131話「魔物の衛兵の気持ち」
大渓谷と同じように緊急時には色の付いた紙を使うようにして、冒険者には使役スキルの取得を推奨することが決まった。
「もちろん、町人への使用などが見つかった場合は、重罪になることは変わらずですね」
「ええ、むしろ使役スキルの理解を深め、魔物の子どもに使うようなことがないように、町の者たち全員が防犯の意識を持つことが大事なんじゃないかと思ってます」
「そうですね。そもそも意識がしっかりあるような魔物にはそれほど効かないのでしょう?」
「よほど強い魔力を使わないと無理だと思います。それから使役スキルにも段階がありますから、使役スキル小さえあれば、情報局に鳥や小動物を放つことはできます」
「町への理解促進から始めて、衛兵たちにも説明していきましょう」
「衛兵には縄張り意識ってあるんですかね?」
「教会の一件もあって、魔物の方の衛兵たちに警戒心があるようです。私たちで説明しに行きますか」
「そうですね。なるほど……」
「何がです?」
「いや。アラクネさんがどうして私に声をかけてくれたのかわかりました。相互理解のためにどうしても人間の仲間が必要だった」
「ええ。コタローは異世界から来た人間ですし、年寄りたちではどうしても視線が変わります。なるべく情報も利権も一か所に固まらないことの方が商売としては健全だと思ってます」
「人間でもそれほど経済意識が高い人たちはいません」
「コタローの影響でしょうか。我々はあくまでも倉庫業です。情報局は本来役所が運営する方がいいと思うんですが、給料が決まっている役人が運営すると不正の温床にもなりかねません」
「だから衛兵と一緒に冒険者ギルドにも声をかけるんですね」
「そういうことです。ただ、初めのうちはほとんど情報は来ません。あまり期待しないように。アクシデントがたくさんあっても困りますから」
「そうですよね」
周知されてからが情報局運営の本番。それまでは町の者たちに知ってもらうことが大事だ。情報局の局員教育のスケジュールも含め、いくつかの段階に分けていかないと、やることも変わるので混乱するかもしれない。
まずは衛兵たちへの説明からだ。
魔物の衛兵たちは種族もバラバラだが、装備だけは支給された同じものを着ている。
「情報局を作るって?」
魔物の衛兵はアラクネやミノタウロス、竜種たちだ。
「ええ、大渓谷出身の方はご存じだとは思いますが……」
「衛兵にとっては結構重要だろ? 人間の衛兵がどれだけ理解できるかだな」
「うまく連携は取れてないんですか?」
「挨拶はするけど、俺たちよりも縄張り意識が強いんだ」
「規律にも厳しい。酒場で喧嘩なんてよくあるから、マスターから酒樽を貰うこともあるんだけど、受けとってはいけないらしい。贔屓してしまうから」
「そこは断った方が正解かもしれませんよ。衛兵はどれだけ信用されるかですから」
「そう言われるとそうなんだけどなぁ……」
竜の衛兵は飲みたいのか、明るい空を見上げていた。
「この辺境の町は治安がものすごくいいんだ。弱そうに見える人間でも道場に通っていたりするし、ローブ姿の女かと思ったら吸血鬼だったりもする。老人たちはほとんど歴戦の冒険者やレギュラーだっただろ? 俺たち衛兵は外から来る者たちだけに注意を払っていればいい」
「給料は変わらない。だから皆、闘技場にのめり込む。だけど、最近はランキングも変わらなくなった」
「やることがないんですか?」
「ないわけじゃない。ちゃんと見回り業務もあるし、日誌も書かないといけない。細かい窃盗はあるし、時々教会がやらかす」
「情報局からのボーナスが欲しいってことですか?」
「あると嬉しいね」
本音が出てきた。
「でも、目の前で困っている人間がいて緊急性がなかったとしたら、『情報局を通してくれ』って言いませんか?」
「そこは信用をしてもらうしか……」
「酒樽を貰おうとしている魔物に?」
「ん~、確かになぁ」
「実際のところ、案件にもよるんですよね。例えば、崖崩れがあって道が封鎖されたなんてことがあったら、交通整理もあるし土砂の片付けもある。ただ、これはインフラの整備だから報酬がでないのは仕方がないことです。でも、その仕事をしている間に野生の魔物が出た場合は危険手当が出る。違いますか?」
「いや、正しい」
「もちろん、以前あったウブメの大発生の時なんかは報酬が出るじゃないですか」
「そうだね。でも、あれは冒険者たちというか……、アラクネさんたちが一番仕事をしていたじゃないか」
「ああいう野生種の大発生なんかを未然に防ぎたいんですよ。気候変動で作物も偏りが出て来てるんで、これから野盗も増えていきます。街中では治安が良くても、一歩外に出れば違う。周辺地域を守る衛兵の力の見せどころじゃないですか」
「山なんかは人間よりも俺たちの方が断然に探索が向いているからなぁ」
「情報局からの依頼は人間の衛兵たちにも教えるんだろ?」
「それはそうです。そこに差を設けてしまうと、この町自体が維持できなくなりますから」
「もうちょっと合同演習をした方がいいかもしれないな」
「街中でも人間の習慣と違うこともあるかもしれないからなぁ。申請を出しておくか」
タナハシさんの説明で、人間の方からも申請があったようだ。定期的に周辺の山で衛兵の合同演習をすることが決定した。
「冒険者ギルドはすぐに対応しますよ。情報局ですよね? 話は伺っています。使役スキルの取得も推奨しますし、スキルの説明もしていってます。それより、ランキングが変わらないんですよ。外から来る冒険者たちとの差が出てきちゃって……」
冒険者ギルドの職員はあっさり受け入れていた。
「ランキングは、ツアーが終わって帰ってくれば、変わりますよ」
「そうですかね。今週末だけでも、アラクネさん出てみませんか?」
「出ません」
とっとと冒険者ギルドから出て、倉庫業に戻る。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい。アラクネさん。お客さんですよ」
「え?」
荷物を抱えたアフロヘアのアラクネがホールに立って、天井を見上げていた。
「ここが辺境のアラクネ商会かい?」
「クイネ先輩!?」
「やあ、アラクネ。久しぶりだね」
「お久しぶりです。でも、どうして?」
「コタローにはいずれ行くと言ってあったんだけどね。どうもまたやらかしたみたいじゃないか?」
「南部のヌシですか?」
「そう。倒し方は聞いたかい?」
「ええ。本人からハモを捌いたと手紙が来ましたよ」
「どうやらそのハモの魔石をスコップで掘って取り出したらしい」
「え!? どういうことですか!?」
「どうも呪具の力を使ったらしいんだけどね。辺境でも浄化された呪具を使ってるんだろう?」
「ええ、遺跡から発掘した呪具を、縁のある者たちに返して浄化しているようです」
「まじないの力も必要になるんじゃないかと思って来たんだ。私を研究員としてアラクネ商会で雇ってくれないか?」
「それは構いませんけど……。給料払えるかなぁ?」
「しばらくは食べ物さえくれればいいよ。塔も建てたいし」
「塔を建てるんですか?」
「もちろんだよ。研究に必要なんだから」
「どこにです?」
「どこにしようかね。アラクネの家の近くがいいと思うけど、水辺がいいよね」
「温泉はありますよ。あとは小川と……、泉もあるんですけどアルラウネたちがトレントに転生途中で森は難しいかもしれません」
「じゃあ、やっぱりアラクネの家の隣にしようかね。出たところにいるブラウニーたちに頼めばいいのかい? 大丈夫。お金なら大渓谷でたんまり稼いできたから」
アラクネ商会にまじないの天才が来た。