127話「沼ヌシの解体計画」
沼のヌシは巨大なハモだ。島のように大きく、早朝、街道を市場へ急いでいた行商人が見つけて、腰を抜かしながら町の衛兵に報せ、緊急事態として酒場のレギュラーたちが集められる事態となった。
「伝説では近づくだけでも電撃攻撃を放ってくると言われていて、現れたら数日は街道の通行止めだ。街道は沼にも近いからな。サイクロプスでも電撃を食らえば失神するし、尻尾の一撃で死んだ記録が残っている」
酒場のマスターは淡々と説明していた。
「じゃあ、俺たちは衛兵の手伝いか?」
大柄なホブゴブリンが聞いていた。武器の鉈も持ってきてはいるが、ヌシを倒すつもりはないらしい。
「そうだな。本来は討伐対象だが、挑戦する者はいるか?」
マスターに聞かれて俺たちは手をあげた。
「電撃は全体攻撃になるから、討伐に挑戦するならちゃんと時間を決めてほしい」
「お前らどうやって島みたいに大きいハモを倒すつもりだ?」
ホブゴブリンが俺たちの討伐方法に興味があるらしい。
「本当にそれがハモの魔物ならちゃんと弱点はあるものさ」
リオが答えていた。
「ヌシは水の魔物だ。ドラゴンの炎ではどうにもならんぞ」
「俺が倒すとは言ってない」
「島サイズの魔物だと斬撃も通らないし、打撃も効かないだろ?」
酒場のマスターも資料を見ながら言った。
物理攻撃は通らない上に、近づけば電撃を食らう。厄介なヌシだが、大きくなった理由はあるはずだ。
「討伐や駆除なら無理かもしれませんが、解体と考えれば別かもしれませんよ」
「は?」
俺の言葉にマスターもホブゴブリンも口を開けていた。
宿に帰って、作戦会議を始める。
「言っていたように討伐ではなく、今回は解体として考えた方がいいんじゃないかと思う。つまりどうやってこちらのまな板に乗せるか。沼から出さないことにはヌシの思う壺だ。わざわざ相手の土俵に上がるつもりはない」
「ってことはどうやって釣り上げるかってことか?」
ロサリオは片眉を上げて聞いてきた。
「餌には眠り薬を仕込む。どうせ大蝦蟇も食べるだろうから、幻覚剤は効かないだろ? 眠り薬なら効くかもしれない。麻痺薬でもいいけどな。とにかく動きを止めて、街道に転がそう」
「街道がまな板か?」
「他に平らな場所がない。解体は鰓を取って、肛門から刃物を入れて一気に内臓まで出す魚の捌き方と同じで大丈夫だろう。わからなかったら、後で厨房で見せてもらえばいい」
「だけど、眠り薬や麻痺薬が切れた時は悲惨だぞ。そもそも島くらい大きいハモなんだから、効き目もわからない。もしかしたら、刃物を入れた時点で電撃攻撃を放ってくるんじゃないか?」
リオの懸念は正しい。
「気づかれないように捌けってことか……。無理じゃないか?」
「ん~……。なんか魔力を吸収する浄化呪具をアラクネさんに送ってもらうか?」
ロサリオが提案してきた。遠方ではあるが、アラクネ商会の倉庫からレンタルすることもできるのか。
「そう言えば、まだ浄化していない呪具があったよな?」
「あ、呪われた革手袋ですね」
リイサが思い出したようにメモ書きを見て答えた。
確か、呪われた革手袋は俺のリュックに入っていたような……。
「ゴブリンシャーマンのお婆さんが言っていた魔物使いの義賊たちは、チーズの呪いを知っていたってことですかね?」
アーリャが聞いてきた。街道建設に反対していた義賊たちだ。
「チーズの呪いってなんだ?」
「昨日、石みたいになった古いチーズを見つけたんだ。かなり古いものらしくてな。口に含むと食べ続ける呪いにかかる。魔物が巨大化する原因だ」
大蝦蟇は群れでいたし、森にも巨大化したイタチがいた。魔物使いの義賊たちは、古いチーズ工房が見つかったら巨大化した魔物が定期的に現れることを知っていたのだろう。
「川であれば巨大化した魔物も海まで流れてくれるかもしれないが沼になるとこの地に居座り続けてしまう」
「呪いは呪いを呼んで重なりますからねぇ……」
マーラがつぶやいた。
「現代になって、対処できないほど大きなヌシが現れたか……」
「しかも、ポイズンアリゲーターが大発生しそうな時期に……」
大蝦蟇の次はポイズンアリゲーターと言われていた。
「ヌシはポイズンアリゲーターを狙ってるんじゃないか?」
「ああ! そういうことですね」
「いよいよ毒は効かないのでは?」
「さて、どうやってまな板の上に上げるか……」
リオもロサリオも腕を組んで天井を見上げてしまった。
「リイサ、スコップを貸してくれるか?」
「え? いいですけど……。なにしてるんですか!?」
呪われた革手袋をしている俺にリイサが驚いていた。
「爪を剥がされますよ!」
そう言いながらもスコップを貸してくれた。
「いや、確か盗みを働かなければ剥がれないはずだ。それよりも、どうだ? 感触はある?」
俺はリイサとアーリャの背中をスコップで押してみた。
「まぁ、見えてますからね」
「アーリャは?」
「へ? なにがです?」
振り返ったアーリャはスコップで押したことにも気づかなかったらしい。
「あ。じゃあ、いけるんじゃないかな」
「何がだ?」
リオは訝し気に俺を見てきた。
「ヌシの解体作業さ」
「その呪われた革手袋で!?」
ロサリオも眉を寄せて、鼻息を荒くしている。
「そう。一応、確認だけど、沼と湖の違いなんだけど……」
沼と湖の違いを聞いてみると、前の世界と変わらないようだ。範囲と水深だ。
「で、どうするんだ?」
リオは作業内容が気になるらしい。
「簡単にしか言えないけど……」
俺は大雑把にヌシ解体作業について、全員に語って聞かせた。それほど難しいことではない。
「……ヌシを見つけたら、俺がナイフを投げて紐魔法で追跡するよ」
「適役はコタローか」
「俺たちはポイズンアリゲーターの対応をしていればいいんだな?」
「そうだね」
リオとロサリオは頷きながら、部屋の重苦しい空気を察していた。
「な? 引くだろ?」
リオが魔物の女性陣に聞いていた。
「本当に討伐だと思ってないんですね?」
ハピーは俺を化け物のように見てきた。
「うん、討伐だと思ってたらできないな」
「人間って皆、コタローさんみたいなのか?」
「違うよ」
リイサに聞かれて、イザヤクが否定していた。
「一応、森の眠り薬に使う薬草を集めてもいいですか? 我々のレベルも上がるかもしれないので……」
アーリャが森でブランチスクワールを使役して、眠り薬を作るという。
「そうだな」
「とりあえず、ポイズンアリゲーターの大発生に備えよう。コタローとイザヤクは武器屋に行って解体の道具を揃えてくれ」
リオがリーダーとなって締めてくれるので助かる。
「わかりました」
「あ、これ手袋脱ぐと爪が痛いわ」
まだ呪われていないが、爪がギシギシと痛んだ。使う時は回復薬を塗って包帯で巻いておくことにする。
まだ午前中だ。
イザヤクと一緒に武器屋に行って、ノコギリ刀を購入。他にも解体に使いそうな杭や鉄鎚も買った。
「解体ですよね?」
「どれくらいヌシの表皮が固いかわからないからな」
「ああ、確かに……。ちゃんと真っ当なことも考えるんですね」
「考えるよ。こう見えて俺はずっと自分のことを真っ当だと思ってるぞ」
「え!?」
昼頃になり、屋台で買った弁当を持ち寄って、街道近くの岸辺でポイズンアリゲーターが来るのを待つ。大蝦蟇が焼けた臭いはまだ近辺に充満していた。




