124話「沼地の伝説を知る」
リオたちは鍛冶屋で武器を揃え、俺とリイサは毒選び。一緒についてきたマーラが、風起こしの杖を見つけたことで計画は楽になった。
「波を作れるということは沼の水の流れもある程度作れるということだ。どうせ長期戦になるなら、無理せず数を減らしていこう。相手は大物だらけだからな」
パラライズサーペントという毒蛇の麻痺毒を購入し、肉団子に仕込んでいく。
沼に仕掛けて浮いてきた魚の魔物を殺して、また毒を仕込む。大型の魔物が麻痺し始めたら風起こしの杖で岸辺に寄せた。あとは紐魔法で結んで岸に引っ張り上げて、リオたちが殺処分していった。
討伐部位を酒場に持って行き換金。薪を大量に買って夜に岸辺で魔物の死体を燃やした。
焚火の明りで沼の魔物たちが集まってくるので、レベル上げにはちょうどいい。ハピーが毒牙のナイフで魔物の動きを鈍らせ、ハンマーで叩いて気絶させ、イザヤクは両手剣でとどめを刺していた。
波打ち際にきた鬼食いピラニアはマーラが網目状の盾を魔法で展開して掬い上げていた。水中の魔物は陸に上げてしまえばだいたい弱っていく。解体して毒入り肉団子をまた作った。正直、誰も来ない沼周辺はやりたい放題だった。
「腹が減りました……」
「またレベルが上がったな」
魔物を討伐して稼いだ金は参加者たちで山分け。だいたい生活費は食事と銭湯代にしか使わないので溜まっていく一方だ。沼の近くだけあって公衆浴場があるのが嬉しい。
俺とリイサはその間に、ひたすら大きい罠を仕掛けていった。ポイズンアリゲーターは紐のトラップで、毎日のように口を縛られた状態で木に吊るされているが、まだ大蝦蟇は初日以来出ていない。
「大蝦蟇は幻覚の霧を発生させるのはわかるんですけど、こんなに仕掛けるんですか?」
落とし穴を仕掛けながらリイサが聞いてきた。手には大きな棘付きの蔓が巻かれた板を持っている。
「幻覚剤の霧の中じゃ戦ってられないから、罠が必要だろ? 備えあれば憂いなしってね」
酒場で古い伝承などを聞くと、過去には何度か大蝦蟇の大発生はあったらしいので、なるべく多く用意しておいた。大岩なども仕掛けておく。『荷運び』スキルがあると多少の無理もできる。
「でも、あの大きさの大蝦蟇ですよ。群れることなんてあるんですかね?」
「蛙はどうやって生まれる? 卵の数を見たことないか?」
子どものころ見たカエルの卵を思い出していた。大蝦蟇でもあれくらい卵を産むなら、一斉に発生してもおかしくない。
「大発生したらチャンスだと思って全部罠を起動させよう」
酔っ払いたちの意見ではこの地方では蛙が蛇を食べる姿を見るのも珍しくないという。蛇が蛙を捕食するのが普通だが、生態系が変わってしまったのだろう。原因は300年前の街道整備で川を沼にしたことだろうか。
街道を進んだ山の中にある社を訪ねてみると、昔の川のヌシは巨大なハモで蛇もワニもバリバリと食べ、魔物が乗った船ごと飲み込んだという伝説が残っていた。
「こんなヌシがいるなら、大蝦蟇なんて逃げ出すんじゃないか?」
「確かに」
その後、魔王の部下が槍で一撃を与えて追い払ったという言い伝えもあるらしいが、本当かどうかは知らない。
この時点で、俺たちはすっかり呪いの革手袋のことなど忘れてしまって、ひたすら沼の魔物を狩り続けていた。
雨が降ろうとも、俺たちは沼に出かけていってポイズンアリゲーターを狩っていた。さすがに雨の夜は焚火ができないため回復に集中する。
「俺もマーラもレベル20を超えました」
「私たちもレベルが30近くまで上がってます」
ツアー参加者たちは軒並みレベルが上がり、10くらいは上がっているらしい。実際、全員の身体がかなり変わっている。
イザヤクは肩幅が広がり鎧の様な筋肉が付き、マーラは悪かった視覚が回復、腰回りや胸周りの筋肉が付いたという。
ハピーは胸筋が大きくなり一気に飛翔できるようになっているし、アーリャは嗅覚がより鋭くなって灰色がかっていた毛が真っ黒になっていた。夜だと見えにくい。リイサはそれほど変わっていないように見えて握力や尻尾の操作などの精度が高くなっていて、疲れにくくなったと言っていた。
スキルも探知系スキルや移動系スキルなどに使っているらしい。
「生活の中に瞑想を取り入れるといいよ」
「感覚がよくなっていくのを実感できるから試しにやってみるといいぞ」
参加者たちはもりもり食べて、ちゃんと寝ている。
「こうして日々、やっていることを見ているとそりゃあ成長するよなって思うよな」
宿の食堂でワインを一杯飲みながら、リオとロサリオと話していた。
「逆にこれで変わらない方が難しい。そういう状況を作ることが重要なのかな?」
「でも、同じことを繰り返す訓練も大事だろ? 変わった自分を客観視できるし」
「結局全部やることになるのか。何かが大発生してくれると助かるんだけどなぁ」
「考えなくていいからな」
そんな俺たちの祈りが通じたのか翌日、雨上がりの沼に濃霧が発生。
カンカンカンカン!
朝から鐘が鳴らされた。
「ゴブリンシャーマンの爺さん婆さんは風魔法で霧を町から遠ざけてくれ!」
町の衛兵たちが叫んでいる。
大蝦蟇の群れが陸に上がり、辺り一帯に幻覚の霧を発生させているらしい。
「行きますか!?」
リイサも携帯食料を片手に森に行く準備をしていた。
「ああ、行こう!」
「待ってください! 私も行きます!」
マーラもローブだけ羽織って付いてきた。
風起こしの杖を使い、霧を避けながら俺たちは沼近くの森へと向かう。手拭いのマスクもしているので、幻覚の霧はほとんど吸い込まなかった。
ゲコゲコという大蝦蟇の合唱は聞こえてくる。魔力で大蝦蟇の位置を確認すると、岸辺にずらりと並んでいた。
大きく迂回して森に入り、気つけ棒を鼻に突っ込んだ。これでしばらく正気でいられるだろう。
「リイサ、油を流しておいてくれ。俺は岩の紐を仕掛けておく」
「了解です」
リイサは仕込んでいた油壷を持ち上げて、穴の中に油を注いでいた。
「何をしているの?」
マーラが聞いていた。
「仕掛けた落とし穴は全部、底にある小さな穴で繋がってるんだよ。だから、落とし穴の床に仕込んだ枯れた蔓に火が移ると嵌った大蝦蟇は焼け死ぬ」
すでに落とし穴に嵌って身動きが取れなくなっている大蝦蟇がいるようだ。
森の方に大蝦蟇が来てもいいように大きな岩を設置している。支えている木の棒を外せば沼に向けて転がる。
「リイサ、火を点けてくれ。マーラは風起こしの杖で空気を送り込んでくれ」
「「了解です」」
リイサは穴に注がれた油に点火。マーラはふいごのように風起こしの杖で空気を送り込んだ。
ボフッ……。
一番近くの落とし穴に火が灯る。パチパチと音を立てて枯れた蔓が焼け、嵌った大蝦蟇も焼いていく。
ボフッ……、ボフッ……、ボフッ……。
次々と落とし穴に火が点いて行く。煙が立ち上り、霧は上昇気流と共に上空へと運ばれていった。
「大蝦蟇が逃げ出して、こちらに来ます!」
リイサは煙の中でも魔力で位置がわかるようになっていた。
「マーラ、岩の勢いが落ちないように防御魔法で藪を潰せないか?」
「やってみます!」
「じゃあ、準備いいか?」
「はい」
「3、2、1……」
俺は魔力の紐を思い切り引っ張り、岩を支えていた棒を外した。
ゴロリ……。
森の坂を大きな岩が落ちていく。
通り道の藪にはマーラの防御魔法が貼られ、バウンドした。跳ね返す防御魔法を使ったらしい。
ドゴンッ……、ゴロン、ゴロン、ゴロン……。
大蝦蟇を押しつぶした岩は、そのままの勢いで岸辺に並んだ大蝦蟇の群れも潰していく。
「もう一つ行くか?」
大岩は3つ仕掛けていた。暇すぎたのだ。
「いや、大丈夫そうです。町の方から風と共に斬撃が飛んできてますから」
「リオたちだな」
霧が晴れ、日差しが差し込んでくるとはっきり大蝦蟇の死体が見えてきた。
町の方では歓声が上がっている。
「さて、あとはどうして大蝦蟇が一斉に発生したかだな……」