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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家
13/226

13話「アラクネ商会、誕生」


「集中すると止まらなくなるのね」

 朝起きると、アラクネさんに笑われた。

「クッキーのせいってことにしておいて」

「いいけど、道筋はできたの?」

「出来たっていうか、こうする他ないんじゃないかっていうだけなんだけど……、聞いてくれる?」

「もちろん、私たちはアラクネ商会でしょ?」


 共同経営をしているのだから、商売の戦略について話し合うのは当たり前か。


「辺境の町にはどんな商品があるのか、どういうサービスがあるのかを書き出していったんだ。例えば、冒険者ギルドは、魔物の討伐依頼や警護の斡旋サービスをする組織でしょ? 商人ギルドは遠くで買った商品をまとめて輸送して、卸す商売をしている」

「そうね。個別に輸送するよりまとめて馬車で輸送した方がいいもんね」

「その商売がどういう仕組みで動いているのか知ることで、どんなサービスをしたらいいのか見えてくることがある。でしょ?」

「なるほど。で、この『要観察』という仕事を見に行くのね?」


 アラクネさんは紙に書いた業種を指して聞いてきた。


「そう。で、俺たちがやるのは、そもそもこれね」

「倉庫業? 銀行じゃなくて、倉庫って荷物を預けておくだけでしょ? 儲かるの?」

「儲かるというか。状況的には、これをやるしかないかな……」

「どうして?」

「ほとんどの町の人たちが『辺境の町』の強みを活かしきれてないから、斡旋業者の冒険者ギルドの仕事が滞っているんだよ。つまり、皆、誰の依頼かで選別してしまっている。でも、倉庫なら、顔が見えないから持ち主がわからないでしょ。俺たちは在庫の管理だけしていけば、誰もが商人になれるんだ」

「本当にそれだけ?」

「もちろんそれだけじゃない。今は移民が増えて建築ブームだから、材木や釘なんかの建材がどんどん都会から送られてきているでしょ。でも、職人には限りがある」

「つまり今は使われていない建材があるってこと?」

「その通り。でも、建材だって腐ることはあるし、雨が降れば錆びることだってある。どこかに保管しようにも屋根すらない場所に保管しているんじゃないかな。それがたぶん商人ギルドの近くだよ」

「確かに、商人ギルドの近くに布で覆われた場所があったわね」

「いざ建築しようとしたら木材に虫が湧いているなんてことになったらただの損じゃない? もう一回買い足すのも損だよ」

「そこで保管料を貰うと……。それはわかるわ。でも、結局、私たちにだってそんな建材を保管する場所はないんじゃない?」

「洞窟があるじゃないか」

「わざわざ大きな荷物を山の中に持って行くの?」

「坑道で使っていたところがあるでしょ。たぶん、そこなら大きい道からそう遠くないところに入口があると思うんだよ。今は埋まっているかもしれないけど。そこを補修しながら使うんだ」

「あるかもしれないけど、中に魔物が棲みついていたら?」

「それこそ、冒険者としてラミアさんたちを雇おうよ」

「あ、そうか。……ということは、廃坑道の調査が必要ね」

「そう。あと廃坑道の現所有者と交渉ね。たぶん、町の所有物になっているんじゃないかと思うんだけれど」

「確認しましょう。買うとなったら資金は……?」

「借金かな。でもこれくらいのリスクは取らないといけないし、スタートアップ支援みたいなのってないかな?」

「会社設立の援助みたいなこと?」

「補助金でもあったら使おう。とりあえず役所に行くしかないね」

「ああ、町を見る目が変わっちゃうわ」


 企画書としてまとめていたものを丸めて鞄に突っ込んだ。

これはアラクネ商会が独自に行う調査になり、これから冒険者を雇うなら経費になっていく。


「需要か……」


 アラクネさんはぽつりとつぶやいて、町へ行く用意をしていた。

 実はアラクネさんにはまだ言っていないことがあるんだけど、追々でいいか。


 俺のヒモの能力さえあれば、持ち主を特定できるので盗品かどうかもわかる。


 それに品物が流通しているということは物の価格は変動するので、買い時と売り時が存在する。安く買っておいて、価格が高くなったら売り、利ザヤで稼ぐこともできる。そのために倉庫にある品物の在庫を確認しておきたい。

 要はアラクネ商会で、先物取引をするようなものだ。


 構造さえできてしまえば、行商人から情報を聞くのが楽しみになる。何気ない天気の話に意味が生まれ、辺境にいながら国中のことがわかる情報網を作れると最高だ。


 ただ、商人ギルドがあるということは彼らが物流をコントロールしているのだろう。

 目を付けられると面倒だ。廃坑道を買えるまでは、気づいていないことにした方がいいか。


 いや、嘘を言っても仕方がないか。


 そもそも商人ギルドとだけ商売をしている町は、ギルドの商売が傾いたら潰れる可能性だってある。だとすれば、新規参入する業者が複数いた方がいい。そもそも個人経営の行商人はそうやって暮らしているはずだ。

まだ町の産業だってままならない状況だし、やるなら今だ。


「また、なにか考えているの?」

「そうだね。バカなふりをして価格を下げようかと思ったけどやめたよ」

「そうよ。人間と魔物が一緒に住んでいるんだからね。姿かたちより信用できるかどうかの方が大事よ」

「まさにその通りだ」


 俺たちは揃って家を出て、町へと向かった。


 町に行くとわかりやすくゴミに目が行ってしまう。瓶だって再利用できるはずなのに、割れてその辺に捨てられているのが現状だ。

 在庫管理ができていない陶器の店は、店先に木々を植えて影を作り、商品が表に出ていないことが多いようだ。古くからある店なのだろうが、商売っ気はなく、確かな品物を売りたいということか。


 逆に青果店は、近くの農家で採れた新鮮な野菜を大きな声で売っていた。腐ってしまう前に売ってしまいたいのだろう。昨日売れ残った野菜がひとまとめにされて、煮物用として売られていた。


「ピクルスにしてもおいしいよ!」

 料理の提案までしてくれる。


「広場の屋台は夕方ごろに売り切れるのがいいってこと?」

 アラクネさんが聞いてきた。

「そうだね。場所代もあるだろうから、早めに売り切れると機会損失になる。かといって売れ残っても、材料費の損になるだけ」

「そうか。商売を見るって面白いわね」

「そうなんだよね」


 町の商店を巡り、アラクネさんと気になることをメモした後、町役場に向かった。

住民として登録はされていたようだが、ちゃんと「アラクネ商会」として登録した後、新規事業者としての補助金が出ないか確認した。


「借金になりますけどいいですか? この前も行商人の人が来たんですけど、理解してくれなくて……。結局、どこの役所や商人ギルドにも記録は残りますからね」

 借金をしたまま、トンズラしようとしていたのかな。


「大丈夫です。家も山の方ですけどありますから」

「そうですか。では、この用紙に記載をお願いします。初めは銀貨10枚からになりますので……」

「これ、事業企画書です」

 昨日、書いていた用紙を差し出した。


「え? ああ、もう出来てるんですね。ああ、倉庫業ですか。なるほど、近くの廃坑道を考えていると……。ちょっとお待ちください。確か、廃鉱は町の管轄ですから」


 そう言って、役場の人は資料を取りに奥に向かった。


「あら? アラクネ、コタロー、山から下りてきたの?」


 いつの間にか後ろにいたエキドナが声をかけてきた。


「どうしてエキドナさんが役場にいるんですか?」

「役場の依頼で農業地の水路に出た魔物を駆除しに行ってたのよ。冒険者ギルドでも、二日酔いじゃないのは私たちくらいしかいなかったからね。それより二人ともどうしたの?」

「アラクネ商会として登録して補助金を貰おうと思って……」

「ああ、温泉の……」

「いや、違います」

「え? 違うの!?」

 

 ちょうどそのタイミングで役場の人が戻ってきた。


「あ、魔物の駆除、終わりました?」

「うん。依頼書にサインをお願い」

 エキドナは依頼書を役場の人に渡してサインを貰っていた。


「この二人って何の仕事するの?」

「倉庫業だそうですよ。お知り合いですか?」

「ええ、まぁ……」

 アラクネさんは説明が面倒なのか愛想笑いで誤魔化していた。


「今朝、話していた温泉を作ったのはこの二人だよ」

「ああっ! そうなんですか。じゃあ、そっちの事業企画書も書いておいてください」

「いや、あれは商売にする気はなくて、誰かやってくれないかと思っていた事業なんで……」

「え!? もう少し魔物の皆さんの話を聞いた方が……、いや、まぁ、そうですか」

「誰でも無料で入れる場所としてならいいと思うんですけどね」

「正直、まだ魔物たちが知らないだけで、あんないい温泉が近くにあればすぐに芋洗い状態になるぞ」

 エキドナは俺たちが運営しないことに不満があるようだ。


「じゃ、エキドナさんが暇な時にやりますか?」

 気軽に誘ってみた。元々、誰かがやればいいと思っていた事業だ。

「私が……!?」

「冒険者以外に仕事は?」

「ないけど……。でも、いいのか?」

「いいんじゃないですかね」

「では、アラクネ商会の副業として登録しておきますね」

「いやいや、ちょっと待ってください!」

 俺の思っていた方向とは違う。

「エキドナさんがお風呂屋さんとして運営すればいいじゃないですか」

「今はまだ、魔物の方が店舗を持つのに反対する方々もいますから……」

 役場の人はにっこり笑いながら、差別を口にした。


「それをしないために町を作ったんじゃないんですか!?」

「そうなんですけどね。やはり、商人ギルドの方々には、得体のしれない者たちに見えるらしいですよ。実際、広場の屋台では競合してますからね」

「そんな……!」

「廃坑道なんですけど、修繕して運用してくれれば賃料は2年間無料となります。現状買い取るなら、中の広さの調査をしないといけませんけど、金貨20枚までは行かないでしょう。どうします?」

「借りる方向でお願いします! 改築は構いませんね?」

「ええ、改築したかどうかもわかりませんから。これ、一応、廃坑道になる前の地図だそうです」


 古地図を見せられても、よくわからないが、出入り口の場所だけは確認しておきたい。


「また、廃坑道になった理由が魔物の発生ですので、冒険者に頼ることをお勧めします」

「わかりました」


 骸骨剣士がいるくらいだろうとこの時は思っていた。


「では、こちらの賃貸契約にサインをお願いします。アラクネ商会の社員さんにはエキドナさんも登録して構いませんか?」

「アラクネさんとエキドナさんがよければ……」

「私は別に構いませんよ。戦いぶりから、土壇場でも真面目なことは見てましたから」

 アラクネさんは好意的に見ていたようだ。


「私は……、え~、ちょっと考えさせてほしい。パーティーメンバーとも話がしたいし……」

「じゃ、仮登録だけして保留としておきます」


 エキドナがアラクネ商会の契約社員になった。


 とりあえず契約書サインを済ませて銀貨を受け取り、3人で町役場の外に出た。


「こんな簡単に社員になっていいのか?」

 エキドナは戸惑っているようだ。


「いいじゃないですか。うちの商会には、異世界から突然やって来た人間だっているんですよ。そんなことくらいで一々驚かないでください。パーティーメンバーには話しておいてくださいね」

「わ、わかった」

「あと、うちの会社は働かないと給料はでませんから」

「そりゃそうだろ」


 エキドナは空を見上げながら、仲間たちのいる冒険者ギルドに向かった。


「給料が出ないなんて言っても、食べられない会社なら責任問題になります。頼みますよ。社長!」

 アラクネさんが俺の背中を叩いた。


「俺が社長ですか!?」

「私は会社に名前を貸してますから」

 そう言えば、登録したとき俺の方が上に名前を書いてしまった気がする。


「とりあえず、廃坑道の出入り口を開けて、必要経費を計算しましょう。最悪、冒険者は雇えませんからね」

「え!? じゃあ、私たちだけで魔物の対処しないといけないんですか!?」

 なぜかアラクネさんは喜んでいる。


「何を喜んでいるんですか!?」

「魔物の対処が仕事なら、わかりやすくなったと思って。さ、屋台で夕飯を買って帰りましょう」

 会社のオーナーは会社設立に喜んでいたが、雇われ社長は気が重いという心境だ。


 後日、新規事業を始める時に借金するのはいいけれど、運用資金はあればあるだけ選択肢が広がるんだと身をもって知ることになる。




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