129話「港町の図書館」
海岸近くの港町・プエルトで、俺はアラクネさんからの手紙を受け取っていた。
内容は沼のヌシ討伐の件が魔物の国で話題になっていることと、レベル上げツアーに時間がかかり過ぎていること。
「……倉庫の仕事が溜まっています。早めに帰ってきてください……か」
「愛されてるな」
リオには手紙を羨ましいようだ。
「町にアラクネの情報局があると便利だよ」
「群島を回る前に返信しておかないとな。ツアーの参加者は?」
「酒場に繰り出して依頼を探してる。レベルが上がって力を試したいんだろ」
「上がった感覚に慣れたいんじゃないか」
「そうかもしれないな」
俺たちもレベルが上がった自分の感覚に結構戸惑った。レベルを上げている最中は同じ道を辿るのか。
プエルトには塔の遺跡もあるし、闘技場もある。
「俺たちは少し様子を見た方がよさそうだな」
「ああ。わからないことがあれば質問しに来るだろう」
「群島に関しての調べ物をしてもいいか?」
「ああ、図書館があるはずだ。俺たちも行くよ。なぁ」
「俺は茶とタコ料理を食べたい。図書館でも調べられるか?」
「喫茶店が併設されているらしいから聞いてみよう」
俺たちは三人揃って、図書館へと向かった。
中央と違って、この町の図書館は混んでいていろんな種族が入れるように本棚の間も広く取っている。探しやすいように本棚にはしっかりどういう分野の本が並んでいるのかも記載されている。
「立派な図書館だな」
「魔物の知性が詰まってるのさ」
「群島で研究されていることに興味があるのですか?」
吸血鬼らしき女性司書が声をかけてきた。
「ええ。できれば、海竜やスライムの育成、あとはレベルの基礎研究、それから奈落について。調べられますか?」
「え? ああ、はい。ちょっと応援を呼んでもいいですか」
「お願いします」
女性司書は2人の司書を連れてきて、俺たち3人に対応することにしたようだ。
「俺は海の竜について調べておく」
「じゃあ、俺はスライム育成かな」
「そんな……。俺がレベルと奈落について調べるのか? 時間かかるぞ」
「ああ、俺たちは終わったら、先に出たところの料理屋でタコ料理を食べているよ」
「おい、筋肉サテュロス! 爽やかに言ってもダメだぞ! めんどくさい調べ物を俺に押し付けるんじゃない! おーい! 竜の堅物ぅ!」
「大丈夫だ。ツアー参加者の対応は俺たちに任せておけ」
同級生だった竜とサテュロスは、若い女性吸血鬼の肩に手を回して、図書館の奥へと消えていった。
「どうも。司書を務めます。ゴルゴン族のエウリアです」
眼鏡をかけて、お茶の染みが着いたシャツを着ているゴルゴン族の女性司書が俺の担当らしい。彼女しか味方はいない。
「よろしくお願いします! レベルと奈落の遺跡について、出来る限り教えてもらえますか」
「わかりました……」
司書のエウリアは5冊ほど本を選んでくれた。
レベルや奈落の遺跡の本は多数出ているものの、なかなかまとまっておらず、どういう学問の派閥かにもよって説がいろいろとあるらしい。
「えーっと、お名前を聞いても」
「人族のコタローです」
「人族!?」
「辺境から来ました。一緒に来た竜とサテュロスは中央の学校の同級生で」
「ああ! そうですか。辺境の方が進んでますね。つかぬ事をお聞きしますが、お三方はなにかレベルを一時的に上げる薬を飲んでいらっしゃるのですか?」
「ゴルゴンの目で見えるんですか?」
「はい、多少ですけど……」
「我々は修行の旅をして上げたんです。今はレベル上げツアーというのを開催して、参加者も数人町に来ていますよ。先日、ここから北に行ったところにある沼のヌシを倒した一行が我々です」
目の良い種族に隠し事をすると面倒ごとになってもいけない。聞かれてないことまで正直に白状しておいた。
「っ! ……なるほど。噂はかねがね聞いております。でしたら、レベルについてはコタローさんたちの方が研究が進んでいるかもしれません。魔物の経験値などについてはわかっていますか?」
「レベル差によって変動するということですか?」
「あ、そうなんですか! 失礼、メモを取らせてもらっても」
「どうぞ」
「体調によっても変わると考えられてきましたが、レベル差ですか……」
「おそらく。レベル制については魔物の方がわかりやすいのでは?」
「なぜです?」
「身体の変化が起きやすいでしょう」
「角や翼でレベルの変動が起こるということですか?」
「魔物は身体を変化させることでレベルは上がりやすくなるんじゃないか、というのが我々の研究結果だよ。レベルの高い古竜たちは皆巨体だろう?」
「ですが、あなた方は普通の身体に見えますけど……」
「俺たちは身体の骨格や筋肉を付けない代わりに、五感や魔力の機能を伸ばしたんだ」
「つまりスキルも研究した説に合わせて取得しているということですか?」
「その通り。実験だったけどね」
「そんなことって……。いや、成果が出ているので否定しにくいですが、それは他の方にも適用されるのですか?」
「今のところツアー参加者たちは順調にレベルを上げているね」
「学会に発表したらひっくり返りますよ」
「できれば、そうなってほしいね。レベル50を超えないと奈落の遺跡に入れないから」「あ! 奈落の遺跡については研究されているんですか?」
「辺境で倉庫業を営んでいるのだけど、うちの倉庫に奈落の遺跡が見つかってね。二階層までは探索しているんだ」
「なんと! そうでしたか……。群島にも奈落の遺跡があると言われているのですが、一階層の魔物が表に出てきて、ここ100年以上はその島に上陸できない事態になっているんです」
「じゃあ、研究は魔王の逸話を解読している感じかな?」
「ええ、ここに書かれている本はだいたいがそうです」
「そうか。その島の地図はあるかな?」
「あります。どうぞ。写してもらって構いません」
「ありがとう」
プエルトの図書館では多くの本があるもののなかなか実践的な研究はされていないんじゃないか。
「コタローさんたちは群島に行かれるんですよね?」
「ああ、そのつもりですよ。いろいろと調べたいことがありますから」
「おそらく国からの補助金を狙っているだけの研究者たちもいます」
「ああ、そうですよね」
どの世界でも似たようなことを考える者たちはいるか。
「そう見えたら、出来るだけ早めに別の島に移ってください。命を狙われますから」
「我々はレベル50を超えているんですよ」
「それでもです。例え、どれだけ高レベルの者が来ても殺せる毒や武器を研究している者はいますから」
「なるほど。争わないことが一番ですか」
「ええ。魔王は暗殺されたと信じている者たちもいますから」
魔王暗殺が事実だとすると、確かに危険だ。
「わかりました」
俺は奈落の遺跡があるという島の地図を描いて、ゴルゴン族の司書、エウリアにお礼を言った。
「いえ、礼には及びません。むしろこちらが知っていることしか話せませんが……」
その後も、群島や呪いについて知識を交換していたら、随分時間が経ってしまっていた。
「おーい! おしゃべり人族! そろそろ夕飯の時間だぞ!」
ロサリオが迎えに来た。
「ああ、悪い。今行く。いろいろお世話になりました」
「いえ、こちらの方こそ。くれぐれも石化の呪いには関わらぬように」
「わかりました」
エウリアと握手をして俺は図書館を出た。
「なんだ? 石化の呪いに関わるなって」
ロサリオが俺を見た。
「ああ、面倒なことになるって忠告してくれたんだよ」
「そうなのか。セイレーンが石化した呪いの依頼をマーラたちが取ってきたぞ」
「ああ、その依頼は返した方がいいかもしれないな」
「どうして?」
「被害者を装って、ゴルゴンの呪いをかける詐欺事件があるらしい」
「なにぃ!?」
図書館を出たところにある料理店に、皆集まっていた。
「それより群島巡りについて話そう」
「わかった」