132話「辺境情報局の試験運用」
クイネさんの塔よりも先に、情報局が建てられることが決まり、急ピッチで建設が始まった。
場所は町の北。川向こうの高台だ。
基本的に本部は情報が集まってくるだけで、各所に支部を置くつもりだ。局員を募集したところ、アラクネの他に人間とゴーレム族も参加応募が来た。辺境では喋れるゴーレム族は少ないが情報の精査に関してはできるだろう。
「技術を上げるのだけは得意な種族ですからね」
日々、倉庫に来る情報を仕分けしているツボッカも薦めていた。
「適材はゆっくり時間をかけて出来るものだ。そのうち一気に伸びるよ」
クイネさんも情報局を作ると言ったら協力してくれるという。
「いや、社員だからね。そりゃ仕事の一環だよ。アラクネ、何でもしょい込んでると疲れるよ。プロジェクトはあくまでもプロジェクト。自分だけのせいじゃないからね」
「そうなんですけどね。コタローが作った倉庫を潰したくないというか、人間と魔物とが共存できるところを見せれば、少しは世界が変わるんじゃないかと思って……」
「世界を変えるか……。もう少し変わってるけどね。少なくとも私は変わった。塔から出て大渓谷に行って、また辺境に来て変わろうとしている。時代が変わっているなら止めてはいけない。むしろ、その時代に勢いを付けなくちゃね」
「ええ。だから失敗するにしても、しっかり失敗しないとと思って、今はどうにか回るようにと思ってるんですけどね」
すでに教会と交渉して、試験的に情報局の支部を置かせてもらっている。ドラゴンライダーの一件ですっかり信用は地に落ちているが、僧侶たちも行き場はない。しかも広場に近いから、針の筵となっていた。町の中心部でもあるし、情報局の宣伝にもなる。
信用を取り戻すには時間がかかるものだ。
新規事業を提案するとすぐに許可してくれた。僧侶たちも焦っているのだろう。情報局の仕事もしたいと言ってきたが、断っておいた。
「簡単に利権が発生する仕事ですから、場所だけ貸している立ち位置ではないとまたあらぬ疑いをかけられますよ」
「そうですか。失礼いたしました」
ちなみに教会を出たゴルゴンおばばはすっかり温泉が気に入り、ブラウニーたちが作ってくれた小屋に住むと意気込んでいた。
教会はそのゴルゴンおばばがいた部屋を使わせてくれている。そこで今日も局員の勉強会を開いた。
「窓を開けると屋台のいい匂いが香るけど、いつどんな情報が来てもいいように開けておきます。その点、ゴーレム族は有利ね」
「一応、先日まで大渓谷に住んでいたから、どういう依頼や情報を送られてくるのかはだいたいわかる。大した情報は来ないのが普通なんだけど、浮気している旦那があやしいと思って情報局に報せたら、窃盗団の頭目だったなんて話もあるくらいだ。情報がいくつか来たらしっかり周辺の情報までまとめておいた方がいい」
クイネさんが研修している局員たちに黒板を使って説明していた。
局員たちには皆、掲示板を持ってもらいメモ書きと関連付けられる情報を書き足していってもらう。全体像がわからないと衛兵を向かわせる場所を間違う。
周辺の地図も大きく描いて、壁に貼り出している。時々、研修中に魔物使いの冒険者から連絡が入ってくる。新規の冒険者が町に来た時は、闘技会に驚いているらしい。また引退している冒険者たちも温泉の噂を聞きつけてやってくるので、自然とレベルは上がって、教官が訓練中に倒されることもあるらしい。
今日も教官になりたての冒険者が足を怪我した新規の冒険者に気絶させられたと、メモ書きが来た。
「実力があることはいいことなんだけど、新しい実力者がそこら辺を歩いているということでもある。なにをするつもりでこの町に来たのか。だいたいは温泉だよね」
「あ、馬車の事故があったみたいです。西側の街道が通行止めになってます」
商人ギルドから来た人間の局員が小鳥からメモ書きを受け取っていた。
「衛兵に連絡して。商人ギルドにも事故があった馬車の確認を取っておいた方がいいよ」
「了解です」
すぐに飛び出して行った。
「本当に事故があれば、いくつか来るはずなんだ。だから、一通だけだと嘘も疑うこと」
「ただ、山賊の罠の可能性もあるから周辺視野のある魔物や冒険者の熟練シーフを雇うところまで考えておく」
しばらくして局員が戻ってきて頭をひねっている。
「嘘情報だったみたいです。商人ギルドには馬車が滞りなく来ているし、衛兵に聞いても、朝から通行止めにはなってないし、馬車も説明している横を通り過ぎていきました」
「じゃあ、冒険者ギルドに事情を説明して、探索依頼として出しておいて」
「あ、わかりました。嘘じゃないかもしれないってことですね?」
「嘘じゃなかったら山賊の罠ってことだから、そっちの方が危ないでしょ」
「確かに。行ってきます」
局員が出ていったところで、お金の話をする。
「もちろん嘘であったら、このメモを送った本人に最低保証額は貰いましょう。探索だけでも報酬は出さないといけませんから」
「見間違いもあるから、なかなか難しいんだけどね」
冒険者ギルドに依頼を出しに行った人間の局員が返ってきたところで昼休憩。タナハシさんもやってきて串焼きを差し入れしてくれた。
「どうですか? 情報は来てますか?」
「少ないながらも来てますよ」
「嘘情報も来るとか言ってましたけど……」
「嘘だといいんですけどね」
「え? じゃあ、事故が本当だとしたら消えた馬車ってことですか?」
「山賊の罠で、停車した馬車を襲うんじゃないかって話です」
「ああ、なるほど……!」
商人ギルドにいると山賊の罠という考えに行きつかないのか。
食後のお茶を飲んでいたら、「おーい」と聞きなれた声が聞こえてきた。
「情報局! お手柄だ!」
窓を全開にすると青鬼族のセイキさんが笑っていた。
「どうかしました?」
「ああ、山賊が辺境まで手を伸ばしてきていたらしい。さっき馬車の事故について探索依頼を出しただろ?」
「もう確認したんですか?」
「ああ、ハーピーが確認しに行った。捕り物には道場も出るっていうから、温泉でのんびりしている年寄り連中も暇つぶしに行くみたいだ」
「暇つぶしで山賊潰しか……」
クイネさんがぼそりと呟いた。
「アラクネ商会も協力してくれないか? ロープが足りないかもしれん」
「うちの商品は冒険者ギルドの商品棚にもあずけてありますから、持っていってください」
「わかったー!」
結果、大きな事件になり、一帯の盗賊団を丸ごと壊滅できたらしい。初めにメモ書きを送った魔物使いと情報局は捕獲部隊と変わらない報奨金を貰うこともできた。
「試験運用で、これは出来過ぎじゃないか?」
「いや、そうなんですよね。こんな事件は滅多にないからね」
局員に言い聞かせたが、情報局は意外に使えるということは冒険者や衛兵たちには伝わったようだ。
今夜も闘技会があるらしい。足をケガしていた新規の冒険者は、王都のコロシアムでもいいところまで行った闘技者で、ランキングを駆け上がるかと思われたが、トーナメントの一回戦で負けていた。
魔物特有の立体的な動きや、魔法のタイミングが合わなかったらしい。
「温泉で療養しながら、道場に通うことを勧めますよ」
「その方がよさそうだな」
ギルド職員のアドバイスも受け入れていた。
もちろん、情報局だけが情報をやり取りしているわけではなく、コロシアムの闘技者同士でも手紙のやり取りはある。あやしい動きはないし、強さもほどほどだ。
ただ普通の冒険者や闘技者とは目的が少し違ったようだ。