134話「人間と魔物のカップル」
ゴブリンの子どもたちをどこに住まわせるのかという問題はすぐに解決した。
「うちの道場は空いてるから、ひとり立ちするまでいりゃあいいさ。食事もそれなりに世話できると思うし、戦い方も学べるだろ?」
「服は古いのがあったかなぁ」
元冒険者夫婦が躊躇なく手を上げた。通常であれば教会が支援するのが人間たちの常識らしいけど、ゴブリンなので引き受けるかどうするか迷っていた。
冒険者の闘技会でランキング上位の者たちを輩出している道場なので、魔物からの文句もなかった。むしろ同じ青鬼族からは、しつけを頼むと懇願されていたくらい。
「人間の生活を覚えるんだ。ここで野生に戻っちゃいけない。俺たちは記憶力も乏しいし、放っておいたらすぐに粗野で野蛮になっちまう。ここで方向を間違えたら、転げ落ちるからな」
セイキさんはゴブリンの子どもにしっかり説明していた。
「頼む。少し厳しいくらい教えてやってほしい」
元冒険者夫婦は頷いていたものの、子供がかわいくてしょうがないらしい。温泉に行く元冒険者たちや魔物たちもセイキさんと一緒に面倒を見るそうだ。
そのゴブリンの子どもたちを逃がしたホブゴブリンは、ダキンへと引き取られた。
「まずは奴隷印を消して、服を用意する。この町できっと働き口があるはずだからさ」
ダキンの言葉に女ホブゴブリンは驚いていた。
「あんたの奴隷になるわけじゃないのかい?」
「まずは社会復帰からさ。俺はただ好きなだけで、支配したいわけじゃない。金がないからしばらく一緒の部屋に住むことにはなるだろうけどね」
ホブゴブリンは面食らったように戸惑っていた。
「私だって好きだよ。助けてくれたんだから」
「それは恩を受けたからこの人間について行けばいいと思ってるだけさ。それより、ちゃんと働いていろんな人間や魔物と関わり合って、自分の幸せを見つけて俺と寄り添えると思ったら夫婦になろう」
「じゃあ、別に好きだと思ってていいんだね。見捨てたりしないね」
「ああ、見捨てないよ」
ダキンは自分のことよりもずっとホブゴブリンの意思を尊重したいのだろう。魔物の奴隷に対して出来ることじゃない。冒険者ギルドにいた魔物たちは声を上げずにじっと耳を傾けていた。
欲望のまま奴隷として縛り付けられるよりも信用することによって、ホブゴブリンを逃がさないようにも見える。
「あんた、そんなことをやったら逃げられるよ」
冒険者のラミアが横から口を出していた。
「逃げた先に幸せな生活があるなら逃げたらいいと思う。俺は彼女が好きだから、彼女の幸せを考えてるだけだ」
「そう言われちゃ、私も逃げられないよ。やるだけやってみるから、間違ってたら言っておくれ」
そう言って、女ホブゴブリンは冒険者ギルドから出て行こうとした。
「こらこら! まだ、奴隷印は消してないし、そんな服じゃ誰も雇ってくれないよ!」
「あ、そうか!」
人間と魔物が住む辺境にまた不思議なカップルが生まれていた。
「家柄もレベルも関係ないってこういうことなのかな」
エキドナが聞いてきた。
「鱗のある魔物は人間みたいな考えは難しいの?」
「アラクネ、それ種族差別よ。でも、ドラゴンの老人たちを見てるとね。いずれああなっちゃうのかと思って同じ種族は避けがちなのかも。アラクネはどうなの? コタローはレベルもあるし商才も十分。家柄だけがないけど……」
「いろいろとありすぎるのも問題よね。やれるだけやるしかないって感じで、足並みが揃わないのよ。同じ方向を向いているとは思うんだけどね」
「でも、最初はアラクネの方がレベルが高かったわけでしょ?」
「一瞬だけね。中央に行って帰ってきたら、もう超えてた」
「じゃあ、アラクネも追いつかないとね」
「そう思ってたんだけど……、たぶんコタローはそんなことを考えてないのよ」
「そうなの?」
「うん。レベルはあくまでも価値観の一つで、それを追いかけてないのよね。だからレベル上げツアーなんかやっているわけだし」
「じゃあ、なに? コタローが求めてるものって。お金?」
「お金はそれほど求めてないんじゃないかな。自分が欲しいものに使ってないと思うし」
「じゃあ、いよいよなに?」
「わからない」
「わからない人間を好きなの?」
「ん~、困るよね」
エキドナは首をかしげていた。
ホブゴブリンと子どもたちが逃げ出した奴隷商を衛兵が調べに行ったら、本当にひどかったらしく営業停止になっていた。
情報局も僅かな報酬を受け取り、仕事は完了。情報局の名前と役割が一気に広まった。
火事や急患など命にかかわることをすぐに知らせることができるし、山賊などの目撃情報もあり、情報局はどんどん忙しくなっていった。仕事はやればやるほどうまくなっていくもので、局員たちはいつの間にか自分たちで衛兵や冒険者ギルドへの手配もするようになっていた。
「タナハシさん、私たちはもう必要ないかもしれません」
「え? そうなんですか。でも、アラクネさんとクイネさんのお陰で、回っていると思ってたんですけど……」
「たぶん、後は管理だけです。塔に行くまでは研修で入りますけど、運営はタナハシさんに任せようと思ってるんですが……」
「それが、私だけでは処理しきれないくらい問い合わせが来てまして」
「え? 問い合わせって何のですか?」
「人間の国にいる貴族の方々と、魔物の中央商人連盟から出資するという書状が届いています」
町の人たちと同じように噂を聞いた者たちも有用性が伝わったのだろう。
「それって自分の町にも情報局がほしいということですかね?」
「そうだと思います」
「でしたら、大渓谷の情報局に留学させてみてはどうです?」
「そんなことが出来るんですか?」
「アラクネ商会のコタローは普通に中央の学校に行って、旅に出てクイネさんと一緒に大渓谷に行きましたよね?」
「ああ、そうだよ。コタローたちはもっと奥のドラゴンが住む町まで行っていたらしい。もう国交は正常化しているのだから、本当はもっと交流した方がいいくらいさ。特殊なエルフばかり来ても、魔物としては迷惑だ」
「なるほど、伝えておきます。視察しに来たいという人間もいるのですが……」
「それは情報局の塔ができてからでいいんじゃないですか。今、この狭い部屋に来ても邪魔なだけですから」
届いた情報のメモをまとめるだけでもファイルが大量に必要になり、棚を増設しているところだ。
「それから、一応、アラクネ商会さんに多額の融資の話が来ていますが、どうしますか?」
「融資? どこから?」
「商人ギルドです。人間の町にはなかった便利なものが魔物の国にもあるはずだからということでしょう」
「いや、それはこの町で確かめてもらえばいいんじゃないですか?」
「そうなんですけどね」
「融資して、儲かったらその分自分たちにも権利をくれってことだろ?」
クイネさんはわかっているらしい。
「そういうことです」
「情報局については商人ギルドの運営になるじゃないですか。それでなにか問題があるんですか?」
「いや、問題はないけれどアラクネ商会は倉庫業だけじゃなくて、いろんな事業をやっているだろ。だから、お金があればもっと出来ることがあるんじゃないかってことなんだと思うよ」
「ああ、でしたらその融資の話はまた別の機会にお願いします。今はちょっとコタローもツアー中なのでどうしても私一人では決断できないこともありますから」
「なるほど、よくわかりました。たぶん、商人ギルドとしてはアイディアだけでも聞ければいいということだったんだと思います」
タナハシさんは苦笑いで言っていた。
「アイディアだけ聞いて自分たちでやろうとしてたのか。だったら、今のうちに呪具屋やまじない屋を手厚く保護してやってくれ。そういう戦いになるはずだから」
クイネさんが説明していた。
「そうなんですか!?」
「たぶん、そうだと思う。まぁ、コタローが帰ってきたら詳しく聞くといい」
「ありがとうございます。上司に話してみます」