140話「蛇島のヌシが起きた」
「つまり壺の魔物が、アナコンダの身体を乗っ取ってレベルを上げていたということか?」
ロサリオは状況を見ながら聞いてきた。結局、自分たちの修行は置いておいて俺たちに付いてきている。
「たぶんね。ほら、ここにある壺から魔力は感じられるだろ? でも意識がここにはないんだ。だから動けない」
「元々壺の魔物は自分では動けないのでは?」
「うちで雇っているツボッカはめちゃくちゃ帳簿を書いているよ」
「で、どうやってレベルを上げてるんだ?」
「それは聞いてみないと……」
肥料屋のゴーレムを見ると、肥料を塗りたくってレンガを飲み込み、身体を大きくしていた。
「見なかったことにしてくれないか?」
ゴーレムは野太い声で聞いてきた。
「どうだろうな。ちょっとそれは無理だと思うぞ」
「すまないが、いくら大きくなったところで、俺たちには……」
ボゴンッ!
ゴーレムはロサリオがいた地面を殴った。威力はいまいちだ。砂埃が舞うくらい。
「マーラ! 防御魔法で皆を守っておいてくれ!」
「了解です!」
「粘着液は持ってきてるか?」
ロサリオも持ってきているらしい。カバンから取り出していた。
「もちろんだ。アラクネの紐に浸して使おう」
「うん」
ゴーレムはちょこまかと動く俺たちを目で追って、上からたたきつけるように拳を振った。大ぶりなので当たる方が難しい。
俺たちは粘着液に浸したアラクネの紐でゴーレムの体を固定していく。振り下ろした腕と身体を巻き付け、足を閉じさせてぐるぐる巻きにしておいた。
「と、いうように身体が大きくなろうと物質系、特にゴーレムやマシン族なんかには粘着液が最適なんだ。覚えておくようにね」
「「「わかりました!」」」
ツアー参加者たちに教えておく。
「で、どうやってレベルを上げたんだ」
「知れたこと……。試合をし続け、限界まで身体を酷使し、大量に食べる。それ以外にレベルを上げる方法があるのか?」
精神を乗っ取って肉体を限界まで追い込んだのか。
「それで自分たちのレベルは上がらないだろう?」
「壺たちのレベルを上げる必要などない。肉体を得られる喜びがあればな」
「そうして強くしたヘビキングを売ると……」
「いい商売だな」
「臭覚のない我らは、ずっと糞の世話をさせられてきた。儲けて何が悪い。でくの坊と罵られ、役立たずと言われ続けた我らが儲かるのがそれほど悔しいのか?」
「いや、全然。俺たちは蛇島の社会を知らないし、どうでもいい。ただ、一般の者たちに被害を出しちゃダメだろ?」
「我らの被害は無視しているような連中だぞ」
家畜の糞便を回収中に、暴力を振るう者たちもいるらしい。
「身体は固いが心は脆い。ゴーレムの挨拶は知っていても、それは知らなかったか?」
「いや、知っている。種族差別がないところが魔物の国のいいところだ。それも含めて、酒場のマスターと衛兵には報告しておくよ。彼女たちも衛兵だ」
アーリャとハピーは渋い顔をしていた。
「おーい! よかった。ここにいたか」
リオとリイサが走ってきた。
「どうした?」
「いや、これは何があったんですか?」
「ヘビキングを育てていた主犯だ。そこの倉庫にある壺がアナコンダの意識を乗っ取っているところだ」
「ええ!?」
「そっちは?」
「ものすごい大きな蛇を見つけました!」
「あれはちょっとデカすぎる。ちょっとした山みたいだった」
「ああ、ようやく出てきたか……」
地面に転がっているゴーレムがつぶやいた。
「ヘビキングか?」
「いや、キングアナコンダさ。海に住む竜を食らう蛇島のヌシだ」
「海竜を食うのか。そりゃ大きいな」
「どうする?」
「レベル上げにはもってこいだろ?」
俺たちはすぐに準備を始める。
「おい、まさかキングアナコンダを倒すつもりじゃないだろうな!?」
ゴーレムが叫んだ。
「そのまさかだよ」
「無理に決まってるだろ!?」
「冗談にしか聞こえないだろ? でもな、その人間の男はここに来る途中、島のように大きなヌシを倒している」
「ハピー、このゴーレムを衛兵の詰め所まで運んであげてくれ。事情はしっかり説明してあげてくれ」
「わかりました」
ハピーは重いゴーレムをゆっくりと持ち上げ、翼を広げると一気に上空へと飛んだ。
「滑空していけばそれほど時間はかからないだろう。で、どうする? ヌシ討伐の作戦は?」
「ヌシはどこで見つけたんだ?」
「山の頂上付近だ。氷室だった場所だろうな」
「冬眠していたってことか?」
「封印されていた感じでしたよ。大型のアナコンダを追っていたら見つけました」
リイサが答えてくれた。
「封印を解いちゃったのか?」
「たぶんな。アナコンダがあんな動きをするなんておかしいと思ってたんだけど……。壺の魔物が意識を乗っ取っていたのか」
「ひとまず、アナコンダたちから討伐して、壺の魔物に意識を戻そう」
「了解です」
倉庫にいる壺の魔物は肥料の山に突っ込んで山へと向かう。
山の森では鳥が騒ぎ続けていた。異変を感じ取っているのだろう。
沼から付近の草むらに、アナコンダたちの通った痕跡がはっきり残っていた。
痕跡を追いかければいいだけだ。
「いた」
前方の森の中に傷だらけのアナコンダがこちらに向かって来ていた。俺たちを見て逃げ出そうとしていたが、ロサリオが高く飛び上がって頭の模様を一撃。アナコンダはあっさり気絶した。
「なんだ? 今さら仲間割れか」
「キングアナコンダにやられたんじゃないか?」
「海竜の前に共食いしてるっていうのか……」
「リイサ、丸太罠を仕掛けておこう」
「わかりました!」
「効くかどうかわからないが、作っておいた方がいい」
「山頂から遠いぞ」
「備えあれば患いなしって言うだろ」
丸太を振り子のように使う罠と地面から杭が飛び出す罠を山の中に仕掛けていく。
「アナコンダ一体、近づいてきます!」
マーラが防御魔法を放ちながら叫ぶ。大声を出してちゃんと自分の方へおびき寄せているのだろう。
イザヤクがマーラに向かってくるアナコンダを横から刀で斬った。
ガキンッ!
鱗に弾かれたが、イザヤクはレイピアに持ち替えて目を狙っていた。
ウギャアアア!
のけぞるアナコンダの脳天をアーリャがつるはしを振って、穴を空ける。
さらにしばらくするとアナコンダが3体まとめてやってきた。
マーラたちは危なげなく、対処している。すべて従属の魔法陣の模様がある頭部を狙っているので、おそらく壺の魔物が復活しているはずだ。周囲に血の臭いが充満してきた。
ただ、それを確認している暇はない。ヌシ対策として朽ちた大木の洞に粘着液や毒を塗り込んでおく。洞はトンネルになっているので、蛇の習性として通る可能性がある。
日が暮れ始め、山から冷たい風が吹き下ろす。
「大変です! 港が大変なことになってます!」
ゴーレムを運んでいたハピーが戻ってきた。
「港にあった蛇の石像が動き出しました!」
「え!?」
「頭しかないだろ!?」
「ええ、それが動き出して、周辺の魔物たちを襲っています」
「レギュラーは?」
「いません。ゴルゴンのおじさんと呪術師のお婆さんが対処しようとしていますが、いつまでもつか……」
ヌシが冬眠から覚めて、石化の呪いが解けたのかもしれない。
バキバキバキ……。
前方の木々が倒れた。
「ちょっとゴルゴンの年寄りに踏ん張っていてもらおう! こっちが本体だ」
キシャアアア!
周囲を凍らせながら、キングアナコンダは首を持ち上げてこちらを睨みつけてくる。
確かにリオたちが言うように小さい山ほど大きい。
プチン。
腕に巻いていた防呪のミサンガが切れていた。
「ヌシの目を見るな! 足が……」
リオは足先から石化が始まっていた。




