
「おっ、近づいてきた。ここら辺に青蛙仙人がいるはずなんだけど……」
「あれ? もしかして埋まってませんか?」
「あちゃぁ……」
山道から逸れた森の中に、少し開けた場所があった。木々が同心円状に折れ曲がり、藪は潰されている。
その中心に青蛙仙人の遺体があった。ひっくり返っていて、ぺしゃんこに潰されている。春先に出てきたアスファルトの蛙のようになっていた。
「これは完全に死んでますね」
「周囲も何かに押しつぶされた跡があるけど、土魔法か何かか?」
「さすがにこれほど大きな土魔法を使える者がいたら、中央でも噂になっていますよ」
「じゃあ、青蛙仙人は何に潰されたんだ?」
「それは……?」
「しかも、押しつぶした何かを移動させた形跡がない。空でも飛んだのか?」
「いや、それこそ誰かが目撃しているのでは? こんなに大きい物が空を飛んでいたら気づきますよ。周囲の木々が折れ曲がっているくらいですから、重量もあります」
「そもそもそんな大きくて重いものがこの島にあるのか?」
「島のヌシですかね?」
俺たちは地面に埋まった青蛙仙人を掘り起こして袋に入れて回収。周辺を探索したが、足跡も雨で流され、犯人は特定できそうになかった。山道の看板を見ると、近くにダンジョンがあるらしい。
ひとまず、青蛙仙人の腐ってしまっている遺体を町の酒場に持って行く。
「そうか。青蛙仙人が死んでいたか……」
薬屋は寂しそうに、ぺしゃんこになった青蛙仙人の遺体を膨らまして身体を布で拭いていた。
「誰かが、巨大化の薬でも見つけたか。それとも別の技術なのか、今はまだわからんな。それにしてもよくぞ見つけてくれた。ダンジョンの近くであれば、誰かが通りそうなものなんだけど……」
フロッグマンの衛兵に事情を説明しておく。
「森の中でしたから」
夕方、皆が宿に帰ってきて情報を共有。リオ班、ロサリオ班ともにダンジョンや植物系の魔物について報告してくれた。
「それにしてもその青蛙仙人は誰がどうやって殺したのか?」
「これも島の呪いか?」
「巨大化の薬だろうかって衛兵は言っていたよ」
俺たちはカエル島、初日に大きな謎にぶち当たった。




