141話「蟲毒の解体」
防呪のミサンガを投げナイフに巻き直し、ヌシの目を狙う。地面に伸びる影から頭の位置を確認して投げたが、ヌシが頭を振って回避された。ヌシなら殺気を孕む攻撃はあっさり躱すだろう。
読みは当たった。
魔力の紐で軌道修正をして、瞼に一撃。
シャアアッ!
ヌシは身をよじって威嚇した。
その先には仕掛けてあった丸太罠。紐がプツンと切れて、悪意も殺意もない丸太がヌシを襲う。
ボグンッ。
小山のような主にはまるで効かないが、それでも動きが止まった。
ズリュンッ。
狙いすましたロサリオの一撃がヌシの目をくり抜く。
グォオオオッ!
ヌシが叫び声を上げながら、周囲に呪いの体液をまき散らす。森の木々や地面が石へと変わっていく。
「それは悪手だろ」
俺は石と化しているアーリャからつるはしを借りると、そのまま罠の紐を切った。
ブッ!
石の杭がヌシに襲い掛かる。
「リイサ! 罠を作動させろ!」
「りょ、了解です!」
仲間が石にされて戸惑っていたリイサも動き出した。
ズン、ズン、ズン……。
仕掛けた杭の罠はすべて石に変わってヌシに突き刺さる。
ヌシは身もだえしながら、リオに襲い掛かっていった。
「ああ、それならわかりやすい」
リオの刀が煌めいた。ヌシの残った片目が真っ二つに切れて、赤い血しぶきが舞う。
ヌシの頭が逸れてリオの脇を通り過ぎていく。
生きているのかいないのか、ヌシは蛇行運動を繰り返しながら、大木に噛みついてそのまま動かなくなった。
俺はなくなった眼窩につるはしを振り、しっかり脳を破壊した。生きていたら復活してくるかもしれない。蛇の生命力を侮ってはいけない。
グポッ。
ようやくそこで呪いが消え、石化していた者たちが動き始めた。
「よし。皆動けるか?」
「「「はい!」」」
「ハピーはコタローを港まで連れて行ってくれ。俺も飛んでいく」
リオが指示を出していた。
「リオ、飛ぶって……?」
「緊急事態だろ。竜の姿になるのは久しぶりだ」
そう言いながら服を脱いでいた。
「飛びます!」
すでにハピーが俺の肩を掴んでいた。衛兵は命令から動くまでの速度は早い。
「おう。ロサリオ、まだアナコンダがいるみたいだから頼む!」
「任せておけ」
「アーリャ、つるはし使った。血だらけですまん!」
「いえ!」
アーリャの声を聞いたときには俺の足は地面から離れていた。
「速度を上げます!」
「わかった」
俺はハピーの足をがっちり掴んだ。
水平線に日が沈んでいく。もう少し遅かったら、影がわからずヌシを倒せなかったかもしれない。
「ヒーハーッ!」
竜の姿になったリオが、真っすぐ港へと飛んでいく。ヌシくらいは大きな巨体が通り過ぎていくと風圧で少し、揺れる。
「俺たち必要かな?」
「ええ。リオさんが暴走したら止めないといけませんから」
「そっちか」
リオは空中で人化の魔法を使って人の姿に戻り、海に飛び込んでいた。着地する場所がなかったのだろう。港付近は大勢、魔物の住民たちが集まっている。
港付近まで来ると、放り投げてもらった。
桟橋に着地すると、蛇の声が聞こえた。
シャーッ!
桟橋を走り現場に向かう。海から上がったリオも追いかけてきた。
呪術師の婆さんが扉板で蛇頭の攻撃を防ぎ、ゴルゴンの爺さんが鉈を振っている。
蛇の頭が動いているのが見え、俺たちは魔物の群衆を飛び越えた。
「よく持ちこたえた! あとは……」
「任せろ!」
ヒュンッ。
俺の投げナイフが目玉を貫き、リオが真っ二つに蛇頭を割った。
周囲の魔物たちは、突如現れた俺たちに驚いているようだ。
「すまない。ヌシの本体を倒していて遅れた」
肩で息をしている年老いた魔物たちは、俺たちが笑ったのを見てようやく戦いが終わったことを理解したようだ。
二人とも後ろに尻もちをつくように倒れた。
「こんなに年寄りを戦わせるんじゃないよ」
「すみません。あの防呪のミサンガが役に立ちました。後でたくさん買い取ります」
「そうかい。なら許してやるか……」
「現役は全然レベルが違うな……」
呪術師の婆さんとゴルゴンの爺さんが声を発したことで、群衆が湧いた。
「この島の治安部隊はいるかぁ!? 中央の部隊にいるリオというものだ。蛇島の呪いに関する報告がしたい」
リオは島の衛兵たちを呼び、事情を説明。肥料屋へ部隊ごと連れて行った。壺の魔物は衛兵たちに任せよう。
「蛇の肉って食べますよね?」
俺は呪術師の婆さんに聞いた。
「ああ、もちろん。この島の料理にも使うからね」
「じゃあ、精肉店の魔物と沖仲仕の方々は手伝ってもらえますか。アナコンダをたくさん討伐しまして……」
「あんたたちまたアナコンダを倒したのかい!? この前7匹も倒したばかりじゃないか……」
呪術師の婆さんは引いていた。ただ、信じていない魔物たちも婆さんの言葉で信じてくれたようで、付いてきてくれた。
やはり討伐よりも解体の方が手伝ってくれる魔物の数を集めないといけないので難しい。
山に戻ると、ロサリオとツアー参加者たちは合計14匹ものアナコンダを討伐していた。
「ヌシに群がるアナコンダが多くて大変だった。喰えば力になると思い込んでるみたいでね」
「倒さなくちゃレベルは上がらないんじゃないか?」
「大きく成長したい願望があるんじゃないですかね」
ヌシの死体に群がったところで、アナコンダの牙では噛み砕けないし、大きさを見れば飲み込むことなど不可能だとわかりそうなものなのに。
とにかく目の前には14匹もの死体とヌシの死体がある。すでにツアー参加者たちは手に肉切りナイフを持って、アナコンダを解体し始めていた。
「ぶつ切りにしたものを、どんどん持って行ってもらえますか」
精肉店の店主や冲仲仕に向かって言った。
「報酬は後払いでもいいか?」
「もちろんです」
「干物屋も連れてくるよ」
確かに干物にしたほうが保存は利く。
「お願いします」
イザヤクがきれいに腹を割いたアナコンダをぶつ切りにしていた。皮を剥けば、骨を断つだけでちゃんと肉塊になっていく。
「革の職人たちも呼んできた方がいいか?」
「頼みます」
結局、町の職人たちがたくさん夜の山に集まってきていた。大勢いるからか野生の魔物が襲ってくることもなく、夜更けまで作業を続け、その日は終了。
翌日。泊まらせてもらった呪術師の婆さんの家から、解体作業へ向かう。
ひと眠りしたからレベルが上がっていた。ツアー参加者たちも全員、レベル30代後半になったという。リイサに至ってはぴったりレベル40になった。
「朝から皮がむけてしょうがないんですけど、嬉しい反応です。スキルは感覚器官の調節に使った方がいいですかね? 遠くで鳴いている蛙の声がうるさくて」
「ああ、好きにしたらいい。皆は、俺とは目的が違うんだから、ここから先は戦闘系のスキルや肉体を改造するスキルを取ってもいいと思うぞ」
「自動回復スキルって言うのが発生したんですけど、取ってもいいと思いますか?」
マーラは順調にチート魔術師の道を歩んでいるらしい。
「取ってみたらいいよ。マーラはもう人間というより魔物に近くなってるかもしれないな」
「いやぁ、そういうつもりはないんですけど……。就職先に困ったらアラクネ商会に入れてください」
「いいけど……」
「私たちもお願いします」
「ああ、たぶん奈落の遺跡の探索だけはあるから頼むよ」
改めて、俺たちは化け物どもを育てているのかもしれないと、沼で垢を落としていた。
解体作業二日目。
手伝いの魔物も多く来てくれたので、どんどん解体は進む。昨日手を付けていなかったヌシの解体も始まり、大きな魔石が出てきた時には、「おおっ」とどよめきが起こっていた。
リオは呪術師の婆さんや塔の研究者を連れてヌシが眠っていた山頂付近の祠を探索。
呪術師の婆さんは、
「これだけ封印しても起きるってことは誰かが封印の一部を解いたんだろう。壺の魔物たちによく尋問しておいておくれ」
と、言っていたそうだ。
祠の中にあったお札やまじないは呪術の発展には役に立つそうだ。
「レベルが上がっても、全然終わらないな」
「これでも早い方だけど……、皮を剥ぐだけでも重労働だ」
結局、ヌシの皮を剥ぐだけでも2日かかった。
一週間後、解体作業が終わり、しっかり休息をとった後、俺たちは次の島へ向かうことにした。壺の魔物たちが企んだ蟲毒の蛇バトルブームは過ぎ去り、海竜に対抗するヌシも蛇島からいなくなった。
「悪いんだけど、海竜に関してはあんたたちが止めておくれ。キングアナコンダはしばらく出そうにないから」
「修行志願者が大挙してやってきた。育つまでは海には出られないだろう。海賊でも雇うしかないかな」
呪術師の婆さんとゴルゴンの爺さんは笑っていた。
「肉だけあっても売れないんだよ。なんてことをしてくれたんだ」
当の海賊たちは文句を言っていた。
「いや、私たちの研究が進めば、海賊だけじゃなくて島民たちが儲かるようになるさ」
塔の研究者たちは、新しい呪術のお札と薬を開発するという。
港には割れた蛇の頭蓋骨が飾られている。
土産のハブ酒を樽買いして、手紙と一緒に辺境へと送っておく。
未だ群島、一島目。先は長そうだ。