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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
人間と魔物の町で商売を
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130話「時間をかけるべき仕事(辺境)」


 相変わらず、コタローは旅先で偉業を成し遂げたらしい。各地にいるアラクネの知り合いから連絡が来て、面倒だ。


「早いところ情報局を作らないと」

 外に出ると、ちょうどエキドナがうちにやってくるところだった。

「おはよう。こんな朝早くからどうかした?」

「人間の国で穀物の物価が高騰しているから、魔物の国から調達できないかって。えーっと、商人ギルドのなんとかって人から応援要請が来ているよ」

「タナハシさんかな。わかった。倉庫にあるのを持って行こう」

「あるの!?」

「この前、ドラゴンライダーたちが来た時に、いざという時のためにアラク婆さんに頼んでいたのよ」

「備えあればなんとやらね」


 私とエキドナは、穀物袋を乗せた荷台をケンタウロスのターウに牽かせて町へと向かった。元々ケンタウロスはプライドの高い種族だけど、コタローの影響か重い荷物を運ぶのを嫌がらなくなっていた。


「仕事はどう?」

 社長代理として、ターウに聞いてみる。


「どうって言われても……。目まぐるしいですね。もっと暇だと思っていたんですけど、毎日ずっと働いているし、状況がどんどん変わっていくというか」

 ターウは昨日も夜中まで呪具の勉強をしていたらしい。薬の勉強もしているので、ほとんど学生のような毎日だろう。

「ツボッカは?」

「収支の計算と倉庫に来た商品の鑑定です。仕事のほとんどはツボッカが回してますよ。じっとしている分、商品から何かを読み取ろうとしているようにも見えますね」

「何を読み取ってるの?」

「穀物が減っているということは、次は油だとかなんとか」

「そうかもね。油も調達しないといけないか」

 植物油なら黄金沼でも作っていただろうか。

「アラクネさんもそう思いますか? どうして?」

「悪天候で川の氾濫があったくらいだから、気候も例年とは違うってことでしょ。農作物は影響を受けやすいからね」

「よくわかりますね」

「たぶん、慣れてくると思うよ」

 価値のある情報を取捨選択して、大事なことを読み取るのは一朝一夕でできることではない。それでも、状況を理解しながら仕事をしていかないと自分たちが失敗しているのかどうかもわからなくなってしまう。


 町に着くと、初めに広場に行って屋台で自分たちの朝食を食べた。お腹が減っては仕事にはならない。ターウは意外と気が利くところがあって、ちゃんとツボッカの分も買っていた。


 商人ギルドが朝のラッシュで荷馬車がたくさん行き来している。こんな時に、小麦を届けたと言っても邪魔になるだけだろう。

 そう思って、商人ギルドの受付が見える場所で待機していたら、タナハシさんが出てきた。


「どうぞ入ってください。商人ギルドは魔物との交流を望んでますよ」

「いえ、荷馬車の邪魔になると思って」

「ああ、ちょっとお待ちください」


 タナハシさんは中庭へと続く道へ向かって、大きく息を吸った。


「小麦が通るぞぉ!」

 大きな声が朝の商人ギルドにこだました。

 荷馬車がゆっくりと止まっていく。


「大事な穀物です。どうぞ。搬入作業をお願いいたします」

 タナハシさんは一言で荷馬車の流れを止めてしまった。

 私たちは荷馬車の列の間に入れてもらって、中庭へと向かう。

 荷馬車の列は二列になり、通路で左右両方から荷物を下ろしていた。その方が効率的なのだろうか。御者は御者台でそのまま馬を落ち着かせて、荷運びの人間たちが瞬く間に荷台を空っぽにしていく。見ていて気持ちがいい。


「木箱や樽の大きさをすべて同じにして取っ手を付けてる」

 ターウがじっと見ていた。

「だから持ち運びやすいようにしてるのよ。すごいシステムね」

「人間が出て来てるけど、あれって奴隷?」

「いや、ローブ姿だからあれは警護の冒険者じゃない?」

 私たちが話している間にも、列はどんどん進んでいく。


「うおっ! アラクネ商会!?」

 荷運びの人間たちが私たちを見て驚いていた。こちらのことは知っているらしい。


「小麦を持ってきました」

「「「助かります!」」」


 重労働をしている人間たちが一斉にお礼を言ってきた。末端とも思える人たちでも穀物が高騰している状況を理解しているのか。

 荷台の小麦袋は物の数秒で運ばれ、私たちは列に沿って別の出口から出ていった。馬車は馬屋へと向かうが、私たちは表玄関へ回った。


「よかった。大丈夫でしたか?」

「ええ、問題はありません」

「荷運びの人でも、穀物が足りないって知ってるんですか?」

「ああ、知っている者は知ってるんじゃないですか」

「お礼を言われてびっくりしました」

「それは、たぶん人間と魔物の町なのに、なかなか魔物と交流する機会がないからでしょう。アラクネ商会はその中でも上手く人間と関わり合いながら、商売を発展させていっている。人間の商人からすると羨ましいんですよ」

「そうなんですか?」

「我々からすると、人間の中に一人魔物が混ざっていて、その者と商売をしているような感覚なんだけどね」

「コタローさんのことですね。今はレベル上げツアー中ですか?」

「ええ。旅先で結果を出したようで……。繋がりの薄いアラクネたちからも連絡が来ます」

「頼もしい社長さんでなによりです」

「いなくなると大変で、新人たちが最も働いていますよ」

「どうも」

 ターウが挨拶をしていた。


「情報局の設置について話をしておきたいのですが……」

「はい。あ、小麦の代金も渡さないといけませんね。少々お待ちください」


 タナハシさんから小麦代を貰い、エキドナとターウに預け、生活雑貨などを買い出しに行ってもらった。二人はそのまま仕事に戻るだろう。


「予算と工期の計画書は上司にもサインをもらいました。あとは運用についてですね」

 何度も話し合っていることだが、運用が一番難しい。


「実際、局員の教育に最も時間をかけないとすぐに崩壊すると思います」

「偽情報を掴まされる可能性も高くなりますもんね。あ、そうか。レベル上げや使役スキルよりも勉強会の方が重要だから、そのスケジュールを組んでいくということですね?」

「そうなんです。あとは働く人と魔物をどう選ぶのか」

 窓辺のテーブル席に座り、計画を詰めていく。


「情報の選別作業もそうですけど、書かれているのはメモ書き程度ですから、その文章から状況を理解できるかどうか、汲み取る力が重要になってきます」

「読解力ということですか?」

「そうですね。理解力や状況判断能力が問われる仕事なので、慎重さも大事になってきますよね」

「だったら、元冒険者の方なんかが適任かもしれません」

「確かに……。ただ、冒険者が本を読みますか? 大量のメモ書きを読まないといけない作業なんですけど」

「ああ、それは……、ほとんどいないかもしれません。そもそも単語は読めても文章となると読めない人もいますから。こういう時に本当は教会に頼めるといいんですけどね。教会ではちゃんと読み書きを習うので。魔物の方はどうです?」

「魔物は意外と魔王法典という魔物社会で生きるルールブックみたいなものがあるので、文章を読める者はいます。状況判断も、出来る者はいると思うんですけど……」

「何が問題になりますか?」

「管理とルールです。情報が集まると、それだけ危険を早く知れる。ただ、それだけタイミングを見計らうことができるということで、管理者が情報を止める場合があるんです」

「自分の利益になるからですか?」

「その通りです。魔物の世界では、権力を保持したい者たちはなぜか誰かの命や生活をないがしろにしがちなんですよ」

「それは人の世界も同じです」

 私たちは似たものを見てきたらしい。お互いに笑ってしまった。


「魔物の国に大渓谷という場所があるんですが、コタローがそこの情報局に行ったとき、大演説で情報局の局長を叱り飛ばしたらしいんです」

「なんですか? その話」

 タナハシさんが前のめりで聞いてきた。

「私も又聞きなので詳しくは知らないのですが、全然管理できていない状況を見て本人は『こりゃダメだ』と思ったらしいんですけどね……」

 私はいかに情報を管理するのが難しいのか、判断速度の遅れでいかに管理者の精神を削っていくのかを話した。

 

「だから分散した方がいいと思うんですよ。町中だけでなく、いろんなところに情報局の支部局などを作り、衛兵と連携をとれるようにしておく方が重要というか……」

「確かに、その通りですね。その方が情報局がひとつ止まっても運営が止まらないってことですよね?」

「そうです。権力の集中も防げるし、人と魔物のどちらかに偏らないようにしていけばいい」

「それがかなり重要ですね。生活や商売を守るためであって、監視のための情報局になっては市民活動が滞ってしまいますから」

 結局、昼過ぎまでタナハシさんと情報局のルール作りを詰めていた。


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