138話「起業すべきか研究すべきか」
「何をしたんです?」
「何も……」
全員の視線が集まる中、エキドナの顔が真っ赤に染まっていく。
「蛇を売りましたか?」
「それは正規のルートで、注文されたものを売っただけで、それ以外は何も……」
ゴルゴンの研究員もラミアの研究員もエキドナの青年を許さないようだ。
「研究にはどうしたってお金がかかるんです! だから!」
「私たちに言わずに一人でお金を儲けていたってこと?」
「塔の若手研究者たちは一心同体だと思っていたけどね。どうやら違ったらしいわ」
「研究を売るのなんて当たり前じゃないか。皆もやっているだろ?」
「一緒にしないで貰える? 私たちは自分の研究成果を売っているの。あなたは呪術の研究をしながら、研究の余剰で生まれた蛇を売ったわけでしょ?」
「いいわけの余地がないじゃない? 私たちはあくまでも研究員なの。商売をしたいなら起業をしなさいよ。今なら、いくらでも支援が受けられるんだから」
研究者が新商品を開発することはある。ただ、それは隠れてやるようなことではないし、同じ地区で研究してきた者として一緒に起業をしてほしかったというのが研究員たちの気持ちだろう。
エキドナの研究員も思いのほか高値で売れて、戸惑っていたらしい。
「で、どこに売ったんですか?」
「蛇屋だよ。卵を買ってもらっている。でも、本当にこんなことになるなんて思っていなくて……!」
エキドナの彼は、何度も言い訳をしていたが、研究員たちが呼んだ衛兵に連れていかれてしまった。塔に帰ることはできないそうだ。
「起業してからでも研究を続ければよかったのに」
「そんな商売と研究を同時にできるような企業はないわ」
「そんなことはない。肥料メーカーや衣類メーカーでも研究者は働いているよ」
「そうなの?」
研究員のラミアたちは驚いていた。蛇島では完全に分業していて、職業もほぼ固定。転職するなら、仕事を一旦やめなければならないという。
「不自由だね。辺境だともっと自由だよ。彼女たちも軍に所属しているけどツアーに参加しているし」
「レベルを上げるのも仕事ですからね」
「一生って考えているよりもずっと短いから、今動かないと一生このままだと思った方がいいよ。私たちは動いたから、このレベルでここにいる」
アーリャとハピーは研究員たちに言い聞かせていた。
「研究には時間がかかることも多いから、自分のライフプランと合わせて考えているさ。そうでしょ?」
「いや、私たちはずっと終わりがないようなことを研究しているから……」
「レベルを上げたり、下げたりする魔法はあるのかとか……」
「魔法じゃないけど、姿かたちを変えると、レベルが上がりやすくなると思うよ。あれ? さっき、エキドナの青年は卵で売ってたって言ってたよね?」
「ええ、卵を蛇屋に卸していたと……」
「だとしたら、アナコンダは大きくなりすぎてないか?」
「たぶん、たくさん戦わせたんじゃないか?」
「それにしたって、何年もかけないと卵から大きくならないよな?」
「そうですね……」
「誰かがレベルを上げてるってことですか?」
「かもしれない……」
「レベル上げの魔法を研究しているのは私たちだけじゃないってこと!?」
ゴルゴンの研究員が叫んだ。
「私たちも実践しながら学んでいるよ」
「自分たちだけだと思わない方がいい」
俺たちは塔を出て、蛇屋があるという島の商店街へと向かった。すでに衛兵たちが店に乗り込んで卵を押収した後だった。
「わからねぇよ! 誰にでも売ってる。研究所の蛇だぞ。使役魔法も使いやすいし、育つのも早いとくれば、誰だって買うだろ!」
店長の叫び声が聞こえてきたが、連れていかれていた。
「本当に誰でも買えるの?」
野次馬として集まっていた島のラミアの子に聞いてみた。
「あんな高い卵、子どもは買えないよ。買えるのは金持ちだけ」
「だいたい、ふ化させても、ある程度大きくなったら餌も上げられなくなって死んじゃうからね」
「せっかく楽しくやってるのに、大人がお金を賭けにやってくるから遊べなくなるし、どうにかなんないかな?」
流行は若者から始まり、老人によって終わらせられるか。
「お金が絡んでると目の色変える大人は多いからな」
蛇バトルが定着するまで放っておけばいいのに。
「この辺で一番大きい蛇を使役している魔物って誰かわかる?」
「ん~、蛇剣の爺ちゃんかな?」
「蛇剣?」
「ああ、蛇のように斬りながら毒を塗り込む剣術を教えてる爺ちゃんがいるんだ」
凶悪な老人がいるようだ。違法な卵を取り締まるより、その老人を取り締まった方がいいんじゃないか。
「話を聞きに行きたいんだけど、蛇剣の爺ちゃんの家ってわかるかい?」
「山の方。一軒家だからすぐわかるよ」
「斬られないようにね。毒を塗られたら、冷たい川でじっとしてないといけなくなるから大変なんだ」
魔物の子も斬られているなら、もうちょっと衛兵が頑張ってほしいな。
「わかった。ありがとう」
俺たちは山へと向かった。
「何を笑ってるんです?」
アーリャがずっと笑っている俺を見て聞いてきた。
「いや、魔物の犯罪意識ってすごいなと思って。子を斬って毒を塗る魔物が捕まらないんだろ?」
「ああ、いや、なんか私の地元にも町の変な魔物っていましたよ」
「私の田舎にもいました。でも、何をしたら怒られるとか、やっちゃダメなことを教えてくれるんで、ずっとそこに住んでるんですよね」
「わかる。今考えるとそういう変な爺がいないとダメなのかな。でも、時々、蜂蜜を取りに行ったり、筍を掘りに行くのを手伝ったりすると、めちゃくちゃ優しいんだよね」
「そうそう。私は人間への対処法もそこで習ったというか……」
「へぇ、そうなの?」
「コタローさんはそういう人間の爺さんはいなかったんですか?」
「どっちかっていうと、そういう爺さんになっていく過程で死んだかな。傍目から見れば何をしていたのかわからなかったと思うし」
「「ああ、なるほど」」
なぜか二人とも納得していた。
そんな昔話をしていたら山の一軒家に辿り着いていた。
「こんにちはー!」
家に声をかけると、中からドタドタと大きな足音が聞こえてきた。
「大丈夫ですか……?」
そう声をかけた瞬間、ゴルゴンの爺さんがマチェーテのような大きい剣を持って「なんだぁ!? 人間かぁ!?」と言いながら家から飛び出してきた。
「え!? 本当の人間!?」
ゴルゴンの爺さんは固まってしまった。本当に人間がいるとは思わなかったらしい。
「え!? そうです」
「殺しに来たのか?」
「いえ。話を伺いに……」
「そうか。すまん。ラミアの悪ガキかと思ってさ。でも、本当の人間が来るなんて思わないから……」
「すみません。辺境で人間と魔物の町ができまして、そこから見聞を広めるためにやってまいりました」
「そうか……。観光地なら、まだ群島にたくさんあると思うぞ。なんで、またこんな山の中に?」
「あの、この蛇島で一番大きな蛇を使役しているって子どもに聞いて」
「ああ、一応蛇使いの訓練で使役しているだけだが……。大きい蛇を見に来たのか?」
「見せてもらえますか?」
「おお、いいよ。入って。あ、お茶飲む?」
「すみません。いただきます」
「いいよ。そこの姉ちゃんたちも入んな。人間が来るなら来るって言っといてくれよ。心臓止まるかと思ったぜ」
このゴルゴンの爺さんは蛇使いとして長年蛇島に住んでいて、大型のアナコンダも飼っているらしい。
「最近、多いだろ? 蛇を使役している奴らがさ。飼えなくなったとか言って持ってくる奴らもいるんだけど、最後まで一緒に育てられないなら飼わなきゃいいのにな」
凶暴なアナコンダも爺さんの笛の音で、眠っていた。
「いや、実は先日、山向こうの沼でアナコンダを狩りまして……」
俺は蛇島で起こったことをすべてゴルゴンの爺さんに話した。初めは、「人間だからか」などと聞いていたが、そのうちに眉間にしわが寄ってきて、頭を抱えていた。
「なんだ、それは!? 町の中じゃそんなことになっているのか!?」
「それにしても卵から育てるのが早すぎないですか?」
「その話が本当だとしたら、誰かが成長剤を開発したとしか思えん。そんな急激に大きくなったら、蛇だって負荷がかかってるはずだ。蛇への信仰が薄れている。けしからんな」
「誰が育てているかわかりませんか?」
「わからん。わからんが……、思い当たるのはよそ者の海賊か、肥料工場、酒蔵かな。大きくするにもそれなりの食料がないとどうにもならんだろうから、島にあって食料が急激に消えてもバレない場所としては、そのあたりじゃないか」
「ありがとうございます。参考にします。いや、山師が仕掛けた詐欺かと思ってたんですけど、違いますか?」
「そんなずる賢い奴がわざわざ蛇島に来ないだろう」
「そうですよね」
考えすぎだったか。
俺は、ゴルゴンの爺さんに教えてもらった場所へ向かうことにした。この時の俺は正常性バイアスがかかっていたのかもしれない。




