139話「蛇島は蟲毒の島なのか?」
蛇島には北部に海賊が集まる酒場町がある。本来は群島の港として機能していて、倉庫もたくさんあるが、どうしても海賊が紛れ込むのだとか。
クレーンやコンテナがないと荷下ろしをする沖仲仕も多く、腕っぷしに自信がある魔物たちが集まっている。類は友を呼ぶのか、それとも一々相手をするのが面倒だからか、北部の港に海賊が集まる一画を作ったらしい。
普段なら、通りに音楽が鳴り、ラミアの踊り子が練り歩いているらしいが、今はひっそりと店の奥で飲んだり、通りで蛇バトルをしているだけ。
「何かあったのか?」
「たぶん、リオさんが……」
アーリャが言い難そうに漏らしていた。
「海賊を取り締まっちゃったのか?」
リオたちはリオたちで仕事をしているのだから仕方がない。
桟橋で釣りをしている酔っ払いたちに話を聞いてみる。この辺りは蛇系の魔物ではなく、獣系の魔物が多い。
「なにがあったんですか?」
「蛇バトルの八百長がバレてな。海賊同士の抗争に発展したのさ」
「その割に、酒場はきれいでしたけどね」
「ああ、突然現れたドラゴン族の軍人が一喝よ。大きい声で何だと振り返った時には全員縛られてた。この俺も狐につままれたような気分だったぜ」
狐顔の妖狐のおっさんが釣り糸を垂らしながら、酒瓶を空けていた。
「まぁ、この酒場町で海賊同士の喧嘩はご法度だ。捕まるのはしょうがない。ほら、連帯責任で昨日喧嘩した海賊は沖に停まってる船の中だ」
見れば確かに港の船が行き来する中、船が入り江近くに停まっていた。
「仕事もできないんですか?」
「え?」
「いや、他の海域に行って商船を襲ったりはしないもんなんですね」
「ああ、そんな面倒なことはしないよ。蟲毒で出てきたヘビキングを他の群島のコロシアムに送り届けた方が確実に金になるだろ? 海賊船を運営するのにも金がかかるからな」
「ああ、そりゃそうか。この島で蟲毒ってまだやってるんですか?」
「ええ!? だって蛇バトルをあちこちでやってるじゃないか」
「あ、あれって蟲毒の一種なんですか?」
「いや、この島自体が蟲毒の島だろ?」
種族が変われば島の見方も変わるのか。
「蟲毒で勝った蛇なんてどうやってわかるんですか?」
「差配役がいるんだよ。基本的にマシン族が眠っているヘビキングを運んでくる。俺たちはそれを船に乗せるだけさ」
「じゃあ、マシン族が差配役ってことですか?」
「わからん。マシン族も冷やして運ぶだけなんじゃないか。そんなに知りたきゃ山の上の方へ行ってみろ」
他にも数人の釣り人や酒場のマスターにも話を聞いてみたが、やはり蛇島を島全体で蟲毒をやっている呪われた島だと思っている魔物が多かった。
「外から来た海賊と中で生活している魔物とは印象が違うということでしょうか」
「うん。蛇バトルなんてやっている界隈は住民が思ってる以上に広がっているのかもな」
「ヘビキングを運んでくるというマシン族が気になりますね」
「行ってみるか」
俺たちはどうもたらい回しにされているようだ。
「結局、それぞれが自分たちの仕事をしているだけで、犯人らしい犯人はいないんですかね?」
「島の因習ってことなのかなぁ。徒労に終わっているような気分ですね」
「マシン族は鉄の匂いしかしないから苦手なんだよ」
アーリャもハピーもぼやきながら山道を登っていた。
「島にいる魔物はこれだけ多いのに、世間は狭すぎるのかもな」
「どういうことです?」
「目の前にロサリオたちがいるよ」
マシン族がやっているという製油工場では、蛇の買取も行っているようで、アナコンダを討伐してきたロサリオとイザヤク、マーラが出てきたところだった。
「お、蛇を売りに来たのか?」
ロサリオが手を上げて聞いてきた。
「いや、蟲毒を追ってきたのさ。なんでマシン族が蛇の買い取りなんかしてるのか知ってるか?」
「冷やして蛇革作ったり、ハブを瓶詰にしたりしているからだろ。加工しているところを見れるぞ」
製油工場は菜種やツバキなどが実をつける時期以外は稼働していないようで、閑散期には蛇の加工をして売っているらしい。大きな蛇も他の群島の闘技場向けに冬眠させて運ぶのだとか。
「何かここ最近変わったことは?」
「変わったこと?」
二対の腕を組み、マシン族の親方が考え始めた。
「ああ、蛇バトルのブームが始まってからまるっきりヘビキングの大きさが変わったな」
「蟲毒の頂点ってことですか?」
「島に住み始めて長いから、海賊たちみたいにこの島全体で蟲毒をしているとは思わないけど……、肥料屋が何かをやっていることは間違いない。さっき、サテュロスの兄ちゃんたちが持ってきてくれた蛇もそれなりに大きいけど、蛇革用になる」
「アナコンダでもコロシアムでは売れないかぁ。それこそ肥料屋の近くで狩ったものだけどなぁ」
ロサリオは難しい顔をしていた。
「よく生け捕りにできたな」
「私が壁を作るので……」
マーラの魔法防御が結局最強ということらしい。当たり前だが、突然壁が出てきたら、攻撃が効かないだけでなく驚くに決まっている。驚いているうちに、他の仲間が捕縛すればいい。
「そうか。肥料屋は確認した?」
「いや、遠目からだと別にあやしいところはない。そもそも鶏糞とかの臭いがきつくてなぁ」
本当に臭いのだろう。
「じゃあ、俺たちで行こう。魔物だとどうしても嗅覚が鋭すぎるから、人間が行くしかないんだろうな」
「行くんですか? 私たちも臭いですよ」
「嗅覚の調整スキルを磨くと思ってくれ」
「ああ、そういうことか。行きます!」
嫌な顔をしていたマーラたちも理解してくれたらしい。
「ロサリオ、すまん。アーリャとハピーたちに大した訓練をつけてあげられなかった」
「いや、そんなことありませんよ」
「視点が違うんで、捜査も広く見えているような気がしていますよ」
「なんか得るものがあったならよかったよ」
「コタロー、変だったろ?」
ロサリオがアーリャに聞いていた。
「ええ、にこやかに相手から情報を引きだしてました」
「ゴルゴンの爺さんに襲われそうになってたんですけど、次の瞬間には家に招かれてましたよ」
「俺たちにはそういうの出来ないから、ちゃんと学んでおいてくれよ。相手を緊張させない方がいい場合というのがある。特にレベルが上がると、いちいち戦ってると情報がなくなることもあるからさ」
「なるほど……、そういうことだったんですね」
「都合よく解釈するな。戦っても疲れるだけだろ? 費用対効果を考えてくれ。カロリー消費量が多ければ、たくさん仕事をした気になるけど、効果がないならすぐに辞めるべきだ。腹が減るだけだぞ」
「な?」
ロサリオに、アーリャとハピーは大きく頷いていた。
付き合っててもしょうがないので、とっととイザヤクとマーラを連れて肥料屋へ向かう。
サイロがいくつも建っていて、すごい匂いがしている。臭覚の調整スキルを使って、なるべく薄く臭いは嗅いでおいた。
広い敷地内にはたくさんの家畜の糞などが積まれ、藁などと一緒に混ぜ合わされ乾燥させているようだ。スライムなども飼っているらしい。
母屋の方へ行きながら、見て回っていると、倉庫らしき場所に壺がいくつも積まれていた。普通にツボッカと同じような魔物の壺だが、反応しない。
「見つけちまったな」
「え?」
「捜査終了だ。従属魔法で蛇の意識を乗っ取っている場合、本体を攻撃されたらどうなるの?」
「さあ? でも死ぬんじゃないですか?」
「どういうことですか?」
「いや、あの壺、全部魔物だ。反応しないだろ?」
手を叩きながら近づいたが、ビクともしなかった。
「たぶん、従属魔法の模様が描かれたアナコンダを乗っ取っている最中だな。魔力操作が下手だと動けないから、従属魔法を使いたがるんだろうな。自分のアバターを作って動きたいんだろうな」
「え? あ! 本当だ。魔力感知のスキルで見たら、魔物だ!」
「おお、これが犯人ってことですか?」
「たぶん、そうだ。蟲毒とか蛇バトルとかの絵図を書いたんだろうな」
母屋から石のゴーレムが出てきた。
「こんにちは」
ジェスチャーでも挨拶をしておく。
『こんにちは』
向こうも警戒しながら、ジェスチャー言語で返してきた。
「この壺、全部割っていいですか?」
「ダメ!」
石のゴーレムは普通に喋れるらしい。




