133話「デカ女好きの元闘技者」
「そのぅ……、魔物の奴隷というのは少ないのか?」
元コロシアムの闘技者だったというダキンという冒険者が尋ねてきた。情報局の紙を冒険者ギルドへ届けに行ったときのことだ。
「えーっと、少ないかもしれませんね。一応、犯罪奴隷とかはいますし、鉱山なんかで生まれた子は一時的に奴隷商に預けられたり、潰れた村の娘なんかも奴隷として売られたりもします」
確か、ケンタウロスのターウも奴隷をコタローが買ったのがきっかけでうちに来た。
「この町にはないのかな?」
「魔物の奴隷商が来ることはあっても、奴隷を買う者がいませんからね。魔物の奴隷が欲しいんですか?」
仲介してもらいたいのだろうか。
「なんと言えばいいのか……。身体の大きな魔物の女と番いになりたいのだ。いや、言い方を間違えた、恋仲になりたい、いや違うか、どういえばいいのか……」
とにかくこのダキンは魔物と付き合いたいらしい。
「なんで?」
思わず聞いてしまった。飽食の時代なので食べられるようなことはないはずだが、犯罪に遭う確率は高い。
「子どもの頃からコロシアムにいたのだが、アマゾネスという厳しい女性たちが鍛えてくれたんだ。身体が大きく筋肉の鎧を身にまとっているような女性たちだ。彼女たちと生活していたのだが、いつしか田舎へ帰ってしまった。新しくアマゾネスが来た頃には、俺の方が成長していて小さく見えた」
「つまり自分の好みには身体のサイズが重要で、しかも自分よりも大きな女性を探した結果、魔物に辿り着いたと……」
「簡単に言ってしまえばそうなんだが、もちろん魔物の種族を大事にしている部分やお互いの良さを認め合っている部分にも魅かれている」
「な、なるほど。でも、魔物なら誰でもいいというわけではないのでしょう?」
「まったくその通り。種族の特性などは戦闘面では知っていることも多いが、生活というか文化的な側面はまるで知らない。ゴーレムに話しかけてみたが、会話ができなかった。『すまん』と謝ることしかできなかった」
不器用な冒険者だなぁ。
「知り合いもいないけど、とりあえずいてもたってもいられず来てみたが、まだちょっとわかってないってことですよね?」
「そう。そういうことです」
正直、この元闘技者がどうなろうとどうでもいいが、衝動に駆られて辺境の地まで来て何もできなかったら、可哀そうだ。
「魔物がいる酒場に行ってみればいいんじゃないですか。あと、道場とか。冒険者ギルドにもいるでしょ」
「話しかけても大丈夫なのか?」
「ええ、ゴーレム族は声帯がない者が多いのでジェスチャーで話していますが、一杯奢れば皆話してくれるんじゃないですかね」
「わかった。ありがとう」
そんなことがあったことも忘れた頃、再びダキンに広場で話しかけられた。
「友達出来ました?」
「友達は出来た。ただ誰も付き合ってはくれない。道場にも行ってみた。闘技会で勝てない理由がわかったよ。俺がいたコロシアムはルールがあったんだと知ったよ」
「誰なんだ? その冒険者は」
クイネさんが後ろから声をかけてきた。教会でまだ勉強会をしているところ。今は昼休憩で皆、広場の屋台に出かけている。
「ダキンさんです。魔物と付き合いたいそうなんですけど、なかなかいい相手が見つからないようです」
「闘技会に出てランキングが上がれば言い寄ってくる者だっているんじゃないか?」
「そういう者はなかなか気が引けてしまう」
自分より小さくて弱いと傷つけるのが怖いらしい。
「大きくて強い女だって傷つくぞ。もっとガサツな女がいいんじゃないか?」
「あ、そうかもしれない! ガサツなホブゴブリンみたいに大きな女は」
「そこまで絞れているなら、山に行って山賊を探してみるのはどうだ?」
「捕まえて奴隷にするのか? そんなことしていいのか!?」
「山賊だからねぇ。逃亡するかもしれないよ。逃亡犯をすぐに見つけられるまじないを教えてやろうか?」
「お願いします」
クイネさんは面白がってまじないまで教えていた。
「足はもういいの?」
「ああ、温泉ですっかり良くなった」
「ダキンさん、東の山に行くなら無理しないようにね。使役スキルを取れるなら、取っておいた方がいいわ」
「わかった。なにかあれば情報局に報せる」
コタロー以外にも魔物の国へ行きたがるような奇人がいるのかと、私とクイネさんは顔を見合わせて笑ってしまった。
それから二日後。天候は雨。鳥たちは木の下で羽を濡らさぬように休んでいるが、一羽の鳥が教会の窓を叩いた。足首には丸まったメモ書きが括り付けられている。
「ダキンさんからだ。『ゴブ・子・多数。指示もとむ』」
現在地の地図と共に送られてきたメモを見て、私たちはすぐに動き出した。
「衛兵と冒険者ギルドに連絡。温泉が休みだからエキドナたちが冒険者ギルドで飲み始めているかもしれないから、呼んでおいて」
魔物は子煩悩が多い。魔物の女性の犯罪は子を養うためというのが多い。
それほど自分の種族の子を大事にしているから、他種族の子も大事にしている。野生化すると殺されるというのもある。
私とクイネさんは倉庫へ走り、温泉に入りそこなった元冒険者の年寄りたちに助けを求めた。
「ゴブリンの子たちがいるってことだね?」
「そうです。セイキさん!」
「青鬼の子どもが雨空の下で野生になるかならないかの瀬戸際なんだろ? こんな雨、わけないよ」
「まぁ、待ちなよ。慌てて風邪ひいてぽっくり逝かれちゃこっちも面白くない。保存食があっただろ?」
人間の元冒険者たちも協力してくれる。
「出します!」
湯を沸かし、干し肉やクズ野菜などを入れたスープを作った。
「飲み終わったら、これを着ていって。雨除けのまじないがかかってる。土砂崩れまでは防げないから気を付けて」
クイネさんが水をはじくコートを配っていた。
「魔石灯です! お願いします!」
「行くぞぉ!」
「「「おおっ」」」
地図を持ってセイキさんたちが山へと向かった。後から冒険者たちも来る。
「ツボッカ! 中継地点にこの倉庫を使うよ!」
「了解です! クイネの姐さん。ハーピーの冒険者にもコートを置いといてもらえませんか?」
「ああ、葛籠に入っているから、まじないの形を覚えておいて」
「わかりました」
「それじゃ、私たちも行くから」
いつの間にか雨脚は激しくなっている。
私とクイネさんは糸を使って、木々を飛び移りながら、山の中を駆け回る。私たちアラクネには機動力がある。がけ崩れなどがある場所でも壁を伝って先へ行ける。しかもクイネさんのまじないがあれば、一度会ったことのあるダキンの位置は意外とすぐにわかる。
滝のすぐそば。ダキンとゴブリンの子は、洞窟とは言えないような窪みに身を寄せ合っていた。
魔石灯をぐるぐると回し、私たちが来たことを報せた。
「皆、無事ですか?」
「ああ、無事だよ。この人間に助けられた」
ホブゴブリンの大きな女が子を守るように前に出てきた。
「あなたは?」
「逃亡奴隷だ。潰れた農家で売られてね。売られた先が、あまりにも酷かったんで、一緒にいた子をこんなところに置いておけないと思って皆で逃げてきたんだけど限界だ。私は何されてもいいから、この子たちだけは服を着させてやっておくれ。このままだと野生に戻っちまう」
「俺が全員身受けする。問題はあるか?」
ダキンが逃亡奴隷のホブゴブリンに言った。
「いや、人間じゃないか……」
「ここは辺境です。人間と魔物の交差点。問題はありませんよ」
「それより子供たちの体温が下がるし、こんなところで増水したら、死んじまうよ。あったかいコートがあるから、これを着て少し山を下ろう!」
クイネさんが子供たちにコートをかけて、アラクネの糸で縛って抱えた。
「子どもの人数は?」
「6人!」
「全員だね」
「よし、皆、もうひと踏ん張りだ。街道まで行くよ」
私とクイネさんで子どもたちを抱え、ダキンは足をくじいているホブゴブリンを背負った。足場は悪く雨で滑るが、糸を伸ばして木に張り付け転ばないように慎重に山を下った。
「おーい! ダキン! いるかー!」
「おーい! ゴブリンの子どもたちー!」
年寄りたちがやってきた。
「ここでーす!」
魔石灯を回して位置を報せる。
ゴロゴロとなる中、私たちは倉庫へと走った。ホブゴブリンは大きいので順番に年寄りに背負ってもらっていた。
「私は奴隷だよ!」
「助かってから事情を聞く。今は黙って助けられていればいい」
セイキさんは笑って背負っていた。