128話「巨大魔物ハモの浮島」
夕方近くまで、ちらほらとポイズンアリゲーターが岸辺にやってきては大蝦蟇の肉を食っていた。落とし穴で焼いた肉を地上に出しただけだが、美味しいそうに食べている。幻覚毒がない分、安全に食べられるのか。
日が落ちる前に、ポイズンアリゲーターだらけになっていた。特に毒の牙を持っているくらいで、攻撃も普通のワニと変わらない。
皆が、眠り薬を大蝦蟇の肉に仕込んでいる間、俺は崖の上からじっと沼の景色を見ていた。日が落ちても、暗視のスキルは取っているのでよく見える。
「いるか?」
リオが俺を見上げた。
「浮島が三つ。どれかだと思うんだけど」
巨大なハモが沼のヌシなら、大蝦蟇やポイズンアリゲーターを捕食するくらいの大きさがある。だとすれば、ヌシに対して沼の水深が足りていない。沼には浮島がいくつかあるから、おそらくそのうちの一つだろう。というのが俺の推論だ。
ヌシは擬態している。近づいてくる魔物を電撃攻撃で倒せばいいだけなので、動く必要もない。
それが動いたということは、何かがあったのだろう。俺たちのせいで大蝦蟇を食い損ねたと思っているのかもしれない。
ツアー参加者たちがポイズンアリゲーターを捕縛し、眠り薬を背中に張り付けて沼に戻していく。マーラが魔法の盾で行く手を阻んでいる間に、後ろから飛び乗って口を縛る。あとは基本的に距離を取るだけでいい。肉を食べてポイズンアリゲーターも動きが鈍くなっているというのもあるだろうが、参加者たちに攻撃が当たる気配すらない。
皆戦い慣れたというよりは、作業に近い。毒持ちの魔物を相手にしている緊張感はなかった。万が一、浮島が近づいて来たら俺が叫んで避難する手はずだ。
バチンッ!
沼で電撃の音が鳴った。俺は一瞬沼の底が光るのを確認できた。
「今のは?」
「たぶんヌシだ」
「行くのか?」
「ああ」
俺は呪いの革手袋をして、解体用の刃物を背負って崖を下りた。ヌシは投げナイフと紐魔法で追跡する必要もないくらいデカい。
「じゃあ、いってきます」
「おう、街道で待ってる」
ロサリオに見送られ、俺はヌシの浮島へボートで向かった。
一人用の貸しボートだ。釣り人用だろう。
島に近づいたが、特に電撃攻撃は来なかった。今は電撃で痺れたポイズンアリゲーターを食べることに集中しているのだろう。
俺は『しのび足』で浮島に上陸。浮島には木々も生えていて苔が生えた岩もあり、歩きにくい。ヌシの背中なので当たり前か。その背中である地面に手を当てて診断スキルでヌシの内部を確認したのち、スコップで土を掘り進んでいった。
程なくヌシの首筋にぶつかる。呪いの革手袋をしているので、それほど感触はないはずだ。俺はそのままのこぎり刀で、切れ目を入れていく。切れ目が入ったら、そのまま皮に沿って切っていく。
肉が切れているというのに、ヌシは一向に気づかない。ポイズンアリゲーターに仕込んだ眠り薬が効いたのか。
何度も触診スキルを使ってなるべく骨の隙間を切り開いていけば、目当てのものが見えてきた。
「ふぅー……」
闇夜に赤く光るヌシの魔石は、樽のように大きかった。
俺は慎重にナイフで切れ込みを入れながら、魔石を切り離す。
ヌシと言っても、電撃攻撃をするのだから魔物だ。魔物なら魔石を取り出してしまえば死ぬだろう。そう語った俺に魔物たちは引いていたようだ。
「とりあえず一つ目」
俺は大きな魔石を背中のリュックに詰めて、さらにスイカサイズの魔石を二つ取り出して、ヌシの背中に出た。
魔石灯を回して合図をすると、ゆっくり浮島が動き始めた。
風起こしの杖で街道へヌシの死体を運ぶ。
「さすがに俺たちだけじゃ無理だな」
ロサリオが酒場のレギュラーたちに応援を呼び、ヌシを街道に引き上げた。町から野次馬も大勢やってきて、祝いの鐘が鳴らされた。
「このままでは腐って大変なことになります。すぐに解体しますので、肉はどんどん食べていってください。もしかしたら身体が大きくなるかもしれません。内臓は沼ではなく川へ流しますから」
俺たちはヌシの解体作業を始めた。周囲では篝火が炊かれ、町の酒場も飲食店も大勢集まってきた。
スライムのようなぬめりを取り、腹を開けていく。その作業だけでも、大仕事だ。島一つ分を解体すると思えば、当然だ。
「のこぎり刀が切れなくなったら言ってくれ」
ゴブリンの鍛冶屋が助っ人として待機してくれた。
「血は飲むんじゃないよ! 下痢するからね!」
「これだけ大きければ骨も取らずに焼いてしまった方がいいね」
サハギンの魚屋も起きてきたらしい。
俺たちが切った肉を町の人たちに分けていった。
頭と尻尾を残して解体が終わったのが、翌日の昼前だった。
「討伐よりも解体の方が時間かかるな」
「ああ。いってぇ!」
呪いの革手袋をしていたことを忘れて外してしまった。当然、ヌシから魔石を盗んだので、爪がすべて剥がれている。ただ、俺のレベルが上がったらしく、徐々に新しい爪が生えて来ていた。
「とりあえず、宿に帰って寝よう」
街道の掃除は酒場のマスターやレギュラーたちが買って出てくれたので、俺たちは宿に戻って就寝。
夕方起きると、やはりレベルが上がっていた。ツアー参加者たちもレベルが上がったらしい。
「ヌシを倒したんだよね」
「戦っている気がしてないのにレベルが上がるって、不思議な経験ですね」
「ポイズンアリゲーターも、討伐せずに捕縛するって結構なことだよな」
参加者たちは困惑している。
「とりあえず、食事をとって銭湯に行こう」
食堂に行くと、すでにハモ料理が並んでいた。飲食店の店主たちが、俺たちにと持ってきてくれていたらしい。
すべて平らげて銭湯へ向かう。
「お前たちどうやってヌシなんか倒したんだ?」
ゴブリンやオークたちに聞かれて、説明に困った。
「こっそり魔石を取り出したんです……」
「はあ?」
リオもイザヤクもゴブリンたちのリアクションに笑っていた。
「筋肉も細いし頭も小さいから、人間って戦闘力が足りていないように見えるだろ? でも、関わってみると全然違うんだぜ」
ロサリオが俺たちが人間であることをバラしていた。
「人間だったのか。道理で」
「辺境の町から来たのか?」
「そうです。辺境のアラクネ商会のものです」
「俺たちは中央の学校の同期でね」
「三人ともレベル50を超えてるんですよ」
「なんと!? じゃあ、もしかしてあんたたちが『魔王の意思を継ぐ者』かい?」
「いや、別に魔王の意思を継いでいるわけじゃないですけど……」
ただ魔王のことは調べていた。
「いつか誰かが魔王の意思を継いで、奈落へ行って戻ってくるのではないかと思ってるんだけどなぁ」
裸のオークは、そう言って湯船に浸かりながら天井を見上げていた。
「自分で行って戻ってこれるかもしれませんよ」
「夢のまた夢だ」
銭湯を出て酒場に行き、呪いの革手袋を見せながらヌシ討伐の報告をしておく。またヌシが現れた時にも使えるだろう。
「でも、本当は街道の下に水路を作って川に水を流すのがいいと思います」
「そうなのか?」
「ええ、山の方に崩れたチーズ工房がいくつかあるじゃないですか。あそこに呪われたチーズが残っていて、魔物たちが食べて巨大化していて、それが沼にも広がっています」
「そういうことだったのか……。ちょっと役所に嘆願してみるよ。これからお前たちはどうするんだ? 報酬はそれほど出ないが、空き家くらいなら町の寄付金で用意してやれるぞ」
「報酬だけ貰っておきます。これから、南部に下って群島を回る予定なので」
「空き家は宿にでもしてください。またツアーで来ると思うので」
「わかった」
酒場のマスターから酒と報酬を受け取って、宿へ帰る。
「明日、出発するからな」
リオがツアー参加者たちに声をかけた。
「もう行くんですか?」
「ああ、ヌシを倒したらあまり用はないからな」
翌日、俺たちは沼の近くの町を発った。