126話「チーズと雷獣」
森は木漏れ日が至る所で見ることができ、風と共に揺らいでいるので小動物が実を隠すにはちょうどよさそうだった。
山道は通ってきたが、森は罠を仕掛けるぐらいでしか入っていなかったが、緑の匂いが強い。
「森が豊かですね」
「沼の魔物の大きさを考えると、森からかなり栄養が流れてきているのではないかと思うんですよ」
リザードマンのリイサは調査していたことを話し始めた。俺たちが酒場で討伐の報告している間、本屋や露天商などから周辺の歴史の聞き込みをしていたらしい。
「パーンがいたような山ですから、今みたいな森じゃなくてかつてはゴートシープという山羊の魔物使いなどがいた草原だったそうです」
羊飼いみたいなものか。
「じゃあ、こんなに木々があったわけじゃないのか?」
「そのようです。気候の変動もあると思いますが、川が沼になり文明を持つ魔物が消えてしまったことで徐々に木々が増えているようです」
「ここら辺一帯の保水率が上がったってことなのかな。それともそのゴートシープが消えたってこと?」
「両方だと思います」
「見てください!」
ウェアウルフのアーリャが指さす方を見ると、丸々と大きなフォレストラットというネズミの魔物が枝を渡っていた。
「沼だけじゃなくて、森の魔物も通常より大きな個体がいるようですね」
「あれはブランチスクワールだ!」
リスの魔物もいる。どの魔物も大きさに個体差があり、食べ物を多く頬に溜め込んだり、とにかく走り回って木の実を探したり、こちらを警戒しながらも追いかけてきたり、個性が強い。
「群れているわけではなさそうだな。使役スキルを使ってみるか?」
「はい」
アーリャはあっさりフォレストラットの痩せた個体を使役していた。木の実を与えたが、食べたりないのか走り回っている。
俺もブランチスクワールを使役してみると、どこかに行きたいようだ。
「同じ方向か?」
「登ったところですかね」
アーリャと俺は、使役した魔物の後を追ってみることにした。道なき道を行くので、度々見失ってしまうが呼べばちゃんと戻ってくる。
「小さな魔物まで使えたら、罠の幅が……」
リイサは器用にメモを取りながら、ついてきた。
使役した魔物たちが辿り着いたのは、森の中でぽっかり開けた場所だった。中心には石の煙突跡がある。
煙突跡近くには大型のイタチがいた。魔物だろう。毛に静電気が走っている。
「戻れ!」
咄嗟にブランチスクワールを戻したが、アーリャのフォレストラットは感電して丸のみにされていた。
「あっ!」
「思わぬヌシがいたな」
「もしかしたら、使役スキルを使うとここに連れてこられるんじゃ……」
リイサが言うように罠の可能性もある。
「不用意だったか。沼に大型の魔物がいるんだから、森にもいるよな」
俺はそう言いながら、砂袋をイタチに投げつけた。
ギュエエエ!
砂が目に入ったイタチが雄たけびを上げている間に俺たちは一旦離れ、体勢を立て直す。
「雷獣です。土地の神とも呼ばれていた時代もありますが……」
リイサが解説してくれる。
「一旦町まで戻るか?」
「追いかけてきますよ。鼻がいいんです」
「じゃあ、沼の方まで走ろう」
「大岩ですね!」
「ああ」
「大岩?」
リイサは理解していたが、アーリャはわからないようだ。
「大蝦蟇に罠を仕掛けていたんだ。まだ残っているはずだ」
ズンッ!
飛び掛かってくる雷獣の攻撃を躱しながら、逃げ惑うふりをしていく。スピードはかなり速いが大きな図体で動き回れるほど、木々の間隔は開いてなかった。
バリバリッ!
雷魔法まで放ってくるが、ナイフを幹に刺して避雷針代わりにした。
「アーリャ、リイサについて行け!」
「了解っす!」
俺が一番後ろで雷獣の視線の先にいれば、自然とこちらに向かってくる。目は充血して、雷魔法も当たらないので、だいぶいら立っていた。
そうなれば行動は読みやすくなる。
逃げながら時間を稼ぎ、飛び掛かってきた顔にナイフを投げる。鼻に当たって悶えている雷獣が起き上がるのを待ってから、再び走り始める。『的当てスキル』はいつの間にか『必中スキル』に変わり、精度は上がっていた。
崖の上の大岩を確認。落とし穴まで仕掛けられている。リイサとアーリャは大岩の側で待機していた。
飛び掛かろうとしたそのとき不意に雷獣が大岩を見上げた。野性の勘だろうか。
「おいっ!」
俺はアウターを脱いで汗臭いインナー姿で挑発。雷獣はこちらに向かって威嚇をした。
直後、大岩が動いた。
ゴロンッ!
雷獣は咄嗟に回避。ただ逃げた先には落とし穴があった。
ゴロンッ!
落とし穴の上に、もう一つの大岩が落ちてきた。
ゴキンッ!
雷獣の頭に大岩が当たり、しっかり潰れていた。
「魔石だけ回収して解体は後にしよう」
「わかりました」
「毎回思うけど、こんなに罠ってうまくいくものなの?」
アーリャはリイサに聞いていた。
「コタローさんの誘導が上手いんだよ。あれだけ時間を稼いで、しかもナイフの攻撃は外してなかったでしょ?」
「確かに……。魔法も当たってなかったけど、あれは?」
「投げナイフを避雷針にしたんだ。回収しておかないとな」
横から口を出した。大したことはしていないのに褒められて、そのままにしておくと変な噂になりかねない。
「そんなことできるんですか?」
「ちゃんと魔力を練った魔法じゃなかったし、精度も悪かったからね」
魔石を回収後、先ほどの開けた場所へ戻る。逃げ出していたブランチスクワールも肩に乗ってきた。雷獣が守っていた場所を見てみると、地下に行ける梯子を発見した。
地下室が半壊している。
「すごい臭いですね」
アーリャが鼻をつまんでいた。
「俺たちにはわからん。リイサ、明かりある?」
「小さいので良ければ魔石ランプが」
懐中電灯のようなこぶし大の魔石ランプに明かりを灯し、地下室を照らすと棚に黄色い石が並んでいた。
「なんだ? これ」
「中に入ってみましょう!」
「チーズです! チーズの臭い! でも、これだけ時間が経っているから腐っているはずです!」
アーリャは臭いにやられて下りてこられなかった。
俺たちは石のように固く縮んだチーズを見たが、確かに食べられそうになかった。ただ、棚に並べられたチーズは数が少ない。食べた者がいるらしい。
使役したブランチスクワールも固くなったチーズを齧ってはいるが、歯が立たない。思い切り口に入れると、跳び上がっていた。リスの動きではできないような動きだ。
吐き出させたが運動能力は戻らず、周辺の木々から木の実や葉をむしり取って食べ続けている。
「もう止せ」
俺が止めるまで食べ続けていたので、丸々と太った個体はチーズの成れの果てを口に入れたのか。
「呪いでしょうか?」
「チーズを残して家を壊されたとしたらあり得るな」
「効果は満腹中枢がおかしくなるってことですかね」
「こんなチーズがあったら、確かに身体が巨大化するのも頷けるなぁ」
「呪いは解けますか?」
「生薬になる薬草を食べさせてみるか。なんだか悪いことしたな」
使役したブランチスクワールには悪いが、実験に付き合ってもらう。
薬学の授業で学んだ薬草を手当たり次第に採取。毒消し草などを食べさせてみたが効果はなかったが、ドクダミなど消化器系に効く薬草を食べさせると落ち着いていた。
「どうにかなりましたね」
「でも、ここがチーズの産地だったとしたら、ああいう地下室はまだあるんじゃない?」
アーリャは心配していた。
せっかく使役スキルを鍛えるつもりだったのに、思わぬ過去を見つけてしまった。
結局その日は、雷獣の毛皮を剥いで町に帰った。
沼の主が現れたのは翌日だった。




